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目指せ最強剣士!  作者: ヤマネ
剣奴編
4/18

4.剣奴解放

 クラウは学がない。頭が悪いというよりは知識がない。

 とはいえ、俺よりもこの世界に詳しいのは明らかなので、聞きたい事があったら(徒労に終わることが分かっていても)聞くことがある。


 その日は、たまたまそんな気分だった。


「なあ、クラウ」

「ん?」


 今日の全ての試合が終わった直後。

 今日は誰一人として剣奴が死ななかったのもあり、控室にはゆるい雰囲気が漂っていた。


「この世界で最強って誰なんだ?」

「はぁ? 最強……さぁ……?」

「だよね」


 聞いて損した。

 シービーもいなくなったし、古参の剣奴もたまに負けて死ぬし、昔ながらの付き合いがある剣奴は段々と少なくなってきた。今となっては話し相手もクラウぐらいのものである。


 ぽてぽてと闘技場から外に出ようとして、クラウが後ろから「ああ、そういえば」と声を発する。


「あれだよ、あれ。世界連合……だっけ? のさぁ、ほら、あれ。最強の騎士団! ほら、あれ」

「いや分かんねえよその答えじゃ……」


 あまりにも「あれ、あれ」とクラウが言うので、見かねた他の剣奴が補足説明してくる。


「塔の騎士団だろ? 正式名称、『調停騎士団』。世界連合が所持する最高戦力ってやつよ。間違いなく世界最強集団だね」

「へ~。世界連合ねぇ……それって、何?」

「さぁ? 知らね」

「だよね」


 馬鹿どもが……

 とはいえ、良いことを聞いた。『世界連合』か。名前の響きからして、前世で言うところの国際連合みたいなものだろう。

 この世界の文明レベルはそこそこ進んでいることが予想されている。何かのきっかけがあれば、そういう世界的な協力機関が生まれてもおかしくはないだろう。


 それにしても、そうか。ということは離れたところと情報共有をするための設備とかもあるってことなのかな? 電話とかあったりして……


 いや、その話はとりあえず置いておこう。


「じゃあ、その『調停騎士団』とかいうのの、一番強い人が、世界最強ってこと?」

「まあ、そうなんじゃねえの。なあ? クラウ」

「んあ? まあ、そうかもな。どれくらいつえぇんだろうなあ」


 この世界の最強。

 俺は今のところ、この世界で強くなるための鍵は二つだと考えている。

 一つは『闘気』。もう一つは『魔法』だ。

 人から聞いた話だが、魔法も戦闘用に使えたりするらしいし、闘気と魔法のハイブリッドな戦い方をすることでより高みへと至れると考えている。


 それにしても……


 その日の夕方。演習場で型の稽古をやりながら、俺はぼんやりと考えていた。


 シービーが居なくなったのは、キツイ。

 もちろんシービーが居なくなって悲しいという意味もあるが、それ以上に、


「あいつがいないと、闘気操作の話ができねえんだよなぁ」


 剣奴の中で、闘気操作ができるやつは俺とクラウ含めて十人もいない。

 そしてシービーや俺と同じく闘気の目視ができるやつは、一人もいなかった。


 それはつまり、闘気操作についての意見交換や考察をする相手がいなくなったということであり、これは『より強くなるため』の大きな弊害だった。


「はぁ……今頃、シービー元気でやってるかなあ」


 いじめられたりしてなければ良いが。

 シービーロスだ。あいつがいなくなって既に数か月が経過していた。


 南方の貴族の、その娘に気に入られたとか言ってたよな。買い取られた奴隷がどういう扱いを受けるのかは主人にもよるだろう。もしかしたら、綺麗な身なりで今頃はその娘とやらの隣で侍っている可能性もある。

 美少女貴族を守る、美青年戦士……あいつには似合いそうだ。


 さて、俺もそろそろ十二歳が近づいてきている。来年には十三歳、つまり前世で言うところの中学生年齢ということになるわけだ。


 今の俺の現状を考えてみよう。

 とりあえず、強くなった。他には?

