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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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26.金魚酒

「そんで俺はあのとき――」

「あーもう長いのう。皆の者、杯を掲げよ。今年もよしなに。乾杯!」

「ババア! 俺が今喋ってんのに!」

「「乾杯!」」


 九摩留の野狐時代から屋敷に上がるまでの話をさえぎって姫様が音頭を取り、わたしと泰明さんもそれに続いた。

 九摩留は盛大に舌打ちしている。


 さて。九摩留ははじめてのお酒となるわけだけど、わたしも姫様もある懸念をしていた。

 わたしはお猪口に口をつけず、固唾を飲んで男の様子を見守る。

 彼はお猪口を少しだけ傾け、ちょっと顔をしかめた。


「どうだえ九摩留。初めての酒の味は」


 姫様もお猪口を手にしたままで彼に赤い眼を向ける。

 問われた九摩留はもう一度お猪口に口をつけ、今度はぐっと喉をさらした。

 あああ、そんな飲み方をすれば……。


「うーん。思ってたのと違うっつーか……まずくはねえけどうまくもねえな。なんか、鼻の奥? 喉の奥? その辺が……ツーンてして、酒って……ほんな……はら?」


 喋りが次第にゆっくりになり、九摩留の身体がぐらりと傾いだ。

 わたしと泰明さんが同時に手を伸ばして彼を支える。


「なーんか……はれ? ほわほわすぇう」


 とろーんとした目にゆるーく開いた口。やや浅黒い肌は薄く赤みを帯びている。

 姫様がふむ、とうなずいた。


「やっぱりのう。お前は下戸だな」


 そう、九摩留はほとんど酒精のない甘酒でさえ飲むとふらついているような子だった。

 甘酒よりずっと度数の高い日本酒を飲めばこうなるだろうと予想できた。


「へほ。へーへへへ、ふふ、ふはは」

「はい九摩留。これお水だから、ぐーっと飲んで」


 赤い顔でへらへらふにゃふにゃしている男に大きな湯呑を差し出す。

 彼はこちらに顔を向けると満面の笑みを浮かべた。

 湯呑を持つわたしの手ごと大きな手で包むとこちらに身を乗り出してくる。


「あかるぃーすきぃーんんー」

「うわ、ちょ……」


 唇を尖らせて近づいてくる九摩留を避けるのと泰明さんが彼の頭に水をかけるのは同時だった。

 泰明さん、意外と手荒だ……。


「んぁすあきぃー……れめぇー」


 九摩留はゆらゆらしながら今度は泰明さんに手を伸ばす。

 泰明さんはその手を容赦なく払って作務衣の胸元を掴むと、姫様から渡された湯呑を九摩留の口に押しつける。


 流し込まれた水は半分以上口の端から出てしまったけど、これで多少は酒精が薄まったかもしれない。

 と思った矢先。


「んきゅ……」


 彼は白目をむいてのけぞった。


「九摩留!」


 幸い泰明さんが作務衣を掴んだままだったので倒れることはなかったけど、結局掴んでいた手をぱっと開いたので、男は音を立てて床に崩れ落ちる。


「おやおや、金魚酒でもうダメとは。弱い奴よの」


 姫様が目を細めてくすくす笑う。

 金魚酒とは開戦後の物資不足で出回るようになった粗悪なお酒の一種だ。

 ものすごく水っぽくて、金魚が泳げるほどに薄められたお酒を揶揄したものらしい。


 どうやら姫様が渡したものは水ではなく、水で薄めたお酒だったようだ。

 つまり酔いを薄めると見せかけてとどめを刺したといえる。


「さて、うるさいお子ちゃまはいなくなったし。大人の宴といこうかえ」

「は、はい……」


 泰明さんが九摩留の襟首を掴んで居間の方へずるずる引きずっていき、わたしは木尻にこぼれたお酒を拭きあげる。

 幸い料理は炉縁に載せていたので多少水がかかったくらいだった。

 彼が起きたらご飯のおかずとして食べてもらおう。


 居間の端っこですやすや気持ちよさそうに眠る九摩留は大人になったとはいえ幼く見えて、それになぜだかほっとしてしまう自分がいた。


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