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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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21.大人の階段

【注意】

うっっっすら官能的な表現があります。

本編に関わる部分であるため、苦手な方用に後書き部分で簡潔にまとめています。

苦手な方はそこまで読み飛ばしてください(このページの一番下にあります)。


「はい九摩留。自分で削った鰹節のおむすびよ」

「おおっ、うまそう!」


 いつもより豪華なおむすびに九摩留の目がきらきらと輝く。

 そしてわたしの方に顔を向けて大きな口を開けた。


「え?」

「あーん」

「あーんて……ちゃんと自分の手で持って食べなさい」

「いいじゃん別に。さっきので鰹節減ったからもっと削らないとだし、あかりが食べさせてくれたらこのまま作業続けられるじゃん」

「それは……そうかもしれないけど」

「ほらほら早く。もー腹減って力出ねーよぉ」


 急に彼の手の動きが遅くなり、力もろくに入れていないのか鰹節がカンナの刃に引っ掛かってキシキシいっている。

 そのわざとらしさに思わず笑ってしまった。


「しょうがないなぁ。今回だけだからね」


 どこまでも甘えん坊な弟だ。

 仕方なく彼の口元におむすびを持っていくと、はぐっと勢いよく食らいついてくる。

 頬を緩めてにこにこと咀嚼する姿に無言ながらおいしさが伝わってきて、こちらもなんだか満たされた気持ちになる。


 小ぶりというのもあって九摩留はたった二口でおむすびを平らげてしまった。

 手のひらについたご飯粒や鰹節はわたしがいただこう、そう思って手を引っ込めようとすると手首をがしっと掴まれた。

 思わず九摩留を見ると、彼はイタズラめいた笑みを浮かべている。


「あーだめだめ。それもオレのだから」

「は? なにを……っ!」


 九摩留の唇が手のひらに押し当てられて身体がビクリとすくんだ。


「ちょ、こら! なにして……ッひ!?」


 唇で何度かついばまれた直後、なんとも言えない感触に肌がぶわっと粟立った。

 生暖かく湿ったものが手のひらをくすぐるように動き、こそばゆさに身震いする。


 九摩留がわたしの手を舐めている――そう理解した途端、言いようのない恥ずかしさと焦りで変な汗がどっと吹き出した。

 なにを、一体なにをしているのだ、この子は。


「ちょっとやめて! く……っ、まる、いい加減に……!」


 身をよじって逃げようとしてもいつの間にか背中に手が回されて逃げ道をふさがれる。

 間近で九摩留に見つめられて、その琥珀の瞳と漏れる吐息の熱っぽさにギクリとした。


 まずい。


 なにがまずいのか自分でもわからないけど、これはまずい。

 まずいまずいまずい。


「ぁ、く、九摩留、やめ……お願い、やめて……っ」


 指の間をゆっくりと舌が這い、そのぬるつく感触に勝手に身体が跳ねてしまう。

 お腹の奥底から痺れにも似たなにかがわき起こり全身に熱が広がっていく。


 こんな自分の反応が、未知の感覚が怖い。

 自分の中に知らない自分がいて、目の前に九摩留によく似た知らない人がいて、ただただ怖かった。


「……そんな顔すると余計男を煽るだけだぞ」


 ずっと無言だった九摩留が低い声に笑いを含ませてつぶやく。


「俺が言うのもなんだけど、あかりはだいぶ無防備なんだよな。そのつもりがなくても男の口元に手ぇ近づけたらダメだろ」


 ようやく手のひらから彼の顔が離れてひどく安堵する。

 急いで手を引っ込めてできるだけ距離を取ろうと身体をのけぞらせると、九摩留は愉快そうに声をあげて笑った。


「ひどい! こんなからかい方は良くない! ふざけるにも程があるでしょ」


 思わず叫ぶと男が笑うのをやめる。


「からかってもふざけてもねぇんだけどな。言ったじゃん。俺、あかりが好きだって」


 いつもと違う真剣な目がひたりとわたしにすえられる。

 瞳の茶色が暗さを帯びていて、色味がいつもより深い。


「あかり、俺の嫁になれよ。悪いようにはしねえからさ」

「よめ……?」


 誰が、誰の?