 金なし。学なし。人権なし。

 ついでに言えば人脈もない。クラウとの人脈が役に立つことは未来永劫ないだろう。


「はあ……」


 そろそろ、真面目に剣奴の地位からの脱出を考える時が来たらしい。

 このままではせっかくの異世界転生なのに、青春を謳歌することなく一生を終える羽目になる。


 それだけは嫌だ!


「自由を、掴み取るぞーっ!」


 夕陽に向かって、こぶしを掲げた……


 ◆


 しかし、案外その時はあっけなくやってくるものだ。


 その日は大きな騒ぎだった。闘技場も『今日は休みだ』とだけ言われ、予定されていた試合は突然全てキャンセルとなった。

 グリップスの街全体が、なんだかざわざわしている。人が忙しそうに行き交っている。


 それに、天気も悪い。今日はあいにくの雨だった。

 雨の日に外で修練を積むと、体が冷えてあまりよくない。屋内で『気』を操る練習をするのが雨の日のいつものパターンだ。

 というわけでその通りにしていたが、今朝からあまりにも不穏な感じを覚えるので、クラウの部屋を訪れて会話することにした。

 メンタルが落ち着かない時は仲の良いやつと雑談するのが良いと聞く。


「なあ、クラウ。なんか今日、変じゃない?」


 そういえば、ここ最近はオーナー以外の闘技場の運営陣を見ない気がする。

 オーナーが忙しなくあっちを行き、こっちを行き。そんな光景を見ることも珍しくなかった。


「情勢が、変わったのかもしれねぇな」

「情勢?」

「帝国の南部じゃ、ジンケン意識? とやらが高まってると聞くぜ」


 人権……なるほど?


 もしかして俺たちの知らないところで奴隷解放宣言でも出たのかもしれんな。

 まあ……そんなわけねーか。わっはっはー。


 ドゴオオオオアアアアアアン!!!!!!


 宿舎がバラバラにぶっ飛んだ。


「な、なんだ、何が起きた!?」


 目を白黒させながら、バラバラになった瓦礫の中から他の剣奴を引っ張り、助ける。

 くっそ、雨がうぜぇ!


 どうやら大怪我したやつはいなかったらしい。

 雨でぐしゃぐしゃになりながら安堵する。


「ぐぼああああああああ!!!!」


 うわ、うるせぇ!


 何かが吠えるような音がする。凄まじい轟音だ。

 声の方向を見る。闘技場の方角……

 いや、待て、あれは!


 誰も観客のいない闘技場の上空に、見たことのない生き物がいた。

 ぱっと見の印象は銀の鱗を持つトカゲだった。だが、とにかくデカい。

 そしてよく見るとツノが生えている。ねじれるように二本。人間の腕より太い。

 そして、そいつは大きな翼を羽ばたかせ、対空している。


 誰かが言った。


「ドラゴンだああああああっ!!!!」


 そう。ドラゴン。

 ……ドラゴン!?


 その銀色の翼の生えたデカいトカゲは、いわゆるドラゴンだった。しかもよく見ると、その上に誰かが乗っている。

 うーん……ここからじゃ小さくてよく見えない。


 ギュウンと、何かが圧縮されるような音がした。と、その瞬間、凄まじい暴風が周囲に吹き荒れる。

 仕組みはよく分からんが、あのドラゴンがやっているらしかった。


 暴風雨の中、声を張り上げる。


「クラウ! 何が起きてるんだ、これ!」

「知るかよ……!」


 とにかく何かやばいことが起きている。それしか分からない。

 バゴオオオオオンンン!!!!!

