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目指せ最強剣士!  作者: ヤマネ
学園編
7/18

7.ビャク

 それから一週間後。俺の入都許可が正式に下り、それに伴って帝国学園の敷地内にある学生寮への居住も許可された。


「うっひょー! オアシスに来たみたいだぜぇ」


 ガッタガタの古臭い木製扉を開ける。バキッとかメシッとかいう音を床が響かせる。

 おんぼろ~。でも剣奴時代の宿舎よりは幾分もマシだ。


 俺が案内されたのは西側第四寮。通称『オンボロ寮』。名前の由来は自明だろう。


 付き添いのサディーリエ先生が謝る。


「悪いね、テンキ。学費を払ってない君に案内できるのはここだけなんだ」

「いいぜいいぜ。全然、いい! めっちゃ綺麗な寮じゃん」

「綺麗は嘘だろ」

「ごめん盛り過ぎた」


 とはいえ、家なんて雨風がしのげれば十分だ。俺は満足した。

 自分の部屋に案内される。


「うおーっ! 個室! すげえ!」

「こんなに反応されると、オンボロ寮が凄く良い場所に思えてくるから不思議だな……」

「いや、実際、良い場所だろっ!」


 ベッドの上にダイブした。なんかカビの臭いがしたが、吐瀉物や血の臭いがしないだけましだ。

 ……改めて、俺は劣悪な環境にいたよなあと感じる。


「じゃ、授業はしばらくないけど……テンキにはまず、言葉の勉強をしてもらう必要があるよね」

「おう! 頼むぜ!」

「で、君にクシャーナ語を教える役割を与えられたのがワタシってわけ。よろしく」

「……お、おう。なんか、わりいな」


 嵐流剣術師範のサディーリエ先生は俺に小学生レベルの読み書きを教える役割を押し付けられていた。


 さて、それから数日。

 いつも通り中央大図書館の地下にあるディスカッションルームとかいう謎の部屋でサディーリエに言葉を教えてもらっていると、ふと気になった。


「そういやさ、ここって魔法も教えてるんだろ?」

「そうだね」

「俺も使えるようになるのか? 魔法」

「あ~、まあ……無理じゃない?」


 え、そうなの? ショックを抑えつつ尋ねる。


「なぜ」

「だって魔法はなぁ……頭良くないと使えないし……」

「いや俺、頭は良いから! 学がないだけで!」

「頭悪い人はみんなそう言うでしょ?」

「な、ひどっ、それでも教師かっ!?」

「ごめんなー、これでも教師なんだわ」


 なんということでしょう。生徒の才能を全否定である。

 まあ、俺は剣術士コースの特別枠として入学を許可されたっぽいから、魔法をやりたいですとか言い出してもあまり真剣に対応してくれないのかもしれんが。


「まずねえ。テンキは魔法って何かしってるの? そもそも」

「えっと、なんかこう、手から火が出たり、雷を落としたり……」

「古風だなぁ」


 そう、魔法。

 魔法ってそもそも何か。


 サディーリエ曰く、魔法とは『信仰』の力らしい。なんじゃそら。


「テンキはもしかしたら知らないかもしれないけど、『魔神教』っていう宗教があってだな」

「うん。知らねえ。続けて?」

「魔神教で崇めてる神っていうのは魔法の神ヘドゥなのよね。ヘドゥ神。聞いたことある?」

「うん。知らねえ。続けて?」

「ヘドゥ神が自らの信徒にもたらす祝福というか呪いというか、なんかそういうのが『魔法』なの。で、その魔法を体系的に理解し、教義として深め、応用するのが魔導士。分かった?」

