3.さらば、シービー
シービーはまあ、そこそこ強い。だが……
正直に言おう。俺は自分のことを才能があると思っている。
これは客観的に見ての評価だ。この歳で闘気を使えるやつがこの世に何人いる? そんなにいないだろう、多分。
翌日に試合がない夜は必ず自主練に努めているし、そういった努力や才能が開花してきての『闘気』だ。
シービーが使えるようになるとはとても思えなかった。
その日、俺は試合がなく、シービーは試合があった。
シービーは前日の練習で脚を痛めており、それを引きずったままの試合だった。
対峙する獣は猫っぽい生き物だ。なんか目が三つ付いてる。
猫と言えば前世、日本の世界では可愛らしい愛玩動物であったが、この闘技場ではそんなことは全くない。完全に全力でこっちを殺そうとしてくる。高い俊敏性と凄まじい獰猛性を兼ね備えた、恐るべき生物としか言いようがない。
痩せぎすで毛並みはボサボサ。浮浪者みたいな猫が瞳をギラギラさせながらシービーを食い殺そうととびかかる。それをいなしつつ、隙を見てカウンター攻撃を放つ。
……いつものシービーより、動きが鈍い。やはり脚か。
「いって! この野郎!」
太ももに牙が突き刺さる。深いな……。
額に血管をビキビキと浮かべながらブちぎれたシービーが、しばらく苦戦しながらもなんとか猫を斬り倒した。
試合自体はシービーの勝利だ。しかし、結構傷が深い。こりゃ完治まで一週間はかかるな。
「おつかれ」
「あ、ああ。ありがとう、テンキ」
あはは……と力なく笑みを浮かべる。相当に疲労困憊らしい。
太ももからはジクジクと鮮血が痛々しく流れ出ている。軽く止血をしてやると、シービーはすぐに宿舎に戻り、粗末なベッドの上で眠りについた。
その夜、宿舎で飯を食べ終える。いつもなら二人で少し雑談をしてからお互いの部屋に戻るのだが、シービーはまたすぐに部屋に戻り、泥のように眠りについた。
「……なあ、テンキ。あれ、どう思う?」
「うわぁっ! いきなり背後に現れるなよ、クラウ」
ぬるっと現れたクラウは深刻な表情だ。
……シービーのことが気になるらしい。
ゼットが死んでからというもの、シービーの実質的な親はクラウになった。俺とシービーは兄弟のような関係だったし、俺たちとクラウは親子のような関係だった。
「ま、傷は深そうだよな。……寝てれば治るさ」
「あの猫、南部に住む種類らしい。そこ出身の剣奴が教えてくれた」
「へぇ。それが?」
「強さは大したことないが、牙に猛毒があるんだとよ。いや、猛毒という表現は正しくなくて、なんだ、なんていうんだっけか……」
「あー、細菌ってこと?」
「ああ、それ。お前、詳しいな」
この世界でも『細菌』という単語は何度か耳にした。ごく小さい生き物がこの世には溢れている、ということが判明しているわけだ。それなりに文明が進んでいることが予想されるが……
いや、そのことは今はいい。
「なるほど、牙に細菌を飼う生物、ねえ」
「傷口から入れば病気を引き起こすと聞くぜ」
「まあ、そりゃねえ」
でも、まあ、今更だろ……細菌による炎症なんて、今まで何度もあった話だ。俺も経験がある。
大丈夫。大丈夫。そのはずだ。
そして翌日。シービーは発熱し、まる一日はダウンしていた。
そして更に翌日。
「うわあ……やばいんじゃないか、これ」
同室の剣奴が、ベッドの上で意識を失っているシービーの脚を確認する。
俺も首を伸ばして、遠くから覗き込むように確認する。
太ももが激しく炎症を起こしており、潰れた膿の塊が布団の上に跡を残している。傷口は若干黒ずんでおり、ぐずぐずの皮膚がめくれ上がっている。
かさぶたにならない。治癒しない。
目を覚ましたシービーに確認すれば、右脚の感覚がまるまる無いとのことだった。なんとなく、鈍く痛いとだけ。
意識の混濁が酷く、今までにない発熱。水を飲むのにすら一苦労だった。
演習場に出ると、夏の風にあたりながらクラウと話し合う。
石ころを拾っては、宿舎の壁にぶつける。なんとなくそれを繰り返した。
「クラウ。シービーの脚、どう思う?」
「ありゃもうダメじゃねえか? 毒が心臓に回る前に切った方がいい」
「それは……」