 とまた爆音がなり、今度は闘技場が崩壊した。


「お、俺たちの、闘技場……」


 呆然としてつぶやくクラウ。


 俺も、少なからずショックを受けていた。

 あの闘技場は、俺らを縛る鎖のようなものだ。俺らが奴隷であることの象徴であるし、そういう意味では、忌まわしい建物なのは間違いない。

 でも、俺らが命をかけて戦ってきたフィールドであるというのもまた事実だった。


 俺らの象徴が、崩れていく……


「なんだよ……なんだよこれ……」


 自然と涙が出てきた。意味がわからなかった。

 誰も、何もわからない。

 ただひたすら、雨と風が吹き荒れ、グリップスの街は荒れていた。


 一匹の竜に、俺たちはなすすべがない。


「た、助けてくれーーーっ!」


 崩れ落ちる闘技場の方から、ハゲたジジイが真っ青な表情で走ってくる。

 いつもは偉そうにしてるオーナーが、あんな顔をするとは……。


 クラウが問いかける。


「何が起きた?」

「あいつらが……あいつらが来ちまった。もう、もう終わりだ! 『自由の法』なんて、大したことねぇって、タカをくくってた! 名ばかりの法律で、誰も守りやしねえと……俺はもう終わりだああああっ!」


 あのオーナーが、ここまで取り乱すか?

 あいつらって一体


 ぶわああああっ! と爆風が起こり、俺たちは全員吹っ飛ばされた。上も下もわからなくなり、ただひたすらぐしゃぐしゃに濡れた地面を転がり回る。


 意味不明すぎて涙が止まらない。みっともなく、地面にうずくまりながらえずく。


「ザストゥーラ帝国は!」


 女の声がした。とても美しく、凛としていて、よく通る声だ。

 カンカンと、金属の響くような足音がする。


「世界連合『自由の法』に批准しました! 五十日以上も前のことです。そうですね? ラフテリー・エッジス!」

「ひえええっ! 助けてくれ! か、金ならやる! 命だけはぁっ!」


 恐怖と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたオーナー──こいつラフテリーって名前だったのか──は、どうやら腰が抜けてしまったらしく、両手両足でゴキブリのようにカサカサ動きながら命乞いをしている。


 気がつけば風が止んでいた。


 いつのまに近づいていたのか。突然現れたように感じたその女は、美しい騎士だった。

 長い銀髪に、白と銀の甲冑。色素の薄い肌は恐ろしいほどきめ細かく、人形じみている。

 そして、白と銀を基調とした色合いの中で、腰に()いた剣だけはおどろおどろしい真紅色をしている。バケツいっぱいの血をぶちまけたような印象を受けた。


 ……その緑眼は苛烈な怒りを秘めている。


 オーナーの胸ぐらを掴み上げると、そのまま宙へ浮かべる。


 俺たちは、誰も何も言えなかった。

 遠くで竜がこちらを睨んでいた。


「舐めた真似してくれましたね、奴隷商人風情が。お前は世界連合のみならず、このザストゥーラ帝国の顔にも泥を塗ったのです」

「知らなかった、知らなかったんだぁ!」

「何を?」

「『自由の法』が、そんなに重い法律だとはっ」

「……」


 爆風。女を中心に凄まじい衝撃が四方八方に噴出する。

 二人を見ていた俺たちは再び吹っ飛ばされた。

 この風、これって、『闘気』か?

 周囲の人間をまとめて吹っ飛ばせるほどの出力と、量……。


 オーナーは恐怖で心が折れたらしく、口をぱくぱくと動かすだけで声が出てこない。

 女は言う。


「世界連合、調停騎士団。『呪いの剣士』プロキイェーテが宣告する。ラフテリー・エッジスは、ザストゥーラ帝国法ではなく世界連合法の下に裁かれることが決定された」

「はっ、ひっ、うう……!」


『呪いの剣士』……?

