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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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49.心の炎消えぬ間に

今回はキミ子視点です!

 鼻歌まじりに洗った髪を拭きつつ客間の襖を開けると、火鉢のそばであかりが膝を抱えてぼんやり虚空を見つめていた。


「あかり、大丈夫? なんか魂抜けてない?」

「キミちゃん……お疲れさま」


 彼女の顔がこちらを向き、虚ろだった目にちょっとだけ光が宿る。

 今日はあかりが本家に泊まって三日目だ。

 初日はとても元気だったのに二日目からなんだか様子がおかしくなっている。


 まあ昨日は朝も早くから泰明さんと会ってたみたいだし、夜は夜で旦那様と話をしたようだし。公私ともになんか大変なのかもしれない。

 昨日の夕食から泰明さんが同席しなくなったことからもお察し案件だ。


「なにか落ち込むようなことでもあった? あたしでよければ話聞くわよ」


 昨夜は疲れきった顔をしていたし話しかけても「うん」か「ううん」しか言えない状態だったからすぐ床につかせたけど、今夜はどうだろう。

 あかりの視線があちこちさまよい、顔を赤らめたかと思えば青くしたりとせわしない。

 うん、疲れていそうだけど昨日よりは喋れそうだ。


「その、えっと……」

「ゆっくりでいいよ。話したくなかったら話さなくていいからね」


 今日のお盆には湯呑が二つ。

 底にあるものを確認してから火鉢につけられた鉄瓶でお湯を注ぎ、添えてあった匙でそれぞれ中身をかき混ぜる。


「はいこれ。熱いから気をつけて」

「ありがとう、キミちゃん」


 湯呑を受け取ったあかりは湯気をふうふう吹き、そっとすする。

 あたしも同じように一口飲むと、柚子の香りと優しい甘酸っぱさが広がった。

 身も心も凍えそうな夜には柚子茶が沁みる。


「「はぁぁぁ~」」


 二人同時にため息が出て、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「ね、キミちゃん」

「なぁに?」

「あのね、そのぉ……物凄く変なこと聞いてもいい?」

「いいわよ、なんでも聞いてちょうだい」


 あかりは聞いてもいいかと言ったきりしばらく黙りこくっていたが、やおら顔を伏せると消え入りそうな声を出した。


「泰明さんが……わ、わたしのこと、好き、みたいな……そんな噂ってあったりするのかな」

「……あー……」


 あるもなにも、そんなことはとうの昔からみんなの暗黙の了解になっている。

 でもそのことは誰もあかり本人に教えていない。

 厳密に言うと教えてはいけなかった。


 昔から世話役候補は修行に身が入らないようでは困るからと、成人するまで結婚しないことになっている。そして成人までに色恋沙汰が起きないよう小さいころから村全体の監視のもと不穏分子はそれとなく大人が注意し排除してきた。

 世話役候補は読んでいい本や雑誌まで決められているというからもはや同情するしかない。


 ちなみにこれを都合よく利用し、大人よりも先に実力行使で男子たちを黙らせてきたのが泰明さんだった。同時に彼自身も村から出されるという究極の排除にあっている。

 表向きには学業のためとされているけど、それは半分本当半分嘘に違いない。


 とにもかくにもこの結果できあがったのは超絶奥手のねんねちゃん。

 そして面白、いや悲しいことに泰明さんもまるで彼女から相手にされない事態となっていた。


「なんでそう思ったの?」


 とりあえずあかりの横に移動して肩をくっつけながら聞いてみた。

 あかりはもう成人している。泰明さんはあんたに気がある、なんて教えても問題はないだろうけど、あたしはあえて言わないことを選んだ。

 言ったら言ったで面倒くさいことになる予感がしたのだ。

 彼女は襦袢のすそから出たつま先を重ねては離して、居心地悪そうに身体を動かす。


「あのね、実は――」


 彼女の話によると、ある人から泰明さんがあかりに好意を持っていると遠回しに言われたらしい。でもあかりは泰明さんが好意を寄せているのは自分ではない別の人だと知っているそうで、これは本人から直接聞いたことだから間違いないのだという。

 その人がどうしてそういう誤解をしたのかはわからないけど、最近の彼は自分と距離感が近いがために誤解を与えたのではないかと思ったそうだ。


「泰明さんがわたしと親しくするのには理由があって、これも泰明さんの恋を成就させる作戦のひとつなの。でもそのせいで周りを誤解させたら本末転倒だし、もしも泰明さんの好きな人にまでそんな誤解されたらどうしようと思って」