脚を切断する。それは剣奴として戦うことができなくなることを意味する。
当然のことながら……脚がないので試合に出れません、とはならない。剣奴が試合に出るのを拒否したらどうなるか? 『処分』ということだ。
つまり、シービーは、
「ついにくたばるってか? はぁ……まあ、そうなるよな」
「悲しいか?」
「そりゃ、まあ……」
物心ついた時からシービーとは一緒だった。俺たちは拾われた時期もほぼ同じだったし、年齢もほぼ同じだった。
魂の片割れと言っても、過言ではない気がする。いや、過言か? 過言かもしれない。でもそれぐらい大事な存在なのは間違いない。
でも、そうか。そうかぁ……シービー、死ぬのか。
「なんか俺、思ってたより悲しくないかも」
「ははぁっ! おめぇはそういうやつだったよな」
「何がおかしいんだよ」
「ゼットが死んだ時もそんな感じだったろうがよ。それを思い出しただけだ」
「ああ……」
二年以上前の話だ。あの時はシービーと喧嘩になった気がする。
「俺さ、ちょっと前にシービーに言われたんだよね。闘気を使えるようにしてくれって。俺はその場で『無理に決まってるだろ』って言っちゃったけど、でも……シービーが闘気を使えれば、こんなことになってなかったのかなぁって」
「はぁ? なんだそりゃ」
クラウは少し考えこむと、変なことを言い出した。
「なあ、テンキ。人の『気』ってのは何のために存在するんだろうな」
「なんだよ藪から棒に」
「それが『闘気』になれば、それは戦闘を補助するための武器になる。常人とは比較にならない力が出せるようになる。でもよぉ、『気』ってのはそのためだけにあるのか? 俺は、そうは思わねぇな」
「何が言いたい」
「すげえ昔の話。旅の剣士から聞いたことがあるんだよ。『気』ってのは人間の限界を超えるために存在する力だってな。それが戦闘に発揮されれば闘気になって、俺たち戦士を強化してくれる。でも、『気』の用途はそれだけじゃねえって。つまりよぉ」
「医療にも使えるってか? アホらしっ」
とある日本語を思い出した。
……病は『気』から、ねぇ。
俺は太陽の方角を見ながら、目をつぶる。まぶたの奥に光を感じた。
少し集中する。自分の体を流れるオーラを感じた。
そういえば……闘気が使えるようになってから、ずっと体調が良い気がする。少なくとも病気らしい病気にはかかっていない。発熱も下痢もない。
シービーは、闘気を使いたがっていた。
『気』というものが人の限界を超えるためにあるとするなら、そのカギは、何だろう?
自然と、俺が闘気を使えるようになった瞬間のことを思い出す。それは大蛇と戦った、あの瞬間だ。あの時、俺は何を考えていた? 勝つことを考えていた。でも、それよりも、もっとずっと深い部分で考えていたこと。
「人の限界を、超える……なぜ超える必要があるのか。だって、そうでないと」
あの時、闘気が使えなかったら俺はどうなっていた?
「……そういうことなのか?」
クラウを置いて無言でダッシュすると、シービーが寝ている部屋に突入する。
「シービー! 大丈夫か!?」
「おい、静かにしろよテンキ」
シービーの看病をしている古参の剣奴に窘められるも、それを無視してシービーに近づく。
吐瀉物の臭いだ。吐いたようだが、液体は既に片づけられたっぽい。
苦しそうに眼をつぶるシービーのほっぺたをぶっ叩く。
「あっ! 何すんだおまっ」
「おい! シービー! 聞こえるかっ!? 起きろっ!」
手をしっしっと振って、看病していた剣奴を部屋から追い出しつつ、シービーに話しかける。
薄く目が開かれた。
「テンキ……?」
「良かったな! シービー、お前、これはチャンスだ!」
「なにが……?」
「死を意識しろ! シービー、お前はこのままだと死ぬ。死ぬんだ! それを理解しろ!」
「ひど……」
「追い詰められた時こそ成長できるんだよっ!」
大蛇と相対したとき、俺は勝ちたかった。しかし、それ以前の話として。
俺は死にたくなかった。
『気』が人の限界を超えるためにあるのは、そうでないと死ぬから。死が目前に迫った時、何が何でも生きながらえようとする意志の力。それが『気』を感じ取れるようになるための鍵だとするならば!
