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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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36.どんど焼き(1)

 小正月の夕暮れ頃。

 村ではいくつかの集落ごとに集まり、三か所でどんど焼きと呼ばれる火祭りが行われる。


 刈り入れ後の田んぼを広場として、長い長い三本の竹を中心にたっぷりの藁や松葉杉葉で円錐形の大きなやぐらを作り、お正月のお飾りやお札などと一緒に豪快に燃やすことでその年の豊作や商売繁盛などをお祈りするお祭りだ。


 この火で焼いたお団子を食べれば無病息災になるといわれているし、自分の書初めを焼いて空に高く上がれば字が上達するといわれている。

 どんど焼きが終わった後の灰を家の周りに撒けば魔除け厄除けにもなるそうで、わたしも子どもの頃は必ず灰を持ち帰っていた。


 去年は養父母を亡くしたばかりで見に来る元気がなかったけど、今年は姫様から行っておいでと言われて一人で田んぼにやって来ていた。


「あ、あかりちゃんだー」

「あかりちゃーん!」


 わたしが田んぼの端に到着すると、少し離れたところにいた子どもの一団が駆け寄ってきた。

 この日のために組まれた班なのか、小学校低学年から高学年までの子たちが数人ずつ入り混じっている。


「みんな、こんにちは。立派なのができたね」

「すごいでしょ、おっきいでしょ!」

「はい、あかりちゃんこれー」

「あっちに甘酒あるの」

「早くもらってね、なくなっちゃうからっ」

「あっ、たかしくんちのおばちゃん来た!」

「おっしゃー行くぞチビども! じゃあなあかりちゃん、ゆっくりしてけよ」

「うん、ありがとうね」


 わたしがお礼を言い終わる前に子どもたちは風のように走り出す。

 渡された篠竹の先には丸めたお団子が刺さっていた。


 どんど焼きは子どもたちのお祭りでもある。

 数日前から子どもたちが中心となって準備を始めて、屋敷にも昨日倉橋家の小学生たちがお正月の松飾やお札、小正月飾りの餅花を回収しに来たのだった。


 夕方五時前とはいえ冬の日暮れはとても早い。

 深い瑠璃色の薄暗がりに映える巨大な火柱は遠目にも美しくて、時折竹の爆ぜる音を立てながら天を焦がせと燃え盛っている。

 その周りを大勢の子どもたちが歓声をあげながら取り囲み走り回り、興奮の渦ができていた。


 夕飯の支度があるから長居はできないけど、やっぱりこの勇壮な炎は間近で見るに限る。

 本当は姫様と九摩留も一緒に来れたらよかったのだけど……二人は田んぼから離れた場所でどんど焼きを眺めているはず。


 首を巡らせるとやぐらを遠巻きにするように移動式竈が点在して、大人数人が番をしていた。

 載せている大鍋で作っているのが甘酒なのだろう。


 さっそくわたしもお団子を焼こうと燃えるやぐらのそばへ向かい、ふと近くにいた大人たちの輪の中に見慣れた顔を見つけた。


 あちらもすぐに気づいたようで、視線が合った瞬間それまで口元に浮かんでいただけの小さな笑みが花開くように顔中に広がる。

 その劇的な変化に輪の中で小さなどよめきがあがり、わたしも一瞬呼吸を忘れた。


「こんにちは、みなさん」


 とりあえずお団子を焼く前にその輪に合流してあいさつを交わす。

 集まっていたのは三十代の男女数名の取り合わせで、全員知った顔ぶれだ。聞けば今年のどんど焼き実行委員なのだそう。


「こんにちは泰明さん」

「こんにちは、あかり」


 最後に挨拶したのはいつも屋敷で一緒に夕食をとる青年。

 泰明さんはいつも午前中は医院で診察して、午後からはずっと往診で村の家々を回っている。今は寄り道の最中かもしれない。

 せっかくなのでちょっと世間話でも――と思った矢先、泰明さんはわたしのそばにやってくると背中に手を回した。


「あかり、今来たばかりだよね? 僕もまだ団子を焼いてないんだ。一緒に焼きに行こっか」

「え、でもお話しの途中なんじゃ」


 これでは話に水を差してしまったようでみなさんに申し訳ない。

 実際、すぐに不満の声があがった。


「おいおい先生よ、独り占めはないだろうが」

「あかりちゃん滅多にこっち来れないんだからさぁ。俺たちにも喋らせてくれよ」

「そうよ先生。先生だって滅多に捕まらないんだから、みんなでお話しすればいいじゃない」

「心が狭いわよー」


 はて……?

 なんだかわたしにではなく泰明さんに対する不満のようだ。


「彼女も山神のお世話に忙しい身ですから。僕もそろそろ戻らないとですし。また次の機会にでも」


 背中を押す手は緩まない。

 そのままぐいぐい押されて入った輪から外れかかる。


「ここにいる全員既婚者なんだから誰もちょっかいかけたりしないわよ」

「なぁ。それに俺たちは賛成派だし」


 そうだそうだと声が上がり、背中を押す力がちょっと弱まった。


「賛成って、なにがですか?」


 泰明さんの手からそっと離れて再び輪に加わると、彼らは口をつぐんでにやにや笑った。


「そりゃあ、あれだよな」

「自由恋愛も恋愛結婚も大いに賛成ってことね」

「お見合いすんのが普通とはいえ、お互い好きってんならそれでくっつくに越したことはねぇし」

「そうそう。ていうかお見合いがあるだけまだましよ。私なんか明日この家に嫁入りしてこいって、いきなり放り出されたんだから」

「うちもそう! ある日突然知らない男に嫁がされてさぁ。まったく冗談じゃないってのよ。子どもの人生親のものって考え、ほんとナンセンス!」

「でもお前んとこ子ども七人いるじゃん」

「結婚から始まる恋もなくはないってことね」

「なんだそりゃ」


 どっと大きな笑いが起こる。

 それまで話していた内容はわからないけど、これならわたしにもわかる。


「好きな人同士で一緒になれるのが一番素敵ですよね。一方的に親が相手を決めてしまうのは、ちょっとひどいと思います」


 場がしんと静まり返る。

 次の瞬間、全員が前のめりになった。


「どうしたあかりちゃん! ついに反抗期が来たか!」

「どういう心境の変化? いつも自分の意見なんか絶対言わない子だったのに」

「わ、わたしだって言うときは言いますよ。大事な方のためとあらば黙っていられません」


 自分では普通にしてたつもりだったけど、どうやらずいぶん控えめな人物と思われていたらしい。

 わたしの大事な方――姫様を幸せにできるのは泰明さんしかいない。だから彼にお見合いされては困るのだ。


 それにこの数日、姫様にそれとなく泰明さんを宣伝し続けたところ「わしも泰明のことは特別気に入っている。いろんな意味で目が離せないし」と言っていた。


 わかる。ものすごくわかる。

 好きな人のことはついつい目で追ってしまうものだ。つまりこれはもう恋に落ちる一歩手間といってもいいかもしれない。


 わたしの発言に対し、なぜか全員が無言で泰明さんの顔を見る。

 彼はこくりと深くうなずいた。

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