31.すれ違い
青年は暗い目のまま口元だけの笑みを浮かべる。
彼の言葉の真意はわからない。それでもわたしは咄嗟に首を振っていた。
「そんなこと……言わないでください。全然かわいそうじゃないですよ。そこまで強く想ってもらえるなんて、わたしだったら幸せだと思います」
そう思うのは、わたしが泰明さんを好きだからかもしれないけど。
それでも誰かからこんなにも強く、ひたすら一途に想ってもらえたら――きっと心ほだされる。
姫様だって、きっと。
「本当に……好きなんですね」
想いの強さを知って、わたしの声がわずかに震えた。
「うん。ずっとずっと好きだった。これからもずっと」
泰明さんがわたしをじっと見つめてくる。
どこか思い詰めたような表情は今まで見てきたどの表情とも違っていて。
熱を孕んだ真っ直ぐな視線に全身がジンと痺れた。
まるで自分が告白を受けているかのような錯覚に、息ができなくなる。
「愛してる。これまでも、これからも。ただ一人だけを愛してる」
ああ――終わった。
完敗だ。
いや、そもそも勝負にさえなっていないわけだけど、なんとなくそう思った。
でもなんでだろう。不思議と胸が痛くない。
失恋したてなのにいっそ清々しい気分でもある。
「……わかりました。ところで泰明さん、お見合いは結局されるんですよね? しないことにはできないんですよね?」
「え? あ、うん」
「どうか早まらないでくださいね。捨て鉢になったらだめです。わたしからも倉橋様にお見合いを中止にできないか言ってみます」
本来口を出してはいけないことだけど、やっぱり黙っていられない。
わたしが泰明さんにしてあげられることはこれくらいしかない。
「もしかして……伝わった?」
「はい。それはもうばっちりと!」
「あかり……」
彼は驚いたようにつぶやいて、それからなぜか顔を伏せてしまった。
再びあたりがしんと静まりかえる。
どうしたのかと声をかける前に、泰明さんが顔を上げた。
そこに浮かぶのは普段見るような大人の笑みではなく、どこまでも嬉しそうに晴れやかに笑う少年のような笑顔だった。
ほのかに赤く染まった頬と潤んだ瞳がその幼ない笑みを艶やかに色づかせて、一瞬で心を奪われる。
「……もし……お見合いを避けられない場合は、どうされるんですか?」
見惚れてしまった自分を胸の内で叱咤して、無理矢理声を出す。
噂では一度はお見合いを承諾したものの、やっぱり白紙にしたいと倉橋様にお願いしたと聞いている。
そう言ったがためについた頬の痣は、今はだいぶ良くなっていた。
「もちろん断るつもりでいるよ」
泰明さんの返答にちょっと安心する。そうこなくては。
「では、お見合いが終わるまではあからさまな言動は控えておきましょう。けじめとして」
これがお互い両想いだったら話は違うかもしれないけど、姫様はまだ泰明さんを恋愛対象として見ていない。
そんな状況にあって、別の女性とのお見合いを控えた相手からいくら好きだと言われても言葉は届かないだろう。それに軽い人だと思われても困る。
お見合いが中止になったらそこから、あるいは終わり次第積極的に動くのだ。
姫様をなびかせるのは大変だろうけど、彼女だってこんなにも愛されていることがわかればきっと彼を受け止めてくれるはず。
「ん……。わかった」
彼はしばし両手を頬に当てると、きりっと真面目な表情を作る。
「頑張りましょうね、泰明さん!」
「うん。僕らの未来のために!」
二人でしっかり誓い合い、秘密のたくらみに決意を燃やす。
そうして一緒に屋敷へ戻って見れば、麗しの姫君は――酒瓶を抱えてくつくつと笑いをこぼしていた。
見れば姫様の後ろや横に空いた一升瓶がいくつも転がっている。
酔わないはずなのに酔ったかのような少女を見て、わたしははてと首を傾げた。
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明日あさって更新予定でしたが、次の土曜、日曜に変更となります。
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