27.宴(1)
あらためて、今度は三人で乾杯をする。
「ん、さすが泰幸。いい酒だ」
「ほんと……すごくおいしいですね」
最初の一杯目は倉橋様からいただいた日本酒だ。
大抵の日本酒は辛口で酒精の香りも強く、飲み続けていると口の中がややもったりする感じがあるのだけど、このお酒は最初から違った。
香りは切りたてのみずみずしい瓜のような爽やかさがあって、口当たりも水みたいにすっきりとしている。
なのにほんのりと甘くて、なにも食べずにこれだけで延々と飲み続けられそうな恐ろしさがあった。
これをまずくもうまくもないと言った九摩留に普段使いのお酒を飲ませたらどうなるだろう。
「父の酒腹も無駄ではなかったようですね」
泰明さんは加加姫様のお猪口にお酒を注ぎ、ついで自分のお猪口にもお酒を足す。
どうやら二人とも一口で飲み干したらしい。と思ったらすぐに二人揃ってくっと杯を干している。
箸を取ったのは三杯目を空けたあとだった。
「んふー。あかりは酒肴作りもうまいのぅ。飲むようになってさらに腕を上げたな。さすがわしの嫁」
「味も食感もいろいろあって酒に合わせる楽しみがありますね。たくさん用意してくれてありがとう、あかり」
「ありがとうございます。恐縮です」
今日は利き酒大会――もとい飲み比べをすると言っていたので肴も種類を用意したのだけど、今になって辛さのあるもの苦みのあるものが足りていないことに気づく。
まだまだ精進しないとだ。
あっという間に二人につけた一合片口の中身がなくなったようなので回収し、わたしの後ろに置いた水盥にくぐらせる。
今夜の酒器は徳利ではなく円筒形の片口を使っていた。
見た感じはお燗で使うちろりに似ているけど、取っ手はなくて陶器でできている。
これならすすぐのも拭くのもとても簡単だし、すぐに新しいお酒を試すことができる。それに洗い物も少なくてすむからとても助かっていた。
乾いた布巾で綺麗にした片口二本を姫様に渡せば、彼女は自分の後ろに並んだ酒瓶から次を封切りしてなみなみと注いでいく。
「姫様、新しいお猪口をどうぞ。泰明さんも一緒に選んでくださいね」
お猪口は口をつけているので、回収したらわたしの後ろに置いたままにする。
代わりのものは小さな竹籠に入れた様々な素材や形状、色のお猪口から選んでもらう。
姫様と泰明さんは籠を挟んで頭を突き合わせ、あれやこれやと楽し気にお猪口を取り上げていた。
なんだかいい雰囲気かもしれない。
「ふむ……ではわしはこれにしようかの。おや、もう一つ同じのがあるではないか。おぬしもこれにするかえ?」
「いえいえ、お揃いだなんて畏れ多くてとてもとても。僕はあかりのと同じ……あ、あった」
泰明さん、せっかくのチャンスを逃すなんてもったいない。
二人は早速新しいお酒をお酌し合うと、また三杯連続で杯を干していた。
……お猪口よりぐい呑み、いや、蕎麦猪口を出した方がよかったかもしれない。
「へぇ、これもうまいですね。かなり辛口だけど嫌なキツさがない」
「これは剛照寺の住職からだな。やはり金持ちの酒好きからもらう酒はうまいのう」
カカカ! と屈託なく笑う姫様。言い方がとても率直だ。
「あかりも次に行くか?」
「わたしはまだ倉橋様のがあるので……」
姫様はうわばみなので基本的に全く酔わない。常に上機嫌が続くだけ。
泰明さんも相当お酒が強くて、なんとなく酔ってそうだなと思うことはあっても酩酊している姿は見たことがない。
わたしは弱くはないけど強いわけでもないので、二人と同じ早さで飲んでいたらあっという間に泥酔してしまうだろう。
手にしたお猪口が空になった途端、姫様がわたしの片口を取り上げてお酌をしてくれた。
ゆっくり気をつけながら飲もう、そう思いつつわたしはお猪口の三分の一ほどを口に含んだ。