 プロキイェーテと名乗った彼女は、どうやら世界連合『調停騎士団』のメンバーらしい。世界最強集団とか言われていたやつらだ。


 それにしても……凄まじい炯眼(けいがん)だ。彼女に睨まれたら失禁は確実。下手すれば意識を失うだろう。そう思わせるだけの迫力があった。


 白目を剥き、あぶくをふいたまま意識を失ったオーナー。

 プロキイェーテがぱっと手を離すと、そのままぐしゃっと地面に倒れ伏した。糸の切れた操り人形みたいだ。


 金属音を鳴らしながら、地面で転がってる俺たちに近づいてくる。


「あなた達は、この男に支配されていた剣奴たちですね?」


 え、声が柔らかい。

 さっきの怒りの滲む声との落差でビビる。どうやら彼女は俺たちの味方らしい。


 ボロボロになった宿舎の方を見る。

 ……言うほど味方か?


「ザストゥーラ帝国は、世界連合『自由の法』に批准しました。何人たりとも、生まれや財貨、その他ありとあらゆる属性をもって不当に権利を剥奪されたり制限されたりすることがないものを保証する法律です。剣奴も、禁止です」


 クラウが絞り出すように尋ねる。


「俺らは……自由ってことか?」

「そうですね。帝国南部ではその日のうちに奴隷解放が行われましたが、保守的な風土のある北部はすぐには強制執行には移りませんでした。私は反対したのですが……議会決定ですから、仕方ありませんね。そしてうだうだと時間がかかったようなので、ゼル殿が痺れを切らして、連合法をもって強制執行に至ったというわけです」


 だめだ何言ってんのかわかんねえ。ゼルって誰だよ。偉い人か?


 まあ、いい。突然のことすぎて驚いたが、どうやら俺はついにこの世界における『自由』を獲得したようだ。


 はぁ〜。ここまで長い道のりだったぁ!


 地面に大の字で仰向けになる。

 口を開ければ雨の味がした。


 今までの出来事が走馬灯のように思い出される。

 とにかく、がむしゃらに駆け抜けた十一年間だった。

 来る日も来る日も、毎日練習。それは生きるため。強くなるため。

 闘気を習得したのもこの日のためだ。


『自由』を勝ち取るために……


「あれ?」


 勝ちとっ……てない!


 ガバァッ! と跳ね起きる。

 突然跳ね起きた謎のキッズに向けて目を丸くするプロキイェーテに対し、ズカズカと歩み寄る。


 そうだ、俺は自分の手で自由になるために力を身につけてきたんだ。

 誰かからの施しで自由になるなんて、そんなことは俺のプライドが許さない!


「お前、余計なことしやがって!」

「……君は?」


 パチパチと目を瞬くプロキイェーテ。


「俺はテンキ! 俺はなぁっ、自分で自ら『自由』を勝ち取るために鍛えてきたんだ! こんな結末、認めねえぞっ!」

「それは……」


 何か感じ取るものがあったのか、プロキイェーテは腰から真紅の剣を引き抜くと、薄い笑みを浮かべた。

 その剣身をみてギョッとする。本当に血液とそっくりの紅が、刃の根元から剣先まで、余すことなく覆い尽くしていた。


「君、いいね。そのガッツ。気に入った」

「~~~っ!」


 上から目線。自分が負けるわけないと思ってやがるな?

 俺はバラバラになった宿舎の破片の中から金属剣を取り出す。刃は潰れているが、まともに食らえば命の保証はない。


「いくぜ……」


 体の中に『気』が満ちていく。

 これが、剣奴としての俺の最後の戦い。


 ラスボス戦ってやつか。


「はっ!」


 脚元に闘気をため、一瞬で解放。爆発的な加速により超高速へと到達する。

 プロキイェーテは世界最強とされる騎士団の一員だ。普通にやって勝てるわけがない。

 相手が舐めている間に一撃で決める。それしかない。


 極限まで引き伸ばされる時間感覚。

 一秒未満の命のやりとり。その刹那が無限にも長く感じる。

 刃はまっすぐにプロキイェーテの首へ。流れるように鮮やかな一刀だった。

 相手は動かない。反応できていないのだ。


 勝てる。


 全てはこの時のため。自分が生きているという実感を得るため。人生を勝ち取るため。


 そのために、積み上げてきたんだ!


