34.小正月(1)
小正月の前夜、屋敷では餅花作りを行う。
夕食後、お腹が落ち着いたらみんな総出で水で練った米粉を小さく丸め、そのお団子を樫の枝に刺していくのだ。
樫は人の背丈ほどの大振りな枝が一本と、床の間用荒神様用に小ぶりな枝を二本用意する。
餅花はその年の豊作を願うものだからたくさん白い花が咲くほど縁起がいい。
お蚕を飼っているお宅では繭玉を模したお団子をつけたり、牛や猪、小判に里いもや鉈の形にしたお団子をつけるお宅もある。
「多けりゃいいって言ってもよぉ、さすがに多すぎんだろこれ」
わたしの横で九摩留が片手に抱えた木鉢に目を落とし、うんざりしたように口を尖らせる。
「ごめん、ちょっと粉出しすぎちゃって。あっ九摩留、そのお団子でかすぎよ。もっと小さくしなきゃ」
樫の大枝――というかもはやちょっとした木は、座敷の床の間正面、居間との襖を閉めたところに立てられ、九摩留、わたし、加加姫様、泰明さんで手分けしてお団子を作っては刺してを繰り返していた。
樫は座布団に載った石臼の穴に差し込まれ、倒れてしまわないように柱に紐で固定されている。
この場所なら縁側からもよく見えて屋敷を訪ねてくる人の目も楽しませられるだろう。
「ちょっと九摩留、そこの三つも大きすぎ。取って小さくし直して」
「めんどくせー!」
わたしから見えないように端の方につけているのはみかんほどもある大きな餅花。
早く自分の持ち分を終わらせたいというのがありありとわかる。
その一方、泰明さんの周りの餅花は小さいし形も均一で美しい。
「泰明さんの餅花は綺麗ですね。それに作るのが早くって」
作業する姫様の頭越しに声をかけると、彼は手を動かしながら微笑んだ。
「僕は中学にあがるまでしかやってなかったけど、意外と覚えてるものだね。うちでたくさん作ってたおかげかな」
「本家は姫様や荒神様以外にもたくさん祀られてますもんね」
「そう、商売柄どうしても多くなるんだよね。エビス様とか大黒様とか。だから沢山枝も用意しないとだったし、みんな自然と作業が早くなるんだ」
そう言うと持ち場を離れてわたしのそばにやって来る。
「最初にこうして細長い一本に伸ばしておくと楽だよ。ちぎって軽く丸めるだけで餅花になるし、形も揃うから」
ほら、と見せてくれた彼の木鉢には白い細縄と化したお団子がとぐろを巻いていた。
「ふふ、可愛い白蛇みたいですね」
「そうだね。でもこれをぶちぶちしちゃうんだから、よく考えたら結構罰当たりかも」
泰明さんは言ってるそばからぶちっとちぎり、小さな餅花をこしらえる。
「罰当たりと言いながらやめないところがさすがだな。でもその方法、よいかもしれん」
わたしの横で餅花を作っていた姫様がしゃがみこみ、さっそく一緒に使っている木鉢の中身を一本の紐状にしていった。
「あ、思いついた! これはこのままちぎらないで枝に絡ませるのはどうだえ? 白蛇は縁起がいいしそれにこれはわしを――」
「姫様、さてはもう飽きてきましたね?」
「べ、別にそういうわけでは……。でもほら、燗がつきすぎてもあれだろう?」
そう言ってちらりと後ろに赤い眼をやる。
座敷の中心には長火鉢があり、銅壺には二合徳利が二本ついている。
「よかったらお先にはじめてますか? あとはわたしがやっておきますから」
「それは嫌だ。できあがった爛漫の餅花を眺めて呑むことに意味があるのだ。あかりと一緒にな」
そう言うと少女がわたしの腰に手を回してぎゅっと抱きついた。
ふいにぞくりと寒気を感じる。
泰明さんの姫様への想いを聞いて以来、彼女がわたしに親愛を見せると突き刺すような視線を感じるようになった。
つまり今、横からの視線がとても怖い。
「姫様、あかりが作業できないですよ。それなら早く終わらせましょう。ほらあかり、それ、ぶちぶちちぎっちゃおうね」
泰明さんはにっこり笑うと白蛇――じゃなくてお団子をぶちぶちちぎっていく。笑っているのに気配が笑っていない。
「そ、そうですね。じゃあ姫様、すみませんがちぎらせていただきますね」
「それはわしがしよう。あかりはちぎったものを丸めて刺しておくれ」
姫様もにっこりと笑みながらてきぱきとちぎっていく。
九摩留にもこの方法を伝えて、それからの作業は早かった。ほどなくして樫の枝にはしなるほどの大量の白い花が咲きほこる。
床の間用と荒神様用も作ってすぐにお供えし、ものづくりは無事終了。
小正月の飾りつけが完成した。




