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ハロー・マイワールド  作者: 僻地
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一日目 上

出会い

無彩無色の日々に突如現れた瑞々しい緑

冒険の始まり

ピッピピ ピッピピ ピッピピ


 静閑な部屋に流れる機械音。窓からは淡い日差しが入りこんでくる。コンスタントに鳴り響く音にまた朝が来たのかと、”私”はゆうくりと閉ざしていた視界を開き一度瞬きをした。その後壁に貼ってあるカレンダーに近づいて今日の日付に丸を付ける。今日のノルマの五割は終わった。

 続いて、ついと窓と横に掛かっている温度計を確認する。窓の先に広がる曇った青空に漂う白雲。それに、少し強めの風が吹いている事が揺れる葉から見て取れる。温度計は温度・湿度共に平時と変わらない数値だ。両方の確認が出来ればカレンダーの日付下に丸をつける。これで今日のノルマの九割が終わった。

 はめ殺しの窓を通してみる世界はいつだって変わらない。視界の端に揺れる草木を入れつつも今さっき丸つけたカレンダーに触れる。目標の日まで残り一週間をきっていた。


 あらゆる動物が姿を消して、人類が長い眠りについてから99年と358日。生き物が存在しないこの世界で生きる私のたった一人の生活が今日も今日とて変わらぬ形で幕を開けたのだった。



 100年以上も昔、この星では喧噪にまみれた世界だったらしい。今では想像付かないことだと、私は日々のルーティーンである日光浴をしながら独りごちる。目を覚ました場所から南西に10M程。全面ガラス張りのテラスが日没までの私の“居場所”だ。燦々と入ってくる日光を浴びながら簡素なチェアに座る。手元には今日のお供である一冊の本があった。

 今この世界は静寂と閑散で満ちている。偶に風が吹くことによる木々のさざめきや極まれに降る雨が地面や建物を叩く音など、自然の声が聞こえてくることもあるが、温調のしっかり整えられた室内では随分遠くのモノに感じるものだ。現に今日だって聞こえてくるのは私が捲る紙の擦れる音のみだ。風音どころか、呼吸音一つも聞こえないこの場所で生活して99年とちょっと。変わり映えのない日々を漠然と生きる毎日に退屈を感じる。昔は無闇矢鱈に音を立てて見たこともあったが、なんとなく本に書いている喧噪と違う気がしてすぐにやめた。やはり、彼らの存在有無で違うのだろうか。私は地下に続く扉に視線を向け、その奥で眠り続ける彼らに思いを馳せる。騒然とした世界で生きてきた彼らにとって、この静黙な世界は本当に彼らの望んだ未来だったのだろうか。


 彼ら、人類はこの星の最後の生き残りであり、私を生みだした親である。私が生まれるもっと前、この星は様々な異常気象に襲われ、ほとんどの動物が姿を消していったらしい。人間とて同じだったらしく、彼らはなんとか自分たち人類種を生き残らせようと策を巡らせた。

 結果生まれたのが茨姫計画であり、彼らが100年にもの間眠ることになった原因で、私が生まれた要因であった。

 100年後には異常気象も静まり、人類が暮らせる世界に戻っているだろう推論と発達した科学技術を生かした計画は順調に進んだ。生き残っていたほとんどの人間は眠りにつき、最後の日まで残っていたのは数人。科学者であった彼らは私を生み出し、100年後再び人類を目覚めさせる役割を与えると同時にそのまま眠りについた。遙か先に待つ未来に希望を見出して。

 ただ、どうだろうか。既にこの星は彼らの生きた時代とは似ても似つかないほどの変容を遂げている。動物は息絶え、人類が生み出したあらゆる文化は自然の中に淘汰されていった。彼らが生きた証は私を含めこの建物内にしか存在していないのだ。

 それでも、彼らは生を望むというのだろうか。本の文字を眺めながら思いを馳せつつも、99年経ってから感じるようになったロジカルの変化に戸惑う。本には茨姫計画への熱心な想いが書かれていた。この本を書いた人間が今も眠っているかどうか分からない。ただ、もし生き残っているとして目覚めた後彼は何を思うだろうか。変わり果てた世界を見て、彼は本心から生き残った喜びを感じることが出来るのだろうか。無意味な思考回路に気づき思わず本を閉じる。チェアに体重をかけて上を向けばちょうど太陽が雲から顔を出しているのが見えた。時間をかけて姿を見せる太陽が妙に眩しく感じ視界を閉ざす。今更何を思うことがあるのだろう。私は私の役割を果たすだけだ。それこそが彼らに与えられた物であり、唯一の願いなのだから。


 おかしなことを考えたものだと、姿勢を元に戻しつつ視界をひらく。半年ぶりに外の空気を吸ってみようか。本にも室内に籠もりきることは良くないと書いてあったことを思い出す。人間でない私に意味があるか分からないが、偶には悪くないだろう。水は嫌いだが幸い今日は晴れている。天井を仰ぎ見れば、視界に映る灰色かかった青に真白の塊、いつの間にか太陽はすっかり姿を現していた。そして、そこに映り込む一点の緑。・・・・緑?


 点だった緑は次第に大きくなって形をつくる。よく見れば細長い形をしている“それ”はそのまま真っ直ぐと私の目の前、窓めがけて落ちてきて、ぺちゃり。天井のガラスに勢いよくぶつかったと思えばそのままズルズルと下に落ちていった。

 上空から振ってきたのは全長30cm未満の一本の植物だった。


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