15.仲直り
朝ごはんはなんと九摩留お手製の雑炊だった。
昨夜炊いたご飯の残りに、もみ海苔とちぎった縮み菜が入っている。
味付けは味噌で、ちょっぴり濃い目だけどとてもおいしかった。
姫様はちぎり葉が大きすぎるとか味噌が漉されてないとかお小言を言ってしまって九摩留と言い争いになっていたけど、わたしは成長著しい彼にちょっと目頭が熱くなってしまう。
ふと、お父さんとの約束を思い出す。
お父さんは九摩留と共に世話役の責を果たせと言っていた。
少しずつ変わろうとしてくれている彼が助けてくれるなら、姫様のお世話も屋敷の切り盛りもなんとかやっていけるだろう。
大丈夫、わたしは一人じゃない。
そう思っていると、ふいに姫様が顔をあげた。
「おお、そうだった。あかり、新聞を取ってきてくれるかえ?」
「! すみません、今行ってきます」
朝刊を取って来るのは今はまだわたしの仕事だ。急いで玄関を出て門扉へ行く。
そこで自転車を押して山道をあがってくる泰明さんとばったり行き会った。
「あ、おはようあかり」
「泰明さん! おはようございます」
挨拶をしてから、昨夜の月明かりの下での会話を思い出した。
どうしよう……そういえばあの時は喧嘩のような空気になっていたんだ。
会話の内容からしても非常に気まずいし恥ずかしい。
とはいえ、あの時のわたしはすごく失礼な態度をしてしまったわけで。
彼にきちんと謝らなければならない。
「あの、昨夜は――」
そこであるものに気がついた。
マフラーから半分出た彼の顔、その片側にわずかに白いものがのぞいている。
わたしの視線の先に気づいたのか、泰明さんはマフラーを目のふちまで上げてしまった。
「それ、どうしたんですか? 怪我したんですか?」
「んー、まぁちょっとね。たいしたことないよ」
なんでもないことのように言うと彼は門扉のそばに自転車を止める。
たいしたことないと言われても、そうは思えない。頬に傷だなんて大事だ。
一体なにが――そう思ったところである考えが頭をよぎった。
「まさか……姫様ですか?」
「え?」
「毒芹に当たったって、姫様に聞きました。意識をしっかりさせるために平手を打たれたんじゃ」
「違う違う! これはそういうんじゃないよ」
「そうだぞあかり。泰明は……えーと……意識はあった。で、わしが吐かせてやった。この手を突っ込んでな!」
いつの間にか姫様が隣に来て、カカカ! と笑いながら手をひらめかせてみせる。
昨日は泰明さん、毒芹に当たって顔に怪我して……おまけにわたしに八つ当たりまでされて相当厄日だったらしい。
気まずいのも吹き飛んで同情せずにはいられない。
目が合うと、彼は真顔になっておもむろに腰を折った。
「それより、昨日は本当にごめん。失礼なことを沢山言ったし、あかりが言いたくないことまで聞こうとした。自分でも最低だと思う」
「や、やめてください泰明さん! 顔を上げてください」
深々と頭を下げる彼にわたわたと手を振る。
姫様は庭での会話を知らないのだから、何事かと思っているに違いない。
「わたしのほうこそ申し訳ありませんでした。あのときは自分でもどうかしていました。本当に失礼をして……すみませんでした」
泰明さんよりも深々と腰を折ると、隣で笑う気配がした。
「おやおや。では失礼した者同士、お互い様ということで許してやったらどうだ。ほら、二人とも面を上げよ」
姫様がわたしと泰明さんの肩をぽんぽん叩いて間に入ってくれる。
いいのかな、と思いつつ泰明さんを見ると、彼もこちらを伺うように見てくる。
視線があって、どちらからともなく笑みが浮かんだ。
「よし。では仲直りの証にぎゅーっとせよ」
「え!?」
「あかり。ほら、姫様の指示だから」
ぱぁあと輝くような満面の笑みで泰明さんが両腕を広げる。
そんな、それはさすがに恥ずかしすぎる。