 悩んでいるのだという。

 あたしは柚子茶を一口すすった。

 あの人があかり以外を好きになるとかありえない。本人から直接聞いたというけど、それこそなにか誤解が生じているのだろう。


「もしもそんな噂があるとしたら、あんたはどうするの?」

「誤解ですって言って回るしかないかな。あと、作戦も考え直さないと。噂がなくなるまで泰明さんとは距離を置いた方がいいよね」

「あかり、それはやめておこうか」


 この子はなぜこうも彼を怒らせる術を思いつくのか。

 こっちに八つ当たりが来たらどうしてくれる。


「ところであかり、あんたはそもそもどうなのよ」

「なにが?」

「泰明さんのこと」

「……なんかそれ、最近いろんな人に聞かれてる気がする」

「あらそうなの?」


 それはいい。そろそろねんねちゃんもお目覚の時間だ。

 あたしはこの子がよく知らない相手とお見合いして結婚するより、この子を確実に幸せにしてくれそうな泰明さんと結婚してくれたらいいのにと思っている。


「で、どうなの?」


 いつもだったらここで話をはぐらかされてしまう。

 でも今日のあかりは違った。

 彼女は顔を赤らめつつ、自分のつま先をじっと見つめながらはっきりと言いきった。


「好きな人だからこそ、その人の好きな人と幸せになってほしいって思う」

「……わぁお」


 すごい、なんでかわからないけど大進歩だ。

 ついにあかりにも気になる相手ができたのだ。

 それも泰明さんを、だ。


「そっかそっか。好きなのね、彼のこと」


 思わずにやけると、あかりは慌てたようにあたしの腕をぎゅっと掴んだ。


「キミちゃん、今のは絶対に内緒だからね? 絶対誰にも言わないでよ?」

「もちろんよ。お山様に誓って二人だけの秘密よ」


 前向きかつ謎に後ろ向きな発言だったけど、きっと泰明さんのお見合いの件を誤解しているのだろう。

 どうせあの人は親に言われてしぶしぶ受けただけだろうし、間違いなく断るに決まってる。

 となれば彼女の言葉は叶うわけで、そう思ったらあかりの言葉が急に情熱的なものに聞こえてくる。


「いいなぁ甘酸っぱいなぁ。なんかあたしの方が嬉しくなっちゃう」

「……ほんとは面白がってるだけじゃないの?」

「そんなことないもーん。わーもうっ、あたし俄然応援しちゃうんだから! あ、お化粧の仕方とかわかる? 服もかわいく見えるやつちゃんと着て……て、あんた屋敷では巫女装束が制服なのよね。それじゃあ――」

「ちょ、ちょっと待ってよ。応援されても困るってば。わたしは泰明さんの恋を応援してるんだから」

「なに馬鹿なこと言ってるの。命短し恋せよ乙女、あんたはもっと図々しくなりなさい。彼に好きな人がいたってまだ付き合ってるわけじゃないんだから。振り向かせる努力をするのよ」


 両想い確定とはいえ彼女が勘違いしてるならそれはそれでアリだ。

 片想いだって、苦しいこともあるけどドキドキやワクワクがたくさんある。退屈だった毎日が一気にスリリングでエキサイティングでインタレスティングなものに変わるのだ!