「シービー! まずは呼吸だ。呼吸をして、血流を感じとれ。そして、その血と一緒に流れる自分のオーラを感じ取るんだ! それが『気』だ。オーラを循環させろ。それだけでいい。それだけでお前は死なずに済む」
「……?」
「深く考えるな。自分を感じ取るんだ。死を感じ取るんだ。死にたくないって思え! 目の前の恐怖を打ち破るために、自分と一体化しろ!」
それはめちゃくちゃなアドバイスだった。だけど、そう表現するしかなかった。
俺はシービーに死んでほしくなかった。こんなところでくたばるべき男じゃないと思った。
だから出来ることをした。
「ぼくは、死にたく、ない……」
◆
三日三晩。シービーにひたすら呼吸をさせ、しばしば水を与えた。
極限の空腹と、全身に行きわたる毒。心臓と肺の痛み。鈍くなる痛覚の向こう側に、シービーが掴み取るべきものがあると思った。
そして、次の日。不思議な事が起こっていた。
シービーの体が薄いもやのようなものに包まれている。
驚くべきことに、これが見えるのは俺だけらしかった。クラウや、他の闘気使いですら知覚できない、なぞのもや。
霧のようでもある半透明のそれは、おそらく『気』だった。
シービーの様態はだいぶ安定してきた。
「……もう、大丈夫そうだな。テンキ、残りは俺がやる」
「あ、ああ。頼むよ、クラウ……」
俺は動揺していた。なんか今まで見えなかったものが急に見えるようになったからだ。
宿舎から外に出て、夜の演習場に出向く。
木剣を構え、闘気を使う。俺の体もまた、薄いもやのようなものに包まれているのが分かった。
「『気』が、見えるようになった?」
としか言いようがない。理由は謎だった。
いや、でも、これ……便利だぞ。
こうしてみれば、闘気は俺の心臓部から吹き出すようにして周囲に霧散していくのが見える。
闘気を操るというのは、この水蒸気みたいなモヤモヤしたものを操るということだ。今までは何となく操っているだけだったが、今は視覚も含めてはっきりと体感できる。
試しに、右手に向けて闘気を放つ。難しい。
とにかく体の内側から絶えずあふれ出すだけだ。指向性を持たせることもできなければ、体の周囲に留めることもできない。
どうすればいい?
とりあえず剣を振った。斬撃の動きに合わせて、心臓から肩、上腕、二の腕、手、指先、そして虚空。この流れで闘気が動くのが見えた。
なぜか剣を振るときだけは闘気が動いた。
あ、そうか。これは俺が今まで習得した闘気コントロールなんだ。
目には見えなかっただけで、剣の振りに合わせて、このように最適化された闘気操作が無意識的に行われていたわけだ。
え、じゃあ、これをもっと自由自在にできるようになったら……どうなっちゃうんだ?
「これ、もしかして凄い?」
俺は久しぶりにワクワクしていた。
シービーはとりあえず峠を越えただろう。明日には元気を取り戻すはずだ。もうアイツに遠慮する必要はない。
俺は、強くなりたい。
まず覚えたのは体の動かし方、剣の振り方だ。
そして次は闘気を習得した。それで大蛇を倒した。
その上に俺は到達したかった。もっと強くなりたかった。
「闘気の自覚的なコントロール……! これが鍵ってことなんじゃ、ないのか!?」
まだ全然動かせない。剣を振るときになんか勝手に動くだけだ。
でも、これを発展させていけば、俺はもっと強くなれる!
