6.入学試験
俺、テンキ! なんやかんやあって、半年かけてこの国の南部までやってきた普通の少年、十二歳!
ちょっと前までは奴隷だったけどなんか新しい法律に変わったらしくて奴隷解放が起こったんだとさ! それもあってついに自由の身だぁ!
目指すは夢の学園生活! この帝国の中心部、帝都にある『帝国魔導剣術学園』に入学して、異世界青春物語をスタートしてやるぜぇ~~~!
「はあ」
俺はため息をついた。馬鹿らしくなったからだ。
ぶっちゃけ、マジで頑張った。何を頑張ったかと言うと、文字もろくに読めねえ、金もろくにねえという状態で帝国北部から南部までの大移動をたった半年で成し遂げるということをメチャクチャ頑張った。
そしてついに成し遂げた。
はるか遠くの、地平線。そのギリギリの……なんか見えるか見えないか怪しいところ……に帝都がある。ついに帝都とかいうのが実在するのを自分の目で確かめるところまで足を進めた。
途中、何度も殺されそうになった。南部に入ってからは治安も安定してきたが、北部はマジで魔境だ。山を歩いてれば山賊に襲われるし、街を歩いてれば盗賊に襲われる。
命の水が何度も底をつき、そのたびに雨が降らなければ俺は今頃ガチで死んでいた。
でも。ついに。
「や、やった……あとちょっとだ……」
へとへとになりながら、丘を歩き進める。
そして、ついに。
このザストゥーラ帝国の首都(?)である、『帝都』に到着したのだった。
街は、まあ本気を出せば乗り越えられそうなちょっとした壁に囲まれており、外部からの攻撃を寄せ付けないような仕組みになっていた。もし戦争になったらということを考えた街づくりだろう。
門を通ろうとすると、門番に止められる。
「小僧。お前、何をしにこの街に来た」
「え、学校に入学しにきたんだけど。ほら、あの、帝国魔導……なんだっけ。魔法剣士学校?」
「『帝国魔導剣術学園』な。ったく。そんな汚い身なりのガキが、入学試験を受けられるわけないだろう。どうせ水準に届いてなんかいないんだ。時間の無駄だ」
「はぁ? 推薦状だって貰ってきましたーっ! おら見ろこれぇっ!」
そう言いながらプロキイェーテから貰った推薦状を見せびらかす。
「はぁ? どれどれ……」
俺から紙を受け取り、それを読む門番くん。
みるみる顔が険しくなっていく。
「お前……世界連合の、しかも『調停騎士団』って……」
「うんうん!」
ふんっ、分かったかモブ兵士が。
この俺はあのプロキイェーテ様のお眼鏡にかなった超天才少年なんだぜ?
「『調停騎士団』の公文書を偽造すると、間違いなく死刑だぞ……。見なかったことにしてやるから、早く帰れ」
「ちげえよ! 本物だよぉっ! よく見ろボケナス!」
「え、マジ? 本当にぃ? 嘘だぁ……」
門番は「わかんねえよ塔の騎士団の印なんて見たことねえし」とかぶつぶつ言いながら、俺から受け取った紙の写しをその場でとっていく。
「じゃあ、とりあえず入都は許可してやるから、とりあえずここの宿を頼れ。お前、どうせ金なんてねえんだろ? 推薦状が本物だと確認が取れたら自由にしていいから、それまでここで待っとけ」
「おお、サンキュ!」
何かのメモ書きをくれた。読めない。
「あ、ごめん。俺、文字よめないんだよね」
「はぁ!? そんなんで……って、そうか。この推薦状にも書いてあるな……『文字が読めないそうなので便宜を図ってやってください』って。いやダメだろ。文字読めないやつを帝国学園に入学させられるわけねえだろ」
「だーかーらーっ! この騎士様が! 俺を! 学園に入れてやってくれって言ってんの! いいのかよ世界連合のチョーテー騎士団に歯向かっちゃっても! おっかねえぞマジで!」
「……それはガチで怖い」
というわけで、なんやかんやあって帝都へ侵入成功。
迷子になりつつもそのまま帝国魔導剣術学園まで足を運んだ。
まー、なんかよく分かんねえけどプロキイェーテの推薦状を見せればなんとかなるだろ。そういう魂胆である。
そして、学校の門番に足を止められて似たようなやり取りをもう一度。
学園の中の来賓迎館? とやらで待機するように命じられた。
兵士に案内されて歩きながら、きょろきょろと学園の中を見渡す。
すげえ……でけえな。
自然と建物の調和が良くなされており、なんかオシャレな大学のキャンパスみたいな雰囲気だった。
あ、校庭がある。なんか剣振ってる学生がいる! やべえ、ワクワクしてきた。
来賓迎館へと到着する。豪奢だが歴史を感じさせる建物が、周りを威圧するように立っている。三階建てか……。
中へ通される。
「あ、ふかふかのソファだ! すげえ、初めて見たっ!」
「初めて……?」
