37.どんど焼き(2)
「おおお! そうか、ついにか」
「やーねもう、一体いつからそうなったのよ」
「村を二分していた論争もついに終わるわね」
「うわーめでてぇけど負けた! つーかあっちの配当すげー高いじゃん。俺もあっちに賭けときゃよかった」
「えっと、まさかみなさん……もしかしてご存じなんですか?」
事情を知っているかのような彼らの口ぶりに焦りが生まれる。
泰明さんが姫様を好きだってこと、今まで知らなかったのはわたしだけ?
「そりゃみんな知ってるさ。知らぬは亭主ばかりなりってな」
「でもなぁ先生。あかりちゃんを落とせても倉橋の旦那……親父さんとか年寄どもがどうなんだろうな」
「あの方は革新的だけど、変なとこで保守的だったりするもんね」
「年寄組、とくに重鎮たちは本家が恋愛結婚を認めたら若いのがますます反抗的になるって渋い顔してたぜ」
それぞれが腕を組んでうーんと唸る。
これまではお見合いによる結婚が基本で、親や親戚の意向ですべてが決まってしまうことも多かった。
でも戦後から自由や平等の気風が徐々に広がって、若者を中心に結婚に関しても子ども側の意見を尊重してほしいという声が高まりつつある。
最近ではそもそもお見合いではなく、当人同士が恋愛を経て結婚する場合も増えていると聞く。
それらは年配の人ほど受け入れがたいのかもしれない。
「この村で一番影響力が強いのが裏番張ってる倉橋のご当主で、次が村長……倉橋のご隠居様と、世話役様であるあかりちゃんでしょ? 村長は許嫁との結婚だったとはいえ、ほぼ恋愛結婚みたいなものだったそうだし。こっちを支持してくれる可能性大だとすれば、あとはあかりちゃんが世話役様として先生を支持すれば……うるさい人達もちょっとは大人しくなるんじゃないかしら」
「そうだな。お山様を一番恐れてるのは年寄連中だから、村長どころかお山様お気に入りの世話役様が出てきたんじゃあ口出しする奴はさすがにいねぇだろ」
「じゃあ問題なのは倉橋の旦那か」
「倉橋様ですか……」
いつも愛嬌たっぷりにこにこ笑顔のあの倉橋様が泰明さんを殴るほどなのだから、そう簡単に味方になってもらえるとは思えない。
「大丈夫です」
それまで沈黙していた泰明さんが口を開いた。
「彼女が味方してくれるなら、大丈夫」
穏やかだけどその力強い言葉は聞く人を安心させる力があった。
――うん。そうだ、きっと大丈夫。
「わたしも倉橋様にお願いするつもりでいます。お許しをもらえるように頑張ります」
決めた。次に倉橋様にお会いした時に言ってみよう。
わたしだって数発頬を打たれる覚悟はできている。
「なんだおい、お熱いこったなぁ!」
「よかったな先生。やっと報われたな」
「いいわねぇあかりちゃん。こんな美男子からこんなに想ってもらえるなんて。うらやましくなっちゃう」
「ほんとですね。わたしもちょっとうらやましくなっちゃいます」
ん? と全員の目が点になった。
「あかりちゃんがうらやましくなる必要はないんじゃないの?」
「そうだな。羨望の的になるのはあかりちゃんなんだぜ?」
「え、わたしですか? なんでですか?」
ふたたび、ん? と声にならない声が聞こえた気がした。
全員が訝しそうに眉を寄せ、わたしを見ては各々視線を交わしあっている。
「………………あー。あかりちゃん、そろそろ団子でも焼いてきたらどうだい?」
「あ、そうですね。じゃあちょっと行ってきます。泰明さんはどうしますか?」
「……あかりは先に行っておいで。僕もすぐに行くから」
泰明さんがぎこちなくわたしを促す。
なんだか全員の様子がおかしい気がするけど、わたしはお言葉に甘えてやぐらの方へ足を向けた。
少し話をしている間に火柱の勢いは少し落ち着いたようだった。
どんど焼きは一時間ほど行うので、これから途中途中で事前に集めておいた藁や薪を投入することになる。