「ふーん」


 分からなかった。


「え、じゃあこの世界って魔神教の教徒だらけじゃん」

「そうだよ」


 そうなんだ。知らなかった。


「せっかくだから他の宗教の話もしようか。『魔神教』の他には『剣竜教』と『魂鳥教』が人気かな。それぞれ嵐流と晴天流に繋がりが深いよ」

「はあ。なるほど。……もしかしてさ」


 そういえば。

 前世では俺は日本人だった。日本人はその多くが無宗教……もとい多宗教だ。何か一つの宗教を強く信じるという人はすくなかった。

 でも、外国はどうだったか。普通に一神教が幅を利かせていたはずだ。


「この世界の人って、大体が宗教に入ってたりするの?」

「するの? って、当たり前じゃん。あ、ごめん。こういう言い方はよくないか」

「いや、いいよ別に。……なるほどね、分かった」


 そうか。宗教ね。よく考えればそりゃそうなのか……。


 ◆


 春休み期間もそろそろ終わりだ。帰省から帰ってきた学生たちで学園内も段々と騒がしさを取り戻しつつあった。

 そろそろ中学校入学か。楽しみだなぁ~。


 ぽすん。ノートで頭を叩かれる。


「こら、どこみてんの」

「校庭」

「教科書見ろ、教科書」


 サディーリエ先生のおかげである程度の読み書きならできるようになってきたが……この『クシャーナ語』とかいうやつ、なかなかの曲者である。

 どうやら世界共通言語らしく、この言葉さえつかえればまあなんとかなると言われた。地球でいうところの英語みたいなものなのだろうが……英語よりむずいなぁ、ぶっちゃけ。


 日本語は外国人からみてとても習得が難しい言語だと聞く。

 クシャーナ語は、『もし俺が外国生まれで日本語を勉強しようとしていたらこれぐらい難しかっただろうな』的なレベル感だった。めっちゃむずい。


「うーん……疲れたぁ」

「え~、付き合わされてるこっちの身にもなってよ……テンキが大成すれば、私も塔の騎士団に会えるかもしれない! とか思って名乗り上げたのを絶賛後悔中なんだから」

「すんません……」


 はぁ。がんばろ。

 だらだら……座学は続く。


 そして新学期。ついに花の中学校生活が始まった。


「俺、テンキ! よろしくなっ!」

「お、おう。よろしく」


 道ですれ違ったやつに片っ端から挨拶していく。新学期は初めが感心だ。ここで名前を憶えてもらうことで、今後の学園生活をより有利に進めることが可能になるは間違いない。


「あ、テンキ!」


 げっ。サディーリエ。

 慌ててダッシュで逃げる校舎内を駆け巡る。そして捕まる。

 嵐流八段の彼女から逃げきれるわけないのだ。


 首根っこを掴まれた猫みたいになる。


「あなた、また木剣壊したでしょ!」

「さあ……なんのことだか……」

「新技だかなんだか知らないけどねっ! 備品は大切に扱いなさいよ!」

「うい……」


 そう。新技だ。

 なんとこの学園では夏の定例行事として『学園剣術大会』なるものが開かれるらしく、ここで優勝を飾ればこの学園での最強を名乗って良いらしい。


 最強! 良い響きだ。

 というわけでその大会で優勝するべく、闘気を応用した新しい技を開発している最中なのであった。


 そして新学期が始まり、新しく授業も始まり。

 三週間が経過していた。


 ◆


 ぜんぜん、わからねえ……。


 夜。学生寮の自室にて。

 俺は絶望していた。


 机の上には紙。俺の手にはペン。そう、勉強中だ。

 でも、全然分からない。


 語学は絶賛勉強中で、なんとか歴史の授業とかにはついていけてる。死ぬ気でやればなんとかなった。

 数学の授業も大したもんじゃない。日本人としての技能がここで役に立っていた。


「でも! 魔法! お前だお前ぇ! わかんねえよ! わっかんねえ。魔神教の聖典のここにこれが書いてあるから~とか、サラっと言ってんじゃねえよこのポンコツ教科書っ!」


 なさすぎる……常識が……。


 おそらく、この世界のまともな知的階級に生まれれば当たり前のように小さなころから魔神教の教えに触れているのだろう。

 そういう、「まあこれぐらいは知ってるよね? さすがにね? だから省略するね」の部分が、俺にはぜんっっっぜん分からなかった。


「これが文化的資本格差ってやつかよ……Youtubeで見たことあるぜ……」


 ゆ、ゆるせねぇーっ!