 あかりにも片想いの胸きゅんライフをぜひ味わってほしい。


「振り向かれても困るんだってば……」

「なんで?」


 恋した人から振り向かれて困るとか、まったくもって意味がわからん。

 あたしはあかりの続きを待ったけど、彼女が理由を明かすことはなかった。


「とにかく。そもそもわたしなんかじゃ釣りあいだって取れないし、いろいろ迷惑かけるかもしれないし、それに」


 あかりは唇をぎゅっと噛んだ。


「それに、わたしは自分のことが好きじゃないから……こんな自分を好きになってもらうってできないよ。ずっと片想いのままでいい」


 そう言うとあかりは泣き出しそうな顔に無理やり笑みを作った。

 痛々しさを感じる笑顔に、あたしはとっさに彼女の肩を抱き寄せる。

 多かれ少なかれみんな自分の嫌いな部分は持ってるものだけど、この子の場合は根本的に違うのだろう。


 片脚を故意に破壊された捨てられっ子――。

 その境遇がもたらすものなんて、あたしには想像もできない。

 彼女の抱えているものを正しく理解することなんて不可能だろう。


 でも……わからないからこそ。引きずられる要素がないからこそ。

 その手をひっぱりあげてみせようじゃないか。


「いいじゃない別に。自分を好きになれなくても。でもそれで恋愛ができないって思うのは違うと思うわよ」

「でも、だって」

「誰だって自分の嫌いな部分はあるものよ。もちろんあたしもね。みんながみんな自分を好きだとは限らないわ」


 あかりがあたしの顔をじっと見つめる。

 不安そうな彼女を勇気づけたくて、あたしは元気よく声を出した。


「でもさ、それでいいじゃない。無理に自分を好きにならなくたって、楽しく生きていくことも他人を愛することもできるもの。もちろん愛されることだってね。それとこれとは別ものだわ。だからね」


 あたしはあかりに向き直ると、その手から湯呑を取りあげてぎゅっと握った。


「あかり。あんたは自分にももっと図々しくなりなさい。まずはあんたが思ってる自分の嫌いな部分を認めて、そんで開き直りなさい。それがどうしたこん畜生! って思うようにしなさい」

「こ、こん畜生?」

「そうよ、それで悪いか文句あっか! って思うのよ。あたし、その嫌いな部分も含めて個性だと思うの。弱点があるからこそ人間深みが出るってもんよ。あ、もちろん嫌いな部分を直せるならそれに越したことはないんだけどさ」


 あかりの白かった顔にほんのり赤みが差す。暗かった瞳がわずかに輝く。

 どうやらこの考えは気に入ってくれたようだ。

 これでも年ごろから年配まで集まるかしましい女中部屋に住んで六年目、伊達に聞きかじりをしていない。

 先輩方の経験や人生観が役に立った瞬間だ。


「あとはそうね、自分を好きになれなくてもいいけど、今以上に嫌いになっていこうとするのはやめなさい。これからは、どうせわたしなんてって思ったり言ったりしないこと」


 卑屈にならない、悲観しないというのは自分らしく楽しく生きていく一番の方法だと思う。

 もちろん落ち込んだり悲しくなることはどうしたってあるけど、自分で自分を貶めてしまうといよいよ収拾がつかなくなる。


「……わかった。気をつける」


 あかりがこくりとうなずく。その表情はもう暗くない。


「じゃあ作戦でも立てましょ。まずは思わせぶりな態度とか気の引き方とか」

「うん、だからね、わたしはあの人に恋してるだけでいいんだって。好きになってもらってもそれはそれで問題が――」

「あーもー堂々巡り! らちが明かないわね!」


 そういえばこの子は素直で従順だけど、たまーにこうしてものすごくかたくなになるのだった。

 生真面目というか遠慮しいというか、変に気を回しすぎるところがあるのだ。


「あんたはいろいろ難しく考えすぎ。そんで未来を悲観しすぎよ」


 まぁ……この子は世話役様だから実際問題、本当にいろいろあるんだろうけど。

 でもだからってこの子の人生まで、自由まで奪っていいわけじゃない。


「あんたは今、彼を振り向かせることだけを考えなさい。振り向いた後のことはそのときの自分に丸投げしときなさい。今この瞬間を生きる、それだけに集中するのよ」

「ちょ、言ってることが滅茶苦茶だよ? それにほら、少しはしたないんじゃ」

「なに言ってんの、これからは女が社会進出する時代なんだから。恋愛だって女ももっと積極的にならなきゃダメよ」


 そこからの夜は長かった。

 彼女が弱気なことを言う度にあたしは喝を入れ、あーでもないこーでもないと問答無用で説き伏せる。

 あかりは気乗りしていないようだったけど、でもそこは年頃の娘さん。

 耳年増のあたしの言葉にだいぶ興味を惹かれているようでもあった。


 ちゃんと自分の気持ちを認めたあかりは、なんだかんだ言いつつも輝やきを増したように見えて、それが自分のことのように嬉しかった。

 ほんとにもう、世話の焼けるねんねちゃんだ。

 さっさと二人とも、くっついてしまえ!

あらすじを修正しました!

大枠をざっくりとですが、前よりはわかりやすくなった…かな?

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