兵士くんが何かに突っかかりを覚えたようだが無視する。
ぼむうっとソファの上に座る。クッションが心地いい! やべえ、天国かここ? 部屋も寒くねえし。
あまりにも剣奴生活+金なし放浪の生活が長すぎて、俺は日常の至る所にある小さな幸せに感動を覚えた。今思えば、前世の日本における生活なんてマジで天国みたいなものだ。美味い飯、温かい部屋、柔らかいベッド! それさえあれば人間は幸福に生きていける。
しばらく待っていると、何やら偉そうな人と、そのお付きの女性が出てきた。
背の高い老人だ。豊かな髭を蓄えており、黒い服の腰もとには銀色の剣が携えられている。
あの剣、おそらく飾りだな。宝飾剣ってやつか。
「私は学園長のトマスです。して、再確認で申し訳ないが、君の名前は?」
「テンキ」
「そうだね。テンキくんは……何をしにこの学園へ?」
「入学試験を受けにきた」
「ふむぅ。まあ、それはそうなんだろうけど……この推薦状、本当に、本物なんだね?」
このジジイからすればここが一番重要なところなんだろう。この発言だけ語気が強くなった。
「ああ、そうだぜ。プロキイェーテ本人に貰ったんだ」
「ふむぅ……。そうか。……もう一度確認するが、本当に、ほんも」
「だからそう言ってんだろ!!! それ確認されるのこの街入って三度目なんだよ!」
「む、むぅ……」
お付きの女性に向かってなにやらヒソヒソと話している。
女性の方は四十代……いかないぐらいだろうか? 社会をのらりくらりと乗り越えてそうな顔をしている。
よく見ると胸元にバッジが付いていた。学園長のトマスとは違うものだ。
……『先生』ってことなのかね。
ごほん! と、トマスが咳払いをして、「じゃ、あとは頼んだ」とだけ告げてこの場から逃げていった。俺と関わるのが嫌になったらしい。
それからお付きの女性が、来賓迎館の奥からフリップボード的なやつを取り出してきた。
ソファに座ると、ボードに文字を書いて、見せる。
「これ、読める?」
「ええと……『山』だろ! これは覚えたぜ」
「じゃあ、これは?」
「知らね」
「えぇ……」
答えは『海』らしい。知らねえよ。
「なるほどねえ。致命的に学力に問題があるのは分かった。それで……ああ、そうだ。その前に自己紹介からいこうか」
すっと席を立つ。
胸元に手を当て、声高に告げた。
「私は剣術士のサディーリエ。嵐流剣術を担当する先生として、この学校で働いている」
「へえ」
「ちなみに八段剣士だぞ?」
「へえ」
「……なんか反応うすくない?」
「なに『嵐流』って?」
「ええっ!?」
びっくりした。
サディーリエと名乗った女性剣士は目ん玉が飛び出るかというほど両目を開いて驚きを露わにする。表情豊かな人らしい。
「テンキくん……え?」
もう一度、プロキイェーテから貰った推薦状に目を通す。
「塔の騎士団から、推薦を貰ってるんだよね?」
「うん」
「……なのに、『嵐流』を知らないの?」
「え……」
なんかこれって知らないとヤバイ感じなんだろうか。まあおそらく剣術流派の名前なんだろうが。
うーん、なんかどこかで聞いたことある気がするけど……
「ああっ! 思い出した! プロキイェーテが俺をぶっ飛ばしたときに『嵐流・瞬動』って言ってたぜ!」
「えええええっ!? 塔騎士に攻撃されたの!? それで何で生きてるの!?」
「なんで生きてるんだろうな」
「やべえ〜っ……」
テンション上がりすぎだろコイツ。
「その、プロキイェーテ? さんの瞬動、どうだった!?」
「いや、どうだったも何も……」
あの時のことを思いだす。中々に鮮烈な記憶だ。
「……何も見えなかった。気が付いたら二十メートルくらい吹っ飛んで、頭から血を流してた」
「そんなに吹っ飛んだの!? ヤバいね。そのエピソードだけで君の頑丈さがうかがえるよ」
ふーん、なるほどねえ、はあーん、とか言いながらサディーリエ先生は頬を上気させている。
せっかくだから色々と聞くか。
「で、その『嵐流』の八段って、すごいの? 俺さ、ついこの前まで剣奴だったから世間常識がよく分かんねえんだよ。色々教えてくれ」
「剣奴……ああ、なるほど、それで……だから調停騎士ね……いいよ! できるだけ私見を交えず、客観的なところだけ教えたげる」
急に同情的な顔になると、サディーリエ先生はこの世界における剣術の基本を教えてくれた。
嵐流は剣術流派の一つで、【主要四流派】の一つらしい。
主要四流派は『嵐流』『晴天流』『雲翳流』『風雨流』の四つで、
嵐流はスピード特化。
晴天流は防御特化。
雲翳流はパワー特化。
風雨流は他三流派から良いとこどりを目指したバランス系の流派、だそうだ。
「それって風雨流が最強なんじゃないの?」