 あまりにも勉強についていくのが大変すぎて青春どころの騒ぎではない。というか剣術練習すらまともにできていない始末だった。

 サディーリエからは「テンキはとりあえず演習系の授業の単位ぜんぶ上げるから、まずは座学を頑張ってね!」と言われている。ふざけんな……。


 と、まあこんな感じでろくに友達をつくる余裕すらなくひたすら勉学を続けるだけの日々がここ三週間は続いており、昼はわけわかんねえ授業を聞き、夜はサディーリエによるマンツーマンのクシャーナ語習得講座。そんな感じの日々を送っている。


 勘弁してくれや……

 こう、あれだろ? 異世界転生ってこう、あれだ。

 突然現れた新入生(俺)! 学園に闇の組織の魔の手が迫る! そこを颯爽と、すげえ魔法の力でなんかバーン! ってやって、「な、なんだあいつは!」みたいに学園の生徒から一目置かれるやつなんじゃないのか?


 現実はメチャクチャ馬鹿な元奴隷の少年が必死こいて毎日勉学しているだけである。

 いやまあ、助かるけどさあ……


 確かに文字の読み書きができるようになりたいとは思っているが、あまりにも代償がでかすぎる……


 カレンダーを見る。

 夏の大会まで、あと三か月とちょっと。

 それまでに新技を開発する必要がある……!


 そして、翌日の深夜。

 サディーリエの講座を終えて寮に帰ってくる途中の道で、何かビュンビュンと音がするのが聞こえた。


「……あっちか?」


 これは、素振りの音だ。こんな深夜に? 結構なことで。

 剣奴時代の深夜のコソ練を思い出した。


 道から外に行き、ザクザクと茂みをかき分けつつ進む。

 少し開けた場所があった。

 月光が静かに降り注いでいる。


 銀髪の美少年が、木剣を手に素振りをしている。


 ……上手いな、剣の振りと、闘気の流れが。


 そう、闘気。

 どうやらこの学園の闘気習得率は相当なもので、俺と同年代の少年少女の剣士で五十パーセントほど。高等部の学生に至ってはほぼ百パーセント。それぐらい、闘気が使えることは当たり前だった。

 だが、『闘気が見える』人まで考えると、これはおそらく数が少ない。強そうなやつ二十人くらいに突撃インタビューをしたが、闘気が見えるやつなど一人もいなかった。


 まあ、シービーは見えていたし。そこまで超激レアな能力ってわけでもないだろうけど。


 そして、目の前のこの少年。

 彼の闘気操作の精度は、他の生徒をはるかに超えているように見える。


 高等部の学生ですら、ここまで鮮やかには……


「だれだ?」


 あ、やべ。見つかった。


 銀髪の美少年はこちらを見ている。物音は立てていなかったはずだ。どうやって察知した?


 じゃくじゃくと、茂みをかき分けて彼の前に現れる。


「……なんだ、学生か」


 俺に興味を失ったのか、再び素振りに戻る。

 ……こいつの動きは中々参考になりそうだな。


 一カ月ぐらいまともに剣術に関われていない俺は、こいつの素振りを見て盗むことでフラストレーションを解消することにした。


 そして二時間ぐらいが経ってから。


「……俺の素振り、そんなに見てて面白いか?」


 銀髪少年は唐突に喋り出した。


「そりゃね。つまらなかったらこんなに見てないでしょ」

「そう。……どこが面白い?」

「うーん、闘気の流れ? 参考になるぜ」

「闘気の流れ……お前、見えるのか」

「ああ、うん。まあ」

「そうか」


 それから素振りにまた戻る……かと思いきや、今度は剣をそこらにポイ捨てして俺に近づいてきた。

 なんだなんだ。


「君、名前は?」

「テンキ」

「去年の学園剣術大会には参加しなかったのか?」

「だって中等部からの入学だし」

「なんだと?」


 訝しむような目つきになる。


「君みたいなやつは知らんぞ。一応、強そうなやつがいないかリサーチしたんだけどな」

「あー、だって俺、今は勉強で忙しいモン。剣術やってる暇がねーんだよ。だからイライラしててぇ、それでお前の素振りを偶然見つけて、綺麗だから見とくかって感じ」

「そうか。……一応言っておくが、剣術演習は必修科目だぞ? 取らなかったら落第だが」

「大丈夫だよ免除されてるもん」

「免除……ああ、もしかしてお前か?」


 得心がついた、とでも言わんばかりの表情だ。


「調停騎士団からの推薦を受けた学生がいると聞いたが……実在したのか」

「え、それどこから情報漏れてるの……」


 サディーリエか。サディーリエだな?


