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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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20.鰹節とおこげ

「こうか?」

「んー、もう少し叩いてみて」

「これくらい?」

「あともうちょっとだけ…あっ出しすぎ出しすぎ」

「えー? もーわかんねーよ」


 九摩留がイライラした様子で匙ならぬ木槌を放りだした。


「あっ、こら。道具を投げないの」


 お勝手の板間を滑っていくそれを掴んで九摩留の隣に座りなおす。


「じゃあ刃を出す練習はおしまい。また明日ね。ちなみにこれくらい出てるとばっちりだから。触って覚えてね」


 手にしたカンナの台座の上側をわずかに叩いて、慎重に指で段差を確認する。

 調整したカンナを九摩留に渡すと彼もそろりと指を当てて……首をひねった。

 うん、わたしにも覚えがあるから気持ちはよくわかる。最初はなかなか刃の調整がうまくいかないけど、これはもう慣れるしかない。


 九摩留が乾物作りやお汁粉作りに興味を持ってくれたので、今日は新たに鰹節削りを教えようとしたのだけど、刃の調整はまだ少し難易度が高かったかもしれない。

 彼はどうやら繊細な作業が苦手なようだ。……自分もひとのことは言えないけど。


 わたしは手にしたカンナを逆さまに向けて木箱にはめる。

 するとそれは年季の入った鰹節削り器になった。


「削るのは意外と簡単だから。まずは鰹節の頭側を自分の方に向けて、それから下にしてね。木箱をしっかり押さえたら少し角度をつけて、力を入れながら向こう側へ押して削る……と」


 正座した膝のすぐ前に削り器をすえて、ちょっと身を乗り出すようにして鰹節に体重を乗せながらグッと押し出す。

 それを何度か繰り返してから木箱についた引き出しを開けると、ふわりと芳しい香りの漂う削り節がたまっていた。


「この鰹節はもう削り途中だから、削り面を刃に当てた時に高く上がった先端を向こう側に向けて削ってね。カンナの刃の出具合いで鰹節の厚みが変わるから、出汁に使うのか料理にかけるのかで削り分けるんだけど――」


 まずい、九摩留の顔に面倒くさいと書いてある。


「まぁ、それは追々覚えていきましょうね」

「力ってどれくらい入れりゃいいんだ?」

「力は……そこそこ、いや結構……だいぶ? 入れてみて」

「あかりの説明わかんねー!」

「うぅ、ごめん」


 説明するのがちょっと苦手なので、わたしはものを教えるのに向いていない。


「とにかく、ちょっとやってみよっか。しっかり鰹節と木箱を押さえて――」


 九摩留の姿勢を整えて身振り手振りで削りを指導する。

 そうしてできあがったのはわたしのものよりも大振りで長さのある立派な削り節だった。

 淡い薄紅色に透けるひらひらがなんとも美しく、そしておいしそうに見える。


「上手上手! わたしよりうまいじゃない。その調子よ」

「へへ、オレってなんでもできちゃうんだよなー」


 先ほどとは打って変わって、九摩留はふふんと胸をそらすとチャッカチャッカと軽快な音を立てながら削り続ける。

 台所仕事はわたしの担当だけど、九摩留が鰹節を削ってくれるようになればすごく助かる。


 なにせ味噌汁作りには大量の鰹節が必要で、それだけでも体力と時間のいるひと仕事なのだ。

 それに勝男武士といって、男の人が鰹節を削るのは縁起がいいともされる。実際、いつも鰹節を削るのはお父さんの仕事だった。


「ねぇ。これから毎日鰹節削るの、お願いしてもいい?」

「オレがやったらあかりは嬉しいか?」


 九摩留が鰹節を削りながらこちらをちらりと一瞥いちべつする。

 その横顔はまだ少しあどけなさを残しながらも男性的な鋭角さが出ていた。

 どことなく首や肩にも少し厚みが出ている気がする。


 こうしてあらためて見ると九摩留の見た目もずいぶん大人っぽくなったものだ。

 毎日一緒に過ごしているからよくわからなかったけど、もしかすると十三歳から十五歳くらいに変化しているかもしれない。


「あかり?」

「え? あっ、ごめんぼんやりしてた。うん、九摩留が鰹節削ってくれたらすっっっごく嬉しい」

「じゃーやってやるか」

「ありがとう九摩留!」


 そんな彼にささやかながらいいものをあげよう。

 お勝手から土間の竈に移動して、乾いたおねばをまとう羽釜の前に立つ。


 ご飯を炊く極意は、はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう吹いたら火をひいて、ひと握りのワラ燃やし、赤子泣いても蓋取るな――だ。

 もう蒸らしも終わっている頃なので開けても大丈夫だろう。


 重たい木蓋を取ると寒い土間にぶわりと真っ白な蒸気が立ち上がり、一瞬顔があたたかくなる。

 もくもくと上がる湯気はほんのり甘くて、それでいてわずかに香ばしい香りもした。


 早速鍋掴みで羽釜を取り上げ、お勝手の板間に置いた鍋敷きに載せる。

 水切りして濡らしたおひつを用意すると、しゃもじ二本でごはんをすべてお櫃に移していく。


 清潔な布巾を被せてから蓋をしたら、すぐに冷めてしまわないようお櫃をこもに入れて。菰とお櫃の隙間には端切れを詰めることも忘れない。

 こうすれば冬でも食事時にはほんのりあたたかさの残るご飯が食べられるのだ。


 炊き立てご飯ももちろんおいしいのだけど、余分な水分が抜けてお米の弾力と粘りが増したご飯もとてもおいしい。


「さてさて……」


 お釜の底にはこんがりと茶色いお焦げができている。

 朝のお焦げは保存食用に干し飯にしてしまうのだけど、夕のお焦げはささやかなおやつにしている。

 今日はちょっとだけ特別仕様だ。


「ね、九摩留。ちょっと鰹節ちょうだい」

「ん、どうするんだ?」

「ふふ、ちょっとね~」


 木箱にだいぶ溜まった削り節から軽く一掴み拝借して、お釜にぱらりとまく。

 そこにお醤油をちょっと垂らしてしゃもじでざっくりと混ぜ込んだら、水で濡らした手でおむすびにする。


 自分で削ったおかか入りお焦げおむすび、きっと九摩留も喜ぶはず。

 そんなことを思いつつ、わたしは少年のもとへおむすびを持って行った。


 これがとんでもない事態になるとも知らずに。


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