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18.乾物(2)

「終わったぞー」

「ありがとう九摩留。お疲れさま」


 屋敷の横手で薪割りをしていた少年が縁側にまわってくる。

 彼は四つ割りにした白菜に目をとめるとすぐにいなくなってしまった。と思ったら、大きな漬け樽を傾けて転がしながら戻ってきた。


「こんくらいので十分か?」

「あ、違うの九摩留。これはお漬物にしないで全部乾物にしちゃうから。ごめんね、わざわざ持ってきてくれてありがとう」

「ふーん。そっか」


 冬の間はいつも沢庵、山東菜漬け、白菜漬けを食べている。

 なのでここにあるのも漬けるものだと思ったのかもしれない。そして思ったあとなにが必要か考えて持ってきてくれた。


 九摩留は樽を戻しに行き、今度はまな板と包丁を持って縁側に現れた。


「九摩留……最近すごくいい子ね。ほんとにどうしちゃったの?」


 ここ数日の彼の急成長は目を見張るものがある。

 山菜採りにはじまり、掃除や藁仕事も手伝ってくれるようになっていた。


「んー。だってさ、オレが頼れる男になったら……」


 そう言ってわたしの隣にあぐらをかくと、こっちを見てニッと大きく笑った。


「あかり、オレのこと好きんなるかもだろ?」

「好きって……わたしはもともと九摩留のこと好きよ?」


 え、言ったことなかったっけ?

 慌てて記憶を手繰り寄せるわたしに、少年はふっと息を吐いた。


「違うんだよなーそうじゃねえんだよなー」


 そう呟くとまな板をすえて大根を載せた。

 こちらの手元を見てちょっと首をかしげながら包丁を薪割りの斧のように構える。

 おっと、これはいけない。


「ありがとう、手伝ってくれるのね。それじゃあ九摩留には白菜を切ってもらおうかな」


 急いで包丁の手を下げさせて、大根のかわりに白菜を載せる。

 白菜はざくざく切るだけなので包丁の練習にちょうどいいはず。


「こうやって軽く握った左手で白菜を押さえて、包丁は……向こうへ大きく滑らすように切ってみて」


 わたしのまな板を横にずらして九摩留のまな板を前にすえ、白菜を切ってみせる。

 ふいに肩の上に九摩留のあごが載って、わたしの頬にあたたかな息がかかった。


 黄褐色の髪が視界にはらりと落ちてくる。

 首筋が妙にくすぐったくて、思わず声が出そうになった。

 ……狐の姿ならともかく今はダメだ。近すぎる。


「九摩留、顔近すぎるよ。少し離れて」

「だって手元をよく見ないとだろ? それともなに、オレのこと男って意識してんの?」


 笑いを含む声に、わたしはちょっと呆れてしまう。


「なに言ってるの。かわいい弟をそんなふうに思うわけないでしょ」


 血は繋がっていないし種族すら違うけど、弟は弟である。

 おまけにもっと幼い姿をしていたときはよく全裸で屋敷を走り回っていたし、行水をさせたことだって一度や二度じゃない。


 そんな彼を男として意識できるかと言われれば、答えは「いいえ」だ。

 仕方なくわたしのほうから身体を傾けて九摩留の顔を避け、やりにくさを感じながら白菜をザクザクと半分ほど切っていく。


「どう、わかった?」


 少年を振り返ると少しのあいだ彼はわたしを柔らかな琥珀の瞳で見つめ、こくりとうなずいた。


「わかった。こうだな?」


 まな板を戻すとすぐに九摩留は白菜をざくざく切っていく。


「そうそう、その調子。切ったら脇の干し笊になるべく重ならないように並べてね」


 危なげない様子に安心してわたしも大根に向き合い、千切りを再開する。


「クマルの手、大きくなったねぇ」


 姫様よりちょっと大きいくらいの手だったのに、白菜を並べる手はわたしの手からはみ出るくらい大きくなってしまった。


「そりゃそうだ。おじいもおばあももういねぇし、いつまでもガキのまんまじゃいらんねえよ。オレだってちゃんとあかりの役に立つからさ」


 九摩留は白菜を切りながら、瞳をこちらにちらりと向けた。


「だからさ。肩の力、たまには抜けよな」

「うん……。ありがとう」


 養父母を立て続けに亡くした頃は、わたしも姫様も、そして九摩留も毎日泣き暮らしていた。

 泣いて泣いて、涙が枯れたと思ってもまた泣いて。

 そうして一年が過ぎようとした頃に、みんなようやく顔をあげられるようになった。


 と同時にこれからはわたしが姫様と九摩留を守り、屋敷をつつがなく維持していくのだと固く誓ったのだけど……。

 無邪気な少年に気を遣われてしまうほど、わたしは少し気負いすぎていたのかもしれない。


 わたしも九摩留も、厳しいながらとても優しかった二人を思い出してか、作業はいつもよりずっと口数少なく進んでいく。


 大根の千切りと白菜切りが終わるのはほぼ同時だった。

 今度は二人で一緒に残りの大根を数センチほどの厚みに輪切りにして、竹串で中心に穴をあけていく。

 穴に藁を通して間隔をあけながらいくつも大根を結んだら完成だ。

 これは料理に使うとき、その形状からしてへそ大根と呼ばれている。


 最後のゴボウはわたしがささがき、九摩留は斜め切りして、ようやく準備が完了した。

 あとは野菜を天日干しするのみ。


「よし! じゃあ乾燥棚出すの手伝ってくれる?」

「おうっ」


 しんみりした空気を払うように元気に声を出すと、少年も威勢よくお返事してくれる。

 納屋から大きな乾燥棚をふたつ、二人で一緒に運んで棚に笊を並べ、へそ大根は軒下に吊るしていく。


「ありがとね、九摩留。おかげで思ったよりずっと早く終わっちゃった。お昼までまだ少し時間あるし、ちょっと遊ぶ?」

「お、いいのか!?」

「でもチャンバラとかはなしよ。寒いから中で遊べるものにしてね」

「じゃあ、トランプ! 神経衰弱!」


 神経衰弱か……。わたしも好きな遊びではあるけど、何気に時間がかかる遊びでもある。

 昼食作りの前までに終わるだろうか。


「うーん、まぁいっか。今日のお昼ごはんは楽ちんだしね」

「え、楽なのか?」

「そうよ~。大根葉を細かく刻んでごま油と醤油みりん、七味で濃い目に炒めたらおしまい。ご飯は朝炊いたのを焼きおにぎりにして、お汁は朝のお味噌汁の残り。以上です。大根葉のふりかけ、九摩留も好きでしょ?」

「えーそれだけかよぉ。好きっつったって、それだけじゃちょっとな。他にはなんかないのかよ。肉とか肉とか、肉とか」

「以上です。ちなみに夜はお魚の予定です」

「そんなのいやだ! 昼も夜も肉がいい! 肉肉肉肉肉――――!」


 足をその場でじたばたさせて、しまいには地べたに大の字になって変顔しながら抗議する少年に思わず声をあげて笑ってしまう。

 目元の涙をぬぐっていると、九摩留は優しいような困ったような不思議な笑みを浮かべていた。


「あかり」

「ん?」

「オレ、あかりのことが好きだ」


 ふいの言葉に虚を突かれて、でもすぐに胸の奥からじんわりと温かいものがこみ上げてきた。

 家族って本当にいいものだ。


「ありがとう。わたしも九摩留のこと、大好きよ」


 わたしもすぐに言葉を返したけど、彼はどこか寂しそうに微笑んだ。

 その大人びた笑みの理由は、わたしにはわからなかった。


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