◆
二日後。シービーはめちゃくちゃ元気になっていた。
試合の日程はオーナーたち運営組が勝手に組む。俺たち剣奴に拒否権はない。
病み上がり直後にシービーの試合があったが、これが驚異的だった。
「一瞬で……」
鷹っぽい猛禽類が今日のシービーの相手だったが、勝負はすぐについた。
シービーが『闘気』を使ったからだ。
控室で、興奮さめやらぬ! といった表情で話すシービー。
「凄いよテンキ! 体が、完全に思い通りに動く! これが闘気なんだね!」
「あ、ああ」
俺は再び動揺していた。
「このなんかモヤモヤしたやつが闘気ってことか! すげえ!」
闘気の視覚化。俺だけの特権だと思ったその特殊技能を、なぜか分からんがシービーも会得していたのだ。
というかなんなら既に俺より闘気コントロールが上手い気がした。覚醒してまだ数日なのに、シービーは割と思い通りに闘気を操っていた。
お、俺は闘気を垂れ流してるだけなのに……
と、いうわけでその日の夜。満月が見守る中、シービーを演習場に連れ出した。
夜のコソ練にシービーを付き合わせるのは初めての経験だった。
「テンキが夜中に練習してるのはみんな知ってることだったけど……ついに僕も参加させられることに……」
「良いだろ別に。明日は二人とも試合ないし。……それに、強くなりたいだろ?」
「それはまあ」
「じゃあ特訓しようや」
えぇ~……と嫌がるシービーに無理やり木剣を持たせる。
「じゃ、まず適当に乱取りやろうぜ」
「おっけー」
乱取りとは互いに技をかけあう模擬試合みたいなものだ。
俺とシービー。互いにそこまで本気ではないものの、それなりのスピードで剣を交え合う。
コン、コン、と木剣が響き合う。
闘気が見えるようになってからの打ち合いは初めてだ。
こうしてみると、戦闘の中でオーラの流れがどのように働くのかがよく分かる。
まるで目の前のシービーを、鏡に映った自分のようにして意識する。
まず踏み込みの瞬間。
少しではあるが、ただ放出されるだけの闘気が足元に集中するのが見えた。これによって、通常よりも速く、鋭く踏み込むことができる。
それは次の一撃、剣を振るという行為にもつながる。
踏み込みによって若干足元に集まった闘気は、今度は胴体を通り、腕へ。
そのまま指先から放出されるのが確認できる。
試しに、闘気が上手く乗った一撃をあえて受けてみる。
衝撃に備え、木剣の腹で耐えようとするが、
バコンッ!
「いってぇ!」
重い音と共に、かなり後方まで吹っ飛ばされた。
衝撃はそのままダイレクトに俺の手まで伝わり、思わず剣を手放してしまうほどだ。
「うわ、テンキ大丈夫!?」
「ああ、まあ。それにしても、なるほどな……」
もう一度頼む。そう言うと、同じ行為を繰り返す。
シービーが放つ、上手く闘気を乗せた一撃。それを剣の腹で耐える。
吹っ飛ぶ。剣を落とす。手が痛む。
「もう一度」
シービーが剣を振る。今度は、それに合わせて俺も木剣を振った。
互いに闘気の乗った一撃がぶつかる。
ガンっ! 今度は重いというより、鈍い音だ。
そして驚くべきことに、衝撃の割にそこまで痛くなかった。
「分かってきたぜ、シービー。ちょっと稽古を止めよう」
スタスタと走り寄って来るシービーに対して解説するべく、俺は木剣を構える。
「闘気を乗せて体を振ると、破壊力が上がる。これはいいな?」
「うん。テンキが闘気を使えるようになってから、一緒に打ち合うのしんどかったもん。手、痛くなるし」
「そう、そこだよそこ」
剣を振ってみせる。俺の心臓部から垂れ流しの闘気が、一定の規則を持って流動する。
「闘気は攻撃の威力を上げるんだ。その一撃を食らうと、とにかく『痛い』。いままでクッションの上で受け身をとっていたのが、いきなり硬い地面の上になった感じっていうのかな。バネが効かない感じというか、柔らかさが消えて硬くなったというか。とにかく、そんな感じ。でも、その痛みを和らげる方法がある」
