18.高みへ!
帝国魔導剣術学園・学園剣術大会。毎年の夏に二日間だけ開催される一大イベントが、翌日へと迫っていた。
ランリ、テンキ、ビャク。中等部一年生の三人は、三者三様にこの前日を過ごすのだった。
◆
私の眼前に、ナナの剣が迫る。
体をひねり、わずかに回避。風圧を頬に感じつつ、腰を入れて剣を振る。
重さの乗った剣筋がナナの脚を捉え、道場の床へと彼女を叩きつけた。
「あだぁっ!」
「……よっし!」
小さなガッツポーズ。汗が顎までつたい、雫となって床に落ちる。
さすがに、疲れた。
肩で息をしつつ、窓の外を確認。空の色は青から茜へと変わり、生徒の気配もいつのまにかまばらになっている。
……明日にそなえて、今日はこのぐらいにしておこうか。
「ナナ。今日はもう、お開きにしよう?」
「腰が痛むぅ〜……」
「あはは……」
出来ることならもっと練習しておきたかったが、休むのも大事だ。
さて、それから二人揃って寮に帰る。
寮生の数は、以前と比べ少し減っていた。
テスト返却も終わり、既に夏休みに突入したからだ。地方出身の子はこの機会に故郷へと帰るのだとか。
私の実家──ボウジェ家も遠い街に位置している。大会が終われば帰省のために馬車を乗り継ぐ必要があるだろう。
そういう点では、ナナが羨ましかったり。彼女の実家は帝都に存在するのだ。大会だって、今年も例年通り、ご両親が観覧にこられるのだろう。
自室で一人、ベッドの上に小さく座り、目を閉じる。
背骨を伸ばし、姿勢良く。頭の上にお皿を乗せても落とさないだろう。そんな形で。
瞑目しながら、明日のことを考えている。
まぶたの裏に、さまざまな思いが泡のように浮かび上がり、すぐに消えていく。
悔しかった記憶、辛かった記憶、楽しかった記憶。
憧れの剣士の姿も一瞬だけ。それもまた幻のように溶けてなくなる。
……残るのは、純然たる闘志だった。
超えるべき壁は、多数ある。
まず、友達にしてライバルのナナ。
最近の彼女はますます瞬動の鋭さに磨きがかかり、決して余裕を持ったまま勝てる相手ではなくなっている。いつも通りにやれば問題ないはずだが……一年生の中でもトップクラスの実力を持つのは間違いない。
同じ嵐流剣士として、負けるわけにはいかない。
次に、シート。
彼とは以前、授業中の模擬試合で負けたことがある。
元々は嵐流剣士だったにも関わらず、晴天流に転向したことには本当に驚かされた。最近になって晴天流道場から出禁になったとか聞くが……あれ? そういえば、彼の姿をここしばらく見ていない気がするな。そもそも次の大会に参加するのだろうか。変にグレたりしてなければ良いが……。
いずれにせよ、もし当たることがあれば、やはり油断のできない相手である。
他には、中等部の主席剣術士であるバディフィク先輩も要注意だ。
岩のように巨大で剛健な肉体。湧き上がるような闘気量。その操作精度も十分に高い。雲翳流剣士として既にプロ級の実力を持っているのは疑いがなく、目下、優勝候補とは彼のことである。
しかし、彼は雲翳流の使い手だ。嵐流剣士である自分は相性的に有利な立場にあり、苦戦は予想されるものの、勝てない相手でもないだろうと私は予想している。
そして、……ビャク。銀髪の剣士。
彼は主として晴天流を用いる。相性的に不利であるのは間違いない。さらにそこに加え、そもそも彼は地力が高い。闘気の量も、精度も高い。剣術の腕前はすでに高等部の上位剣士と比較しても遜色がなく、勝利への貪欲さも頭ひとつ抜けている。
心・技・体の全てを兼ね備えた最強の相手。それは間違いがない。バディフィク先輩であろうと彼には勝てないだろう。その確信があった。
私は、勝てるのだろうか。
もう何度も自問自答したその問いに、改めて答える。
「私は、」
瞳を開け、窓の外を眺める。
夜空に浮かぶ星々が、ガラス細工のように美しく煌めいていた。
嵐流の開祖にして、剣竜教の伝説。
史上最強にして最速の剣士。剣の祖、ミラ。
彼女を象徴する東の一等星が、強く大きく輝いている。
──先の先を抑え、より速く、より鋭く。
負けたらどうなるのだろう。
剣術しかない私に、強さの証明ができなかったら。
私はまた、独りになってしまうの?
先のことを考えれば、不安に押しつぶされそうだ。
泣きそうだし、足が震えるし、息が詰まりそうだ。
だが、それでも。
強く目を瞑り、宣言する。
「私は、勝ちます」
何度も口にしたその答えを、舌に乗せる。
自分に言い聞かせるように。
まぶたの裏で最後に浮かんだのは、いつも前向きな彼の姿だった。
◆
日の沈んだ校舎の裏。街灯に照らされながら、草を踏み、木剣を構える。
大会を前日に控えた俺は、サディーリエ先生と共に練習を積んでいた。
晴天流奥義、『閃』の習得のためだ。
「じゃ、次行くよ」
「こい!」
サディーリエが木剣を構え……その姿がブレた。
すかさず『閃』を放とうとするも、彼女の瞬動に合わせることができず。剣の振りが間に合わないまま、サディーリエの剣筋が俺の腹を捉えた。
「ぐはあっ!」
数回バウンドして地面に叩きつけられる。
遠くからサディーリエの声。
「闘気の配分が良くないんじゃないの? 肩周りとか意識してる?」
「やってるけど……ムズいんだよこれ」
バディフィク先輩から受け取った『気の学問』を参考に、アルアが完成させた、『閃』を打つために最適な闘気配分の方法。
サディーリエとの練習でそれを体に叩き込む。そんな生活がここ二、三週間は続いていた。
たまに晴天流道場に赴いては、晴天流過激派の先輩から手ほどきを受けたり。バディフィク先輩からは雲翳流の戦い方を少し学んだりもした。
色んなものを、色んな人