 それを理解するより先に言葉が出ていた。


「だっ、だめ! なに言ってるの、そんなの駄目に決まってるでしょ!」


 姉弟なんだから。姉妹で結婚はできないんだから。それに、わたしは結婚しないのだから。

 九摩留だってわかってるはずなのに――あぁそうか、やっぱりこれはからかわれているんだ。

 うん、そうだ。きっとそうだ。


「まったく、変なこと言ってお姉ちゃんをからかうんじゃないの。そういうの、すごくよくないんだからね」

「……冗談ですませたいんだ? 面白れぇの。ま、あかりがそう思いたいんならそう思っとけば?」


 どこか突き放すような言い方に胸の奥がざわりとする。

 それでも九摩留を思いきりにらみつけると彼はにぃっと笑った。


「そうやって自分のいいように思い込んでると危ねえぜ。大体、ちゃんと警戒してたって男はもっともらしい説明してあの手この手で女を油断させようとすんだからさ。気をつけてねえと喰われちまうぞ」

「喰われるって……え?」

「ん? …………ちょっと待て、意味わかんねえの?」


 どうしよう。九摩留の言ってることがわからない。

 いや話の流れからすれば、男女間のなにかをほのめかしているのだとわかるけど。

 九摩留がため息まじりに天を仰いだ。


「あんだけメスの顔しといてそりゃねえよ。……ま、あかりじゃしゃーねえか」


 その言葉にちょっとムカッときて、でも一方でなにかが閃く感覚があった。

 九摩留の「メス」という言い方が「喰う」と結びついて、それはつまり男女の睦ごと――もっと極端に言えば房事に絡むことなのだと導き出す。


「……………………!」


 全身から血の気が引き――それから一気に頭に血が上った。

 目の端に木槌が映り、わたしはそれに飛びつく。

 武器を手にゆらりと立ち上がったわたしを見て九摩留の顔が引きつった。


「あ、あかり。それはやめよう。シャレになんねえって。な? 落ち着け」

「うるさい! 馬鹿! 最低! 変態!」


 九摩留めがけて思い切り木槌を振り下ろすもするりと逃げられてしまう。


「こんなこと、二度としないで! 九摩留は弟! わたしはお姉ちゃん! こんなのダメ、絶対――――!」


 木槌を振り回しながら九摩留を追いかけるけど当たりそうで当たらない。

 当たったらただじゃすまないだろうけど、絶対に一発は当ててやりたい。


「だぁぁぁああああ! 危ねぇ! わかったごめんて! もうしねえ! 許してくれよ!」

「ただい……なんだえ、この騒ぎは」


 玄関が開き、出かけていた姫様が帰ってきた。九摩留はその脇をするりと抜けて出て行ってしまう。


「次やったらただじゃおかないんだからね――――――――!!」


 遠くなる背中に叫んで肩で息をしていると、姫様が無表情で振り返った。


「……なぁ。九摩留の奴、成長してたぞ。なにがあった?」

「………………」


 やっぱり気のせいじゃなかった。

 手から顔を離したときの九摩留は、もう少年ではなくなっていた。


 どこか幼かった顔立ちは精悍な男性のそれに変貌し、手足がひょろ長く細身だった体躯もがっしりして筋肉がついていた。


 姫様の力で人間に化している彼は、その精神年齢に応じて肉体年齢が変わるという。

 十五歳くらいになったかと思ったら、次の瞬間には二十五歳以上いってそうな見た目になってしまった。


 まだ先だろうと思っていたのに、九摩留はもう大人になってしまった。


「…なんなのよあの子は……」


 力が抜けてその場にしゃがみ込むと、姫様がよしよしと頭を撫でてくれる。


「あーあ。こりゃ泰明が荒れるのぅ」


 困ったようなつぶやきに顔を上げる気力もない。

 いろいろ考えなければいけないことはあるのに、今はなにも考えたくない。

 どっと疲れが押し寄せて、思わず深いため息がもれた。

今回のお話まとめ

・九摩留におにぎりを食べさせてあげたら手まで舐められるあかり。

・九摩留の姿が大人に変化、そのままあかりに嫁になれと迫る。

・あかり、即却下&姉に対しておかしな感情を持つなと怒り出す。


大体こんな感じの出来事がありました。

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