「え、どんな?」
「こっちもまた闘気を使うんだよ。闘気と闘気がぶつかり合うと、互いに相殺し合って、『痛み』が消える。これ、多分めちゃくちゃ重要な事実だぜ。闘気は攻撃の道具でもあり、防御の道具でもあるけど、それは闘気使い同士の対決になるとますます重要な要素になるってことだ。闘気は俺たちをつつみこむクッションみたいな役割を果たすってことだ」
ぱっちりとした瞳をしばたくシービー。
「それってつまり、闘気操作の上手い方が勝つってこと?」
「そういうこと! でも多分、闘気の『操作』以外にもう一つ重要な要素がある」
「はあ。なるほど? それは何?」
「闘気の『量』だよ。闘気がクッションや鎧みたいな役割を果たすと考えると、純粋に闘気の量が大きい方が更に有利ってことになる。闘気量に大きな差があると、ごってごての全身鎧の兵士に向かって裸一貫で戦うようなものになるはずさ」
「ふーん……」
シービーが闘気に覚醒し、更に闘気を目で見て確認できるようになったことで、もっと深いところで理解できるようになった。
重要なのは闘気の『量』と『操作技能』だ。この二つ。
この二つが、闘気使い同士の戦闘で勝敗を分ける要素になるはず。
より高みへ至るために、やるべきことは簡単だった。
「と、いうわけで。闘気の量を増やす訓練をやろう!」
「おー!」
二人して、夜空に向かってこぶしを高く上げる。
それから、俺たちは来る日も来る日も闘気についての研究を深めた。
体の動かし方と、闘気の動かし方。これを連動させることでより強くなれる。より重い一撃が出せる。より速く動くことができる。より長く戦うことができる。
昼も晩も、稽古を続けた。今までとは比べ物にならないほど強くなれた。
そして、一年後。
俺たちは十一歳になった。
◆
今更の話だが。
真夏の演習場。目の前に迫るクラウ。木剣の一撃をいなしながら、隙を伺う。
今更の話だが、クラウの強みは闘気量だった。
ぶっちゃけクラウはそこまで闘気操作が上手くない。これは闘気が目で見えるようになってから気づいた事実だ。
ただ、素の身体能力が高いし、そこに加えて俺やシービー、その他の闘気が使える剣奴を大きく上回る闘気量。そりゃ強いわけだ。
闘気量を増やすトレーニングは、そこまで意味がなかった。闘気の量をどうやって増やせば良いのかいまいちわからなかったから。
もしかしたら、闘気の量は生まれながらにしてある程度決まっていて、そこから増減するようなことはないのかもしれない。分からない。剣奴である俺が得られる情報は限られているから、自分の頭で考察したり、シービーと共に検証することしかできない。
クラウの剣は、重く、鋭く、痛い。
やはり当初の考察通り、闘気量の差はそのまま戦闘力の差につながるらしかった。力任せで乱暴な一撃だが、それゆえに危険な攻撃。
「うおおおおっ!」
吠えながら攻めてくるクラウ。その動きは素早いが、今の俺なら十分に見切れる。
闘気量で負けていても、闘気操作でなら俺やシービーの方が上だった。
クラウの一撃に合わせて、俺は全身のオーラを足首と腕に分散集中させる。クラウが千あるオーラのうち百を攻撃に使ってくるならば、俺は百五十あるオーラのうち百を防御に使えばいい。それで均衡が取れる。
ごんっ! と鈍い音が響き、互いに拮抗する。
筋骨隆々の大男とまだまだ背の低い子供が、力で対抗しあっている。前世ではありえないその光景が、この世界ではあり得た。
そのまま闘気の出力を高め、押し切る。俺の体を半透明のオーラが激しく包み込む。
「どらぁっ! 死ねやクラウ!」
「え、死ねって、おまっ」
ばこーーーん! 大男をぶっ飛ばす。
「勝ったぁ!!!」
十一年目にしてやっと気がついたぜ~!