「いや、まあ……どうだろうねえ。確かに段位が上の人はそんな感じするけど……」
言葉を濁す先生。どうやら正直に言うのは中々憚られることらしい。
「これはね? 私の個人的な感想だから他の人には言わないでほしいんだけども……風雨流はどっちつかずで中途半端なイメージよ、正直」
「なるほどぉ」
まあ、器用貧乏ってことか。よくある話だ。
「で、段位って?」
「ああ、そうだ! 段位制度ね。これは『剣士の格』を表す重要なお話だから、よく覚えてよ」
各流派には『段位』が存在する。
段位は全部で九等級。初段・二段・三段……そして九段。これら九つの位をもって、その剣士がその流派のことをどれくらい深く体得しているのかを表すのだそうだ。
九段剣士が最強ってことね。覚えた覚えた。
「ちなみに私は嵐流が八段、風雨流が二段、晴天流が初段。雲翳流はもってない」
「段位って他の流派のも同時に持ってて良いんだ」
「まあ、その流派の高段位者から教えをしっかり受ければね。私は嵐流が自分に向いてると思ったから、途中からは嵐流をメインで頑張った。そんな感じ!」
なるほどなるほどぉ。
サディーリエ先生は気さくな性格の人で、気になったことがあれば何でも答えてくれた。
そして色々と話し込んで数時間。
急に、先生が立ち上がる。
「さーて、ボランティアはこのぐらいにして……。テンキくん。さっそく始めようか?」
「え、何を?」
目をぱちぱちと瞬く先生。何言ってんだコイツ? と言わんばかりだ。
「何って、ほら。『入学試験』、やるんでしょ?」
とのことだった。
◆
二人で学園の道(両端が木々で囲まれている)を歩きながら、サディーリエ先生が尋ねてくる。
「まずテンキは……『闘気』、使える?」
いつの間にか『くん』付けがはずれていた。
「もちのろん」
「おお、頼もしいねぇ」
やはり闘気については聞かれるか。俺とシービーは一年以上も闘気について考察し続けてきた。
『闘気』が使えないとお話にならない。勝負の土俵にすらつくことができない。
その答えにはたどり着いていた。
「闘気操作は誰に教わったのー?」
「だれって、……?」
だれ。誰だろう……。
クラウには闘気の存在を教えてもらったが、だからといって闘気操作を教えてもらったわけではないと思う。
「別に、誰でもないけど」
「お師匠さまは? いないってことか」
「だって剣奴だし」
「にゃるほど」
……。
次の質問がくる。
「プロキイェーテさんとはどうやって知り合ったの?」
「どうやって、って。……?」
どうやって。どうやってだろう?
「なんか突然現れて、闘技場とか俺らの住まいとかを竜でグチャグチャに破壊して、そのあとは俺たちのオーナーを締め上げて、そんでそこから俺が勝負を吹っかけて、負けた。そんな感じ」
「なるほど」
なるほどじゃねえよ絶対分かってねえだろ。
自分で言うのもなんだが、変な出会いだ。
ちらりとこちらを見る先生。
「だから推薦されたのね。……ま、度胸、ありそうだもんねぇ」
「それって馬鹿にしてたりする?」
「いんやぁ!? そんなことないよ。ただ、調停騎士団に喧嘩を吹っかけるとか、尖り過ぎてるだろって思っただけで」
「……まあ、どれくらい強いのかよく知らなかったからさ。調停騎士団ってのがめちゃくちゃ強くて世界最強って呼ばれてることぐらいしか知らなかった」
「そこまで知ってるなら喧嘩しないでしょ普通!?」
それにしても、プロキイェーテは強かった。
と、そんなこんなで校庭に到着した。
サディーリエ先生に手渡された木剣をしげしげと眺める。
俺が剣奴時代に使っていたのと大差ないんだな。大陸全土で流通してる共通規格なのかもしれん。
自らも木剣を手に持つと、サディーリエは手短に説明する。
「実はねえ、今って春休み中なんだ。あと一カ月くらいすると新年度が始まるんだけど、テンキくんも年齢的にちょうど良さそうだし、他の子たちと合わせて来年度から中等部に所属してもらいたいと思ってるの」
「なるほど」
「で、まあ。『筆記試験は免除するように』って書いてあるから、それだけ剣術実技は期待して良いってことだよね?」
「おう。いいぜ」
「おーけー……」
先生が剣を構える。
嵐流の剣術士とか言ってたよな。じゃあ、プロキイェーテの『アレ』と同じ技が使えるってことか。
……まずいな、既に間合いに入ってる。
「試験内容は簡単。私の一撃をいなしてみて。チャンスは十回あげる。一回でもいなせたら入学を許可します」
「それって、『瞬動』ってやつ?」
「もちろん! 嵐流剣士はそれしか使わない」
にやりと不敵な笑みを浮かべるサディーリエ先生。
いや、さすがにそれしか使わないってことはないだろ……ないよね?