「うおおおおおおおおおおっ!」


 吸い込まれるように、刃先は彼女の首へと……


 止まった。剣が、これ以上進まない。


「な、これ、何が起きて」


 プロキイェーテは何もしていない。ただ立っているだけだ。

 俺の一振りは、プロキイェーテの首を打ち据える直前、あと数cmのところでこれ以上進まなくなった。

 なんだこれ、硬い。いくら力を込めてもびくともしない。


 プロキイェーテが優しい声色で告げる。


「ごめんね、テンキくん。私、こう見えても強いんだ」


 その瞬間に悟った。プロキイェーテは何もしていなかったわけじゃない。俺の攻撃に反応出来なかったなどということは全くない。

 動く必要すらなかったのだ。


 彼女の首には、ぶ厚い闘気の壁ができていた。

 首輪をするかのように闘気を展開し、俺の剣がそれ以上進まないようにガードしていた。


「は、はは……」


 自然と笑っていた。

 そりゃそうだ。笑うしかない。


 闘気にこんな使い方があるなんて、


「そんなの、知らねえよ……」


 どんっと腹を蹴り飛ばされる。それだけで数メートルは吹っ飛んだ。


「っはぁ! おえっ」


 くっそ、肺の中の空気が。

 受け身をとりつつ呼吸を整える。


 プロキイェーテは真紅の剣を構える。

 銀の髪。白銀の甲冑。その中で、剣だけが歪に色づいている。


 彼女は優しい目をしていた。それは指導者の目だった。


「テンキくんは、闘気が見えるのか。そりゃあ良い。きちんと自分の頭で考えて、力と真摯に向き合った証だ。だから、特別に見せてあげる」


 圧力。


 その正体は何なのだろう。オーラというより『圧力』が高まっていくのを感じる。

 あ、俺、これをなんと表現するのか知ってる。


 プロキイェーテは剣圧を纏っていた。


嵐流(あらしりゅう)・瞬動」


 何か来る!

 咄嗟に剣を前に出してガードする。


 インパクトの瞬間は見えなかった。


 凄まじい衝撃。一瞬だけ意識が吹き飛び、また戻ってくる。

 意識が戻ってもなお、俺は空中にいた。


「ぐはあっ!」


 真っ直ぐ二十メートル以上は飛ばされたか。

 痛みのあまり全身が痺れていた。腕の感覚は既になく、握ったはずの剣はどこか遠くにいっていた。


 いやだ、負けたくない。勝ちたい。

 強くなるために努力してきたんだ。それを証明しなくてどうする!


 フラフラになりながら立ち上がる。額から血が垂れてきた。


「わお。驚きだね」

「俺は、勝つ。絶対に、勝つ……!」


 が、まあ現実的に考えて勝てるわけもなくそのままもう一度蹴り飛ばされた俺は気絶した。


 完敗だった。


 ◆


 なにか、ざらついたものが顔に押し付けられる。

 それは少しねばついていた。


「ぐるるるるるるる……」

「お、テンキ、目が覚めたか」


 クラウの声がした。目を開けると、そこにはデカいトカゲがいた。


「どぅわあっ! どら、ど、ドラゴっ」


 一瞬で目が覚める。そのまま地面を這って逃げる。

 どうやらドラゴンにべろべろ舐められていたらしい。

 こ、こえーっ! 食い殺されるかと思った。


「あら、ごめんねーテンキくん。驚かせるつもりはなかったんだけど」


 首をぐるりと回すと、近くにプロキイェーテがいた。 

 白銀のドラゴンは彼女に良くなついているようで、きゅるきゅると甘い声を上げながら、彼女の胸元に顔をこすりつけている。


 あ、俺、気を失ってたのか。


 あたりを見渡す。雨はいつしか止んでおり、雲間から日光が差し込むのが見えた。

 剣奴たちがぞろぞろと、俺たちを囲むように集まっている。


「クラウ。俺、どのくらい寝てた?