 少年は無表情で続ける。


「よし。なら、ちょうど良い。木剣は二つある。俺と勝負しよう」

「お、いいねぇ!」


 俺は降ってわいた幸運にテンションを上げた。

 これはあれじゃんね。謎の転校生の実力を見せつける時じゃんね~っ!


 俺と銀髪少年。森の中で、二人して木剣を構え合う。


「そういえばまだ名乗っていなかったか。俺はビャク。よろしく頼む、テンキ」

「おう。よろしく頼むぜ」

「では、好きなタイミングでかかってきてくれ。俺の流派は『晴天流』なんだ」


 なるほど。待ちの剣術。守りの剣術の『晴天流』ね。

 サディーリエから聞いていた話の通り、ビャクの構えは防御的だった。

 下段に構え、少しリラックスしている。でも、いつでも剣を振れるようでもある。


 ……通常、剣道なんかで下段の構えが使われることはない。弱いからだ。

 普通に考えて、剣は上から下に振る方が速いし、楽だし、強い。

 下から上に斬り上げる動作はぶっちゃけ弱いのだ。


 でもそれは、地球での話。


 サディーリエとの入学試験を思い出した。

 嵐流・瞬動は目にも止まらぬ速さで相手に突撃する技だ。

 それに対し、俺は腕に闘気を込めることでカウンターを狙った。


 闘気が戦闘の基本となるこの世界では、闘気を移動に使う必要のある攻め側は、剣の動きに闘気を使えないのだ。

 それは逆説的でもある。攻める方が、攻めに闘気を使えない。


 動く必要のないカウンター狙いの方が、より速く、鋭く、剣を振ることができる。

 そうなれば必然、攻め側が不利になるということ。


 ……なるほどね。晴天流は嵐流に有利ってわけか。


「どうした? 来ないのか?」

「いや、待て。いま考えてる」


 ビャクの構えはどうだろう。隙は無いように見える。嵐流的な、足に闘気を割いた突撃は危険だ。

 そうなれば、足ではなく、腕に闘気を……いや、そうじゃない。もっと、もっと先鋭的に……


 ()()()()()()()()

 

「うおっ」思わず声が漏れた。

 突然、剣が重たくなったように感じたからだ。


 なんだ、これ。剣が重い……いや、重いという表現は適切じゃない。

 例えるなら……そう、水の中に剣だけつけてるみたいな感じだ。剣を動かそうとしても、動きにくい。


 あ、そうか! 闘気が剣の動きを邪魔してるんだ。


「ちょーっと待てよ、ビャク。いま、緊急事態が起きてるからな」

「……ぶっつけ本番でそういうのは良くないと思うぞ」


 俺が新しい試みをしているのはバレバレだった。

 でも待ってくれている。優しい。


 闘気をただ集めるんじゃだめだ。剣を振る側の、逆側に向けて闘気を噴出するんだ。

 ちょうど、嵐流の瞬動が、足裏から闘気を噴出するように……剣を振る逆側から……こう、ジェット噴射のように……!


「いくぜ、ビャクっ!」


 うおおおおおおっ!

 雄たけびを上げながらスタスタと走り寄る。

 闘気のせいで剣が重いが……ここだ!


 剣の振りをサポートするかのように噴射!


「どりゃあああああああっ!」


 そしてコントロールが効かなくなった俺の木剣ははるか彼方へとぶっ飛んでいった。


「……」

「……」

「あ、俺の負けってことで」


 気まずい!

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