すべてを盛大に燃やし尽くした後は、その残り火でお餅やスルメ、みかんなどを炙り、差し入れのおにぎりや汁物と一緒に食べてさらに二時間ほど過ごすのだ。
真冬の寒空の下、赤あかと燃える火を囲みながら学校のみんなと一緒に食べる夕食は本当に特別で、わたしにとっても忘れられない大事な思い出になっている。
ごうごうと燃えるやぐらから距離を取って篠竹を伸ばし、遠火でお団子を炙る。時折竹を回して表面にまんべんなく焼き色がついたころ、泰明さんが合流した。
「お待たせ、あかり」
そう言ってわたしの肩を叩く彼は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
・ ・ ・
「なぁ。あかりちゃんなにか誤解してねえか?」
「私もそう思う」
「先生、これってどういうこと?」
「さぁ……僕にはなんとも」
「これってあれかな。ほら、先生のほっぺたに痣ができた時、いろいろ原因が噂されてたじゃない。その中にさ」
「あ、もしかしてお山様のやつ?」
「なんですか噂って」
「あー……先生の耳には入んなかったのか。まぁこんなの入るわけねぇか。実は、先生がお山様と結婚したいって親父さんに言って、そんで殴られたって噂があってよ」
「は? なんですかその悪趣味な冗談は。誰がそんな」
「まぁまぁ怒るなって。でもそれをあの子が聞いたら変な方向に突っ走りそうだろ」
「ちょっと待ってください。だってこの前僕は彼女に――――…………」
「やだ先生、大丈夫? 顔が青いわよ」
「そういうことか…………」
「やっぱり思い違いがあったってか? てことは振出しに戻る、と」
「どうすんだ先生。訂正するなら早い方がいいぜ。惚れた子に誤解されんのキツイだろ」
「そうですね。でもまぁ――それならそれで」
「なんだよ先生、このままでいいのかよ。なにか考えてんならもったいぶらずに教えろよ」
「あはは、考えなんてなにもないですよ。では僕も餅を焼いてきます。みなさん風邪ひかないようにしてくださいね。さようなら」
「待て待て待て。つれねぇなあ先生。教えてくれりゃ俺たちも協力するから」
「そうよ先生。こんな面白……大事な事、ひとりでどうにかするよりみんなでどうにかしたほうがいいわ」
「馬に蹴られて死にたいですか?」
「邪魔者扱いすんなよ~。相手はあの親父さんだろ? 使えるものは使っとけって」
「……では、僕の頬の痣について、山神ではなくあかりを原因とする噂はありますか?」
「ある。つーか、最初はお山様ってのが主流だったけど今はやっぱりあの子だろうってなってる」
「そうですか。ではみなさんは、僕とあかりはどうやら両想いらしい……でもお互いそれを隠したがっている、という噂を流してください」
「両想いって……あかりちゃんは先生のことなんとも思ってないと思ってたんだけど」
「いいのかそんなことして」
「気に病む必要はありません。所詮噂ですから」
「わかった。あとは?」
「それだけで結構です。あとは彼女が自分で自分の首を絞めるでしょう。そもそもこんなボロが出やすい話、駄目で元々ですし」
「自分の首を絞めるって……」
「本当は好きなくせに背を向けようとするからいけないんです。退路なしとなれば、彼女もいい口実ができたと喜ぶでしょう」
「……ガキの頃はバケモンだったけど、今でもまだやべぇ奴だな先生」
「ちょっと失礼でしょそれは。先生ごめんなさいね、美しい猛獣って意味だから」
「あの頃は……すみませんでした」
「いいのいいの。今じゃこんなに立派なお医者様だもの。さ、先生もあかりちゃんのとこ行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。ではみなさん、よろしくお願いします」
「――……はぁ。あかりちゃんもとんでもないのに目ぇつけられたもんだ」
「ねぇ。檻越しに見てる分には良い男なんだけどねぇ」