「あん? 大したことねえよ。十分もねぇぐらいか?」

「あ、そう」


 瞬動……とか言ったか? あの技。

 全く見えなかった。予備動作すら感じ取ることができなかった。どうすれば防げた?


 いや……違うだろ! 今は戦いの反省をする時間じゃない。


「な、なあ、プロキイェーテ。俺たち、これからどうなるんだ!?」

「うん? おー、よしよし」


 彼女は甘えてくるドラゴンをなでなでしている。


「いや、竜を撫でるんじゃなくて……っていうか、本当によくなついてるな。ドラゴンって人に慣れるのか」

「そうだね。強い人の言葉には従ってくれるんだよ」

「そ、そうか」


 竜に認められるぐらい強いって、どんだけ強いんだよ……。

 プロキイェーテは一通りスキンシップを終えると、俺たちに向かって説明を始めた。


「あなた達に改めて説明しましょうか。ご存じないかと思いますが、世界連合には『自由の法』と呼ばれる重要な法があり、ここザストゥーラ帝国も、だいたい八十日ほど前に批准いたしました。それもあり、我々調停騎士団が武力を持って、奴隷解放を帝国各地で行っているところなのです。そして、あなた達がこれからどうなるか、ということですが」


 ごくり。唾を飲み込んで続きを聞く。


「別に、どうということはありません。残念ながら解放された奴隷の就職先の斡旋などは我々のあずかり知るところではありませんので、『俺たちこれからどうすればいい?』と聞かれましても、さぁ? としか言いようがないです。『自由』とはそういうものですからね」


 うーん……そうかぁ。


 それから色々とプロキイェーテは説明するが、まあ要するに、これから先は俺たちが俺たち自身の責任で未来を選んでいく必要があるということだった。


 クラウが話しかけてくる。


「なあ、テンキ。お前は学校、いくのか?」

「えっ? ああ、そうか……そうなるよな」


 せっかく異世界転生したんだから、輝かしい青春の日々を送りたい!

 常々そう思っていたが、今日はあまりに激動の一日過ぎてそのことが頭からすっかり抜け落ちていた。


「でも、何の学校があるのかすら知らねえし。しかも俺、文字が読めねえし。しかも俺、金がねえし。しかも俺……あー、もう! ハードル高すぎぃ!」


 入学金が払えない。払えたとしても、入学試験をパスできるほどの学力がない。もし学力があったとしても……

 俺にはあまりにもありとあらゆるものが足りていなさすぎて、学校に通いたいと思ったところで、最低でも準備期間が一年ぐらいは必要そうな感じがした。


「あー、ダメだ。適当に傭兵でもやりながら金稼ぐしかない気がする……」

「お、おう。そうか……わりぃなテンキ。俺には何もやれることがねぇ」

「いや、クラウが責任感じる必要はないけど……」


 せっかく自由になったのに、自由になって嬉しい! という感情よりは、これから先どうしたら良いんだろうという不安の方が大きかった。進路未定は精神キツイわな。


 話を聞いていたプロキイェーテが、形の良い顔を俺に近づけてくる。


「テンキくん、学校に行きたいの?」

「お、おう。まぁ……」


 うわ、近くで見ると顔、可愛いな……なんかドキドキしてきた。

 彼女はおそらく二十代前半くらいだろう。今の俺の実年齢と比較すれば一回り以上はお姉さんということになる。


「テンキくんは才能がありそうですし、努力家ですから。……」


 懐から紙とペンを取り出すと、何かを書き始める。

「はい、これ」と手渡された。

 なんだこれ? サインと、なにか文章っぽいものが書いてある。あとこれは……家紋、的なやつか?