この世界における戦闘の基本は『闘気』だ。ベースとなる素の身体能力も重要ではあるが、あくまでもそれは基本値でしかない。
それにかけ算する形で闘気によるブーストをかけるのだ。そうすれば人間の限界をはるかに超えた力を出せるようになる。
最初の方こそ「俺って天才なんじゃね?」とか思ってたが、これはおそらく、あれだ。
『闘気が使える』なんていうのは武の世界では当然の前提であり、闘気が使えないというのはそのスタート地点にすら立てていない状況なのだろう。
それぐらい、闘気が使える者と使えない者とには絶対的な差があった。
十メートルぐらい吹っ飛んだクラウ。
剣奴の中でも最強の男をついにぶっ飛ばした。
「俺が最強だあっ!」
俺はついにこの闘技場で最強の存在になったのだ。
その日の午後。
もう何度目かになる大蛇との闘いを割と楽勝で終えると、今度はシービーの番になった。
最近のシービーは美少年ぶりに拍車がかかり、観客からの人気も上がってきていた。
強さにも磨きがかかり、立ち振る舞いも剣奴の割に知性がある。
絵本から飛び出してきた騎士様(ただし粗末な服を着ている)、みたいな感じだ。
シービーは闘気操作に適正があったらしく、今では俺と同じくらい強い。模擬戦ではベースの身体能力の差でなんとか押し切って勝つことが多いが、普通に敗北することも何度かあった。昔では考えられないことだ。
虎のような大型の猛獣を殺しきり、特に大きな怪我もなく勝利を収める。
完全に、剣奴としての器を超えていた。
そしてその日の夕方。ついにその時が来た。
「おい、テンキ。アイツがきたぞ」
演習場でシービーと共に闘気操作について考察していると、クラウが話しかけてきた。
視線の先には、背の高いハゲたジジイ。闘技場のオーナーだった。
何の用事だ?
あの一件以来、オーナーと顔を合わせたことはない。というか顔を合わせる機会があったらその時は処分されるときなんじゃねえかと内心びくびくしていたので、再び現れたハゲに俺はかなりビビっていた。
しかし予想に反して、オーナーは俺の方ではなくシービーの方に歩み寄る。
「シービー。来い」
「え、あの……」
不安そうな顔で俺とクラウに目を向けるシービー。これから調理される兎みたいな感じだった。
まあ残念ながら剣奴に拒否権はないので、腕をがっちりつかまれたシービーはそのまま敷地の外へ連れていかれそうになる。
見かねたクラウが割って入る。
「おい、待てよオーナー。コイツに何の用事だ」
「……南の方からやってきた貴族が、……というかその娘が、コイツを気に入ったんだとよ。ま、小綺麗な顔してるからな」
「買われたってことか?」
「だから、そう言っている」
「え、ちょっと、ちょっと待ってよオーナー!」
慌てて口をぱくつかせるシービー。
「買われるって、僕が? 何のために」
「知らねえよそんなの。従者兼護衛か何かにでもするんじゃねえのか?」
「貴族って、どこの誰さ!」
「だから、知らねえって。金さえ貰えるならお前らがどこの誰に買われようと、俺はそんなのどうでもいい」
「え、ちょ、ちょちょちょっ……テンキ! テンキ、これ、どうすればっ」
慌てふためくシービーとは対照的に、俺は比較的落ち着いた気持ちだった。
昔からこれはある程度予想されていたことだからだ。というか遅すぎですらある。
「まあ、良いんじゃねえの? 剣奴でいるよりは貴族の娘といちゃいちゃしてる方が」
「ちょっ、えっ」
ずるずると引きずられていくシービー。
「ええ~~~っ!」
まあ、シービーにとっては突然のことすぎて驚くのも無理はないか。
最後に餞別の言葉でも送ってやろう。
「さらば、シービー。新たなご主人様の下で、今度はもっと良い暮らしを送るんだぞ。俺らのことは気にすんな。幸せになれ」
「ちょっと~~~っ! クラウ! テンキ! みんなーーーっ!」
ずるずると……シービーの姿はやがて見えなくなった。