41.女子トーク(1)
今回はあかりの友人・キミ子視点です!
(名前を喜実子→キミ子に直しました)
客間の襖を開けると、あかりは緋の襦袢に綿入れ半纏という恰好で火鉢のそばに座り本を読んでいた。
あたしと目があうとその顔に満面の笑みが広がる。
「キミちゃん、お仕事お疲れさま! さっきね、奥様からチョコレート入りのクッキーをいただいたの。二人でお夜食にどうぞって。今お茶入れるね」
本にしおりを挟むと、いそいそと畳の上のお盆を引き寄せる。
お盆にはリボンで口を絞った包みと急須、湯呑が二つ。彼女は火鉢の五徳から蒸気をあげる鉄瓶を取り中身を急須へ注ぐ。
束の間待ってから湯呑に注がれた液体は茶色で、ふわりと漂ってくるのは焙煎の香りだ。
「あかりったら悪い子ね。こんな時間に甘いもの食べたら太っちゃうわよ」
あかりの横に腰を下ろして頬をつんとつつくと、彼女はつつかれた方の頬をぷくっと膨らませた。
「そんなこと言うならキミちゃんの分、わたしが食べちゃおうかな。これ、東京の銀座で売られてるすっごくおいしいクッキーなんだって。なかなか手に入らないものらしいんだけどなぁ」
「あら、誰も食べないだなんて言ってないわ。さっそくいただきましょ」
一緒にくすくす笑いながら渡されたほうじ茶の香気を楽しむ。
サクッと軽い食感のチョコ入りクッキーは背徳的な味がした。
「ん~おいしぃ~。それに広いお部屋にいいお布団で寝られるし、これもあかり様々だわね」
普段なら小さな女中部屋に四人が枕を並べるけど、彼女がここに泊まるときはあたしも一緒の部屋で寝起きさせてもらっている。
小学校中学校はいつも一緒に登下校しクラスでも特に親しくしていた間柄ゆえの配慮か……あるいは誰かさんの夜這い防止のためか。
あかりは少し顔を曇らせると湯呑を置いた。
「やめてキミちゃん。そういうのは言わないで。できればわたし、女中さんとして滞在したいくらいなんだから」
本当に困ったように眉を八の字にする彼女に、あたしは思わず笑い声をあげる。
「初めて来たときはびっくりしたもんね。お客様が誰よりも一番に起きて台所で包丁研ぎしてるんだもの」
たまたま水を飲みに来た下男の一人になにをしているのかと聞かれたあかりは、至極真面目な顔で道具の手入れをしているのだと語ったそうだ。
料理の手伝いもしようとしていた彼女はすぐに台所を追い出されたが、今度は自分の手拭いでガラス戸の拭き掃除をしているところを女中頭のタエさんに発見された。
その日の朝食の場であかりは旦那様と奥様から厳重注意を受けたという。
「だって……外のお宅に泊まるのなんて初めてだったから、どうすればいいのかわからなかったんだもの。それによく昔話で一宿一飯の恩返しって出てくるし。あとお客様のつもりもなかったし。ご厄介になる分、労働で返そうと思ったのよ」
あかりはちょっと赤くなると恥ずかしそうに首をすくめる。
「でも、今思えばすごく失礼なことしてたと思う。もし屋敷に泊まったお客様がわたしより早く起きて朝から掃除してたらって思うとゾッとするもん。ほんとに反省してます」
「世の中にはそれぞれ役割ってものがあるからね。その役に応じた振る舞いをするのも大事なことよ」
「うん……わかってはいるんだけどね」
そうつぶやくものの、彼女は納得していないようだった。
あかりは世話役様だからと特別扱いされるのを嫌う。
特別なのはお山様であって自分ではないというのが彼女の主張だ。
彼女はわかっていない。
お山様のご機嫌を損ねることなくお世話し一緒に暮らし続けるなんて誰でもできることじゃない。
ちなみにお山様のご機嫌を損ねるとどうなるかは今のお年寄達がまだ若者だった頃に思い知らされているところだ。里に暮らす子どもは訓戒としてその当時のことを何度も聞かされていた。
世話役様あっての里山の豊穣、そして平和な暮らしだというのに。
それに世話役様の作る薬で過去どれだけの人が助けられてきたことか。
あかりだって小さいうちから学校以外は遊ぶ暇もなく薬作りを手伝ってきたのだ。
世話役様が代替わりしても屋敷に薬――お茶を求める人が絶えないということは、つまり彼女自身に実力が備わっているということだ。
だから彼女は世話役様としてちゃんと認められているし、みんなから尊敬されるのだけど。
「相変わらず真面目ねぇ」
それに昔話を引きあいに出してくるあたりが世間知らずというかなんというか。
「あかり。あんたはどうかそのままでいてね。まっさらで透明なあんたといると、あたしまで浄化される気がするわ」
「えー、なぁにそれ」
彼女の肩を抱いて頭をこつんとくっつけると、ふふふと照れたような笑いが耳元をくすぐった。
あかりは良くも悪くも素直で従順。疑うことを知らない。
数年前に義弟ができたことで多少は変わったように思うけど、やっぱり本質は変わらないようだった。
村では基本的にどの家も兄弟姉妹が多く、よって生存競争が激しい。とにかく少しでも多く得をするためには相手を出し抜かなければならない。
そこで起こるのがおやつやおかずの争奪戦にお手伝いの押しつけあいなどなど。
嘘つき意地悪喧嘩は当たり前の子どもの世界で、そうやってみんな学校に上がる前から世の不条理や厳しさを学んでいる。
でもこの子にはそれがなかった。
一応、小学校にあがる前までは泰明さんが屋敷にいたわけだけど、年も六つ違うしなにかと特殊な環境ではそんな人生勉強の機会もなかったのだろう。
あたしは横でほうじ茶をすする彼女をちらりと盗み見る。
その姿勢の美しさは初めて会った時から――小学校の入学式からずっと変わらない。
大人どころか同級生にも礼儀正しくて、一つ一つの所作がとても綺麗で。
五歳から世話役になるべく躾を受けてきたのだからそれも当然なのかもしれないけど、だからなのか少し近寄りがたさがあった。
でも喋ってみるとだいぶ人懐っこくて、そして立ち振る舞いに反してなかなかのほほんとしていて。
一緒にいるとなんだかこちらの毒気まで抜かれてしまうのだ。
彼女には、できればずっとそのままでいてほしい。
あたしの勝手なわがままだけど、ついついそう思ってしまうのだった。
キリのいいところで締めたいので明日も更新します!!




