17.乾物(1)
今日は村の人たちからいただいた大量の野菜を処理することにした。
いただいた野菜は大根、白菜、ゴボウ、里イモ、カブ。
どれもありがたいことに小さな山を築くほどある。
里イモとゴボウ、カブはすでに庭の畑に埋めておいた。そうすることで新鮮なまま数か月は保存することができるのだ。
ただしゴボウは薬にもなるので埋めるのは半分ほどにし、残りは乾燥させることにした。
大根、白菜も料理に使う数日分以外はすべて干してしまう。
冬は空気が乾燥していて天気が良い日も多く、乾物を作るのに一番最適な時期といえる。
しっかり乾燥させて保存に気をつければ、その野菜の収穫時期が過ぎても味を楽しむことができる。
それにあらかじめ切って干せば煮物や汁物の鍋に直入れできるし、戻しと同時に味が中まで染み込んで、野菜から出てくるうまみも無駄なく出汁にできる。いいことしかない。
ないのだけど、その分作業にめちゃくちゃ時間がかかるのだった。
「うおー重てぇ!」
「ありがと、ね、九摩留。よいしょっと!」
朝食を終えてすぐ、わたしと九摩留は屋敷裏の井戸端に設けた外流しに大量の大根と白菜、ゴボウを運びだす。
「じゃあ今日は先に縁側の雑巾がけをお願いね。そのあとはランプのほや掃除と薪割り、お願いします」
「りょーかーい」
仕事をお願いすると少年は素直に屋敷に入っていった。
わたしも気合を入れて手押しポンプをガッコンガッコンと押し、井戸から大盥へ水を汲みあげる。
井戸水は不思議なもので、夏はとっても冷たいのに冬になるとほんのりあたたかい。
とはいえ今は真冬の一月、そしてここは夏でさえひんやり涼しい屋敷裏。
野菜洗いがつらくないわけがない。
「ひぇぇぇぇええええええ……! はああああああああああ!」
作業中はとても黙ってなんていられない。
小声で絶叫しながら栓をした外流しで野菜についた大きな汚れを洗い落とし、今度は大盥に入れて丹念にざぶざぶよく洗っていく。
乾いたらそのまま料理に使うものなのでここは念入りにやらなければならない。
ゴボウは泥がしっかりついているのでタワシを使って。
大根はわさわさ茂った葉っぱもきちんと入念に。
白菜は洗う前に底に包丁で十文字の切れ込みを入れて、手で四つ割りにしてから洗う。こうすると葉がばらけないし細かいくずも出ない。
それにしても――。
「寒いぃぃぃぃぃぃいいいい!」
洗濯で毎日似たようなことをしていても、あちらは洗濯板に体重を乗せて揉み洗いしたり絞ったりと力のいる作業も多いので身体は多少暖まってくる。
でも野菜洗いはずっと寒い。
すべての野菜を洗い終える頃には歯もカチカチと鳴りっぱなし、かじかんだ手や身体は自分の意志ではどうにもならない程ものすごく震えていた。
「くく、くまる~! て、てつッ……!」
「おうおう、えらいことんなってんな。あかりは火のとこ行ってあったまっとけ。俺が全部運んでやるから」
「あああり、ありが、と」
「くくっ、洟たれてんぞー。しっかりかんどけよ」
「ひゃい……」
全力でお言葉に甘えて洟をかんでから囲炉裏へ直行する。
薄暗がりのお勝手には誰もおらず、囲炉裏の炎が静かに大鍋の底を熱していた。
鍋のお湯がくつくつとあぶくを出しては周りの空気をしっとり温かくしてくれている。
さっそく囲炉裏端に座って暖をとると、キンキンに冷えて固まっていた手足が少しずつ動かしやすくなっていく。
ある程度手足が温まったところで人心地つき、ようやくわたしは縁側に向かった。
「はぁあ……。お日様って……偉大だわ……」
屋敷の縁側はL字のようになっていて、特に居間と座敷の横に伸びる縁側は完全南向きなので太陽の恩恵を長時間受けられる。
まだ早い時間なので日差しは奥まで入り込んでいないものの、屋敷裏に比べれば空気がとても暖かい。
囲炉裏で半解凍になった身体がさらにじわじわと解凍されていくようだった。
「さて、と」
もう少しゆっくりしたいのを我慢して、わたしは縁側に用意していた足つきまな板の前に座ると、左側に置かれた大盥から大根を一本取りあげた。
何気なく右側――座敷前の縁側を見れば、大きく敷かれた新聞の上にぴかぴかになったランプのほやや笠がいくつも並んでいた。
掃除してくれた少年はもう薪割りに入ったようで、カァン、カラカラカラ……と小気味いい音が聞こえてくる。
わたしも負けてはいられない。
早速まな板に大根を載せて、まずはヘタを断って適当な長さに切ってから皮を剥いていく。この皮や葉は大事な食材になるので、捨てずにちゃんと取っておく。
いただいた大根すべての皮を剥き終えたら、半分は千切りに、もう半分は輪切りにするのだけど、この大量の千切りが地味に時間がかかるのだった。
最初に切り株のような大根を真ん中から割り、断面をまな板に付けて安定させたら繊維にそって数ミリ幅に切る。この時、大根数本分はこの工程を先に済ませておく。
切り終わったら両端はよけて一枚一枚を微妙にずらしながら将棋倒しのように並べていく。
半割り分並べたら続きからもう半割り、そしてまた半割りと並べていき、まな板の端から端まで大根の白線を引く。
あとはただただ黙々と細く切るだけ。
大根をひたすら千切りしつつ、わたしはお昼の献立を考える。
加加姫様は今日から散策だから、彼女の昼食はなし。
ならばこの大根葉でふりかけを作って、それと朝のお味噌汁だけですませちゃってもいいかもしれない。
姫様がいるときはもう二品ほどおかずをつけるけど、わたしと九摩留だけなので昼食はちょっと手抜きさせてもらおう。
「姫様、今頃どの辺にいるのかな……」
小山のような大根の千切りを笊に薄く並べながら、朝一で出かけた少女のことを思う。
その恰好はいつもと違って短めに着た着物に汚れよけの浴衣、脚絆に草鞋という、昔の旅人のような姿だった。
長い白髪もわたしが一本のみつあみにして、茂みや木の枝に引っ掛けてしまわないようにしていた。
彼女の散策は、いわゆる散策とはちょっと違って田の神山の神としてのお仕事の一つでもある。
散策の日は朝食後から夕食前まで田んぼや畑、野原から山裾、そして山頂にいたるまでを休むことなくひたすら歩き、神気のこもった息吹を里山の隅々にまで行きわたらせることで自然の生命力を強化するのだそうだ。
散策の間は屋敷で昼食をとらないけど、彼女にとっての本来の食事はわたしが出した料理をはじめ姫様を祀る祠や村の各家庭でお供えされたものに宿る人々の信仰心と食物の精気を取り込むことだという。
それらは祀られたお札などを介して彼女の力の源になっているため、ものを食べなくても特に問題ないのだそうだ。
屋敷で人間と同じように食事をするのは娯楽のようなものらしい。
この散策は数日ほど続くので、しばらくは九摩留をがっかりさせる昼食が続くかもしれない。
そう思うとぶーぶー言う声が今にも聞こえてきそうだった。