42.女子トーク(2)
今回もキミ子の一人称です。
「そういえばこの前ね――」
火鉢にあたりながら甘いクッキーと熱いほうじ茶を楽しみつつ、最近本邸であったこと、お山様のお屋敷であったことなどひとしきりお互いの近況報告をすませる。
続いて同級生たちの近況を確認し合った。
あたしたちの同級生――中学の同級生のうち二割は進学、三割は家業の手伝い、残りの五割は東京や市街地へ就職という進路を取っている。
進学組も就職組も村を離れてからは年末年始しか帰ってこないけど、親御さん伝手にどうしているかは知っていた。
あらかた喋りつくして湯呑に口をつけていると、あかりがふと真剣な顔つきになる。
「キミちゃん、なんだか元気ない? なにかあった?」
あかりはのほほんとしている割に鋭い。
あたしはいつも通りのつもりでいたけどなにかしら違和感があったのかもしれない。
どのタイミングで言おうかなと思っていたので、ある意味ちょうどよかった。
「んー、えっと。実はね、結婚することになりました」
何気なさを装いながらそう言うと、あかりが目を丸くする。
「けっ……こん?」
「うん。春になったらね」
あたしは村の中では裕福な方にあたる農家の五人兄弟の末っ子。
家業を継ぐ一番上の兄と就職した三番目の兄以外は進学した。あたしも進学したかったけどすぐ嫁入りする女に学は必要ないとのことで、倉橋様のお宅で花嫁修業も兼ねて女中をしていたのだ。
中学を出てもうすぐ丸六年になるし、機は熟したといえるだろう。
当然お見合い結婚だけど、こちらの希望条件を言えたしちゃんと一度顔をあわせてから決められたので文句はない。
「言うのが遅くなってごめんね。急にそういう話が降ってわいて、相手に会ったのもつい先日だったのよ。わざと黙ってたわけじゃないのよ? ほんとに急なことで……」
「ふふ、大丈夫。気にしてないよ。相手はどんな人なの?」
「うん。四つ年上でね、顔はまぁ、贅沢は言いませんって感じかしら。ちょっと気弱そうな感じだったけど、威張ってるような男よりはよっぽどいいわね。そうそう、ここが一番大事なんだけど、職業はサラリーマンなのよ!」
サラリーマン! なんて都会的な響き!
同級生の女の子たちも口をそろえてお嫁に行くなら絶対サラリーマンの男がいいと言い切る。
そしてそれは田舎者ゆえの憧れというわけでもない。都会に住む女の子たちだって結婚するなら当然同じ都会の男を選ぶだろう。
つまりサラリーマンは引く手あまたの大人気職業なのだ。
ゆえにこの条件は通るまいとダメ元で言ったつもりだったのだけど。……もしかすると倉橋家の力が働いたのかもしれない。
「キミちゃん早く結婚したいって言ってたもんね。おめでとう!」
「ありがとう。あかりももうそろそろなんじゃない?」
そう言った途端、にこにこしていた顔に影が差した。
「わたしは……どうかなぁ」
「どうかなぁって、あんたなら絶対できるでしょ」
泰明さんと。じゃないとあの人も報われないだろう。
なにせこの子が小学校に入ったときから男子を近づかせまいとしてきた人だ。
あかりは倉橋一族のように特別美人でもなければすごく可憐な容姿というわけでもない、少し背が高いけどそれ以外はごく平均的な娘さんといえる。
でも喜怒哀楽に応じてくるくる変わる表情は見ていて飽きないし、優しくて心根が穏やかとくれば、狸のようなちょっととぼけた顔であっても当然気にかける男子は出てくるわけで。
でもこれまで彼女に特別の興味を持った男子はことごとく不幸に見舞われている。
ある子は両足を骨折し、またある子は両肩を脱臼し、そしてある子は人面瘡という怪異に見舞われた。
それらすべてに泰明さんが関わっていると聞いている。
あかり絡みじゃなくても、中学生になって町で暮らし始めた彼にしつこく付きまとった女子たちがいたそうだが、彼女らも謎の昏睡や不眠症を起こしたらしいから容赦がない。ある意味男女平等な人だ。
そういうこともあって、この村では彼の姿を見てみんなきゃあきゃあ言うものの、本気で熱を上げるような猛者は一人もいない。
泰明さんほどではなくてもここには器量よしの倉橋さんがたくさんいるから、みんな遠くの物騒な薔薇より近くの安全な牡丹や百合を狙うのだ。
彼はもともと問題児でそれを矯正したのがあかりだというから、彼女にはこの村のためにも最後まで責任持って泰明さんの面倒を見てほしい。
「キミちゃんもいよいよ結婚かぁ。サラリーマンってことは、じゃあ、春になったら村を出ちゃうんだよね……?」
「一応その予定よ。大丈夫、いつでもすぐ会えるわよ。あたしも時々帰ってくるから、あかりも遊びにきてね。絶対よ」
彼女の寂しそうな顔に胸がきゅっと締めつけられる。
お互い学校を出てからはなかなか会えなくなってしまったけど、近くに住んでいるという意識もあってか特段寂しいと思ったことはなかった。
距離が離れてしまうというだけで心細くなるのはなぜだろう。
「ね。あかりは村の外で暮らしたいと思ったことはない? ここでの暮らしってなにかと大変じゃない」
ふと思ったことを聞いてみる。
村の外には必要なもの珍しいものが買えるお店はもちろん、映画館や飲食店、喫茶店だってたくさんある。
家だって基本は文化住宅だ。どんな家でもガスや水道を備えているのが常識らしいし、日常的に文化的な豊かさを享受できる。
「もちろん、わたしだって不便なところ大変なところは多いと思ってるけど。でも少しずつ生活も便利になってきてるし、それにわたしはここが好きだから。外へはたまに遊びに行くくらいがちょうどいいかなぁ」
「そっかー。そういうものかぁ」
「そうそう。だからわたしはここで、キミちゃんの帰りをいつでも待ってるからね。……だから、安心していっておいで」
あかりは目元を和ませると、そっとあたしの肩にもたれかかった。
「わたしはいつでもキミちゃんの味方だからね」
包み込むような柔らかい声に、あたしはすぐに返事をすることができなかった。
都会暮らしを夢見るあたしだけど、そりゃあ不安がないわけじゃない。
知ってる人がいない土地。今までと勝手が違う生活。
一度しか会ったことのない男の人。それにお姑さんお舅さんのこと。
思い浮かべてはうまく暮らしていけるだろうかと、こっそりため息をつくことだってある。
もちろん期待の方が大きいし、楽しいことばかりじゃないのは承知の上。どれも自分の頑張り次第でなんとかなるはずだと思ってる。
だけど、それでも不安は感じてしまうわけで。
「……ありがとうあかりぃ~。大好きよ!」
親とも違う心の友の優しさは、今は目に沁みる。
涙を見られるのはちょっと恥ずかしくて、あたしは彼女にぎゅっと抱きついた。
神様。お山様。
どうかこの子を必ず幸せにしてあげてください、と。
そう願いながら。
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