つい先ほど、嵐流はスピード重視の流派だと聞いたことを思い出した。
「じゃ、準備いいかい?」
「いつでもいいぜ」
「威勢がよろしいことで」
闘気を展開する。俺の心臓部から、全身へ余すことなく。
ここ最近は、闘気をただ放出するだけでなく体に留めておく技術も段々と使えるようになってきた。プロキイェーテがやってみせたあの『闘気の防御』を再現したいのだ。
闘気はクッションのような役割を果たす。サディーリエの一撃も、全身クッションのようになった今の俺には致命打にはならない。
「……いいね、それ」
「だろ?」
瞬間。少しだけサディーリエの姿がぶれた。
俺は吹っ飛ばされていた。
後頭部から地面に叩きつけられる。
「ぐばぁっ!」
前言撤回。普通にいてえ!
「あらら。残念。残り九回ね」
冷酷なカウントダウンが始まった!
◆
残り一回になった。
サディーリエの姿を、少しだけ捉えられる。少しだけだ。プロキイェーテほど絶望的な速さだとは思わない。それでも、ちょっと視認できるだけであり、体を動かして防御するのは全く間に合わない。
八段剣士は伊達じゃねえってことだな。
「さ、次でラストよ。きちんと耐えてみせて」
「……っ」
どうすればいい? ああ、俺の中のシービーよ。答えを教えてくれ……!
俺はシービーに縋った。今頃アイツは貴族の娘とよろしくやっていることだろう。
……いや待てよ? 奴隷解放が起こったってことは、シービーも解放されてるってことだよな。今頃何やってるんだろ、アイツ。
ええい、雑念だ! 雑念! 集中しろ集中!
……そういえば。アイツは俺よりも遅い時期に闘気に覚醒していた。
俺だけが一方的に闘気を使い、アイツは闘気なし。そんな状況での打ち合い練習。
シービーは、どうやって俺と戦っていた?
闘気量に差がある状況での対決。
それはクラウとの一合も思い出させた。
闘気量で負けるなら、闘気操作で勝てばいい。
でも、シービーは闘気をそもそも使えなかった。それでも必死で俺との稽古についてきていた。
……どうやって?
「あ、そうか」
答えは、眼?
シービーは、眼が良かったのかもしれない。
そう意識すれば、自然と瞳に闘気が流れ込んでくるのを感じた。
闘気で動体視力を強化すれば、サディーリエの動きが見えるんじゃないか?
その瞬間、サディーリエは跳んでいた。
足裏に溜められた闘気が爆発し、凄まじい推進力が生まれる。弾丸のように加速した彼女の体では、剣を振ることは叶わない。
瞬動は生身の人間にとっては『速すぎる』のだ。
闘気を脚に回している以上、腕を強化することはできない。瞬動という、一瞬で勝負を決めに行く技が放たれる間。その刹那において、人間ができることはあまりない。
サディーリエは、剣を振ってなどいない。それに気が付いた。
0.1秒。0.2秒。0.3秒。
目の前に彼女が近づく。剣の向きは変化しない。剣が振られることはない。
この直線上に、俺が剣を合わせれば……!
腕を闘気で強化する。人間の限界をはるかに超えた速度でスイングが行われる。
ガキイィンっ!
剣と剣が、打ち合った!
「やるね」
「ぐ、うううううぅぅぅ……!」
うおらあああああああ!
叫びながら、サディーリエの一撃を吹き飛ばす。
彼女は少しだけ姿勢を崩した。それだけだった。
「はぁ……はぁ……疲れた……」
「うんうん! 素晴らしい!」
パチパチと、拍手をするサディーリエ先生。
朗らかな笑みを浮かべている。
「元剣奴の少年テンキ。あなたの入学を認めます」
「……おう」
疲れた……。
その瞬間は、喜びよりも疲労が勝っていた。