 とりあえず読めなかった。字が読めないので仕方がない。


「『帝国魔導剣術学園』への推薦状です。これがあれば、とりあえず入学試験は受けられるでしょう。あと、筆記試験は免除させるように書きましたから、とりあえず自分のペースで文字の勉強は頑張ってください」

「え、いいの!?」

「はい、もちろんです。未来の帝国を背負ってたつであろう人材の発掘は、ザストゥーラ側としても望ましいことでしょうし。……とりあえず、剣術士コースを受験して、実技試験だけは頑張って乗り越えてください。その後は落第しないよう、毎日勉強の日々です。テンキくんなら乗り越えられると期待していますよ」


 プロキイェーテはそう言うと、片手を俺の前に出してきた。

 震える手でそれを掴む。握手だった。


「あ、ありがとう! ありがとう、プロキイェーテ! この恩は絶対、絶対に忘れない!」


 微笑みを浮かべる彼女は、俺みたいなゴミに救いの手を差し伸べる天使に見えた。

 なんかよく知らんが、世界連合の調停騎士団員が推薦してくれるって、これはすごいことなんじゃないのか!?


 そして、他の剣奴ととも少し会話をした後、プロキイェーテは自らの竜にまたがった。

 次の仕事に向かう必要があるらしい。多忙だ。


「あ、そうだ! テンキくん!」


 中空でホバリングしながら、プロキイェーテが尋ねてくる。


「最後に一つ、私に教えてください。君は学校に行きたいと言いましたね。最終的な、君の『生きる目標』って、何ですか?」

「え? そんなの、決まってるだろ!」

「?」


 大きく息を吸い込んで、宣言する。


「世界最強になることだ!」

「まあ……。それは凄い! ならば」


 段々と高度を上げていく。彼女の声が小さくなっていく。


「リベンジマッチ、お待ちしておりますよ。たくさん勉強して、たくさん特訓して。……やがて、私程度になら勝てるぐらい、強くなってくださいね。テンキ」

「あ、ああ! 約束だ! 必ず、お前をぶっ飛ばす! じゃあな、プロキイェーテ!」


 そして、山の向こう側へ白銀の飛竜は消えていった。


 彼女から貰った紙をじっと眺める。

 ちょうど、雲の隙間から日光が差し込み、俺の手元を照らし出した。


 読めない紙。プロキイェーテの文字が書いてある。

 前途は明るいように感じた。


「……へへっ」

「よかったなぁ、テンキ」

「ああ。よかった、本当に」 


 近づいてきたクラウの顔を見る。

 筋肉質で、すこし角ばった顔つき。俺が物心ついた時よりは、少し歳を取ったように感じる。ま、それでもまだまだ元気にやっていきそうだ。


「クラウも、ありがとな。俺、強くなるよ」

「……あの騎士のこと、気になるか?」

「ああ。あり得ねえぐらい強かった。……俺、ワクワクするんだ!」


 瞳に力が宿るのを感じた。心臓の鼓動が心地良いリズムを打っている。


「今回はプロキイェーテが助けてくれた。でもそれは、俺の実力じゃ本当の意味で『自由』を勝ち取るにはまだまだ遠いってことだ。俺が、自分の人生を自分で生きられるように。そのためにも、もっと強く……いや、ちげえな」


 自分の考えを言語化する。より明確化する。


「単純に、もっと強くなりてえ! シービーと一緒に、闘気について語り合う生活は楽しかった! それだけ!」

「おう、そうか」


 ガヤガヤと話し合っている剣奴たちに向かって告げる。


「みんなも、ありがとう! 俺と関わってくれて。俺、もっと強くなるよ。プロキイェーテとの約束を果たせるぐらい、あいつに勝てるぐらい、強くなる!」


 おう、とか。頑張れよ、とか。無理すんなよ、とか。

 皆の反応はバラバラだったが、とりあえず応援の言葉を貰った。


 なんだろう、この気持ち。なんか、嬉しい……。

 生きてるって、こういうことなのか? 自分の人生の目標に向かって、がむしゃらにやってくこの感覚。そういう、ことなのか?


 プロキイェーテが消えた方角の空を見つめる。


「待ってろよ。絶対、俺の方が強くなってやるからな」


 生きるって、なんか、楽しいかも。


 足取りが軽くなるのを感じながら、俺はみんなに別れを告げた。




 第一章・剣奴編 完

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