姫様とぎゅっとするのとはわけが違うのだ。
明るいし姫様も見てるし、というか男の人、それも泰明さんと抱き合うなんて――。
「てや」
「わ!」
どん、と背中を押されて泰明さんの胸にすがる形になってしまう。
急いで離れようとするも、背中に腕が回って強く抱き締められてしまう。
ど、どうしよう。
どうしたらいいんだろう、これは。
心臓がドドドとすごい勢いで音を立てて、今にも爆発していまいそうだ。
全身が燃えるように熱くてなにも考えることができない。
……いけない、意識がぼーっとしてきた。
「はいおしまい。泰明、もう放せ。泰明!」
わたしと泰明さんのみぞおち当たりに小さな手が入ってぐいっと分けられる。
身体が離れた瞬間わたしはとっさにうつむいた。
「~~~~~~~~~~~~ッ」
我に返ると、もうだめだった。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。まともに彼の顔を見られない。
「ところであかり。僕の頬を叩いてくれない? 思いっきり」
「はい!?」
思いっきり彼の顔を見た。
泰明さんはマフラーをするりと外し、きれいな頬の方をとんとんと指で叩いた。
「できればこっちを叩いてくれるとありがたいんだけど」
「なに言ってるんですか! そんなことできるわけないでしょう!」
急になんてことを言い出すんだろう。というか、もう片方の頬が大振りのガーゼに覆われてとても痛々しい。
本当に、一体彼の身になにがあったのか。
「だめ?」
「だめに決まってます!」
「そっか。じゃあ姫様――」
「よしきた歯ぁ喰いしばれ!」
「ちょ」
止める隙もなく少女が腕を振るい、青年のみぞおちに深く拳がめり込む。
あ、そっちなんだ、となぜか冷静に思ってしまう自分がいた。
泰明さんが身体をくの字に折り激しく咳き込む。
わたしは慌てて身体を支えた。
「大丈夫ですか!? 姫様、なんてことするんですか!」
「ふっふっふ。昨夜はよくもわしの宝を貶してくれたな。事情はどうであれそれはそれ、これはこれ。お仕置きだ。これで気は晴れたかえ、泰明よ?」
「はい……ありがとうございました。というか盗み聞きしていたのですね」
「ふふ。どうだ、己の知らぬところで身辺を嗅ぎまわられるのは。嫌なものだろう?」
「そうですね、身に沁みました」
「ちょっとあの、なんの話を」
「安心せい。わしはおぬしと違って後にも先にもこれきりだ。多分」
「聞きたいのでしたらいつでも好きなように聞いてくださって構いませんよ。そのかわり僕も好きに視ますけど」
「二人とも、さっきからなんの話をしてるんですか!」
盗み聞きやら身辺を嗅ぎまわるやら、内容がどことなく不穏でだいぶ気になってしまう。
声をあげても二人とも笑っているだけでなにも答えてくれない。
のけ者にされて悲しいような悔しいような気になるけど、でもなんとなくいつもの日常に戻れた気がしてどこかホッとしていた。
世の中も、そしてわたしの回りでもなにかが変わっていく予感はしている。
それでももう少しこのままでいたいと、そう思ってしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回でプロローグ部分は終了となります。
次回からは起承転結の起がスタート、3歩進んだかと思えば2歩下がるような恋愛模様に年中行事と昔の道具など絡めつつ書いていきたいと思います。
加加姫の本性はもう少ししてから判明しますが、ヒントをぽいぽい放り込んでおりますのでぜひ予想してみてください!
九摩留ももう少しすると大人になる予定です。
あかりと泰明の間に全力で割り込みますよー。
ワケありな巫女とワケありな医者の恋はいつ叶うのか?
はたして夫婦になれるのか?
これからもながーい目で見守ってやってください。
次回は2月1日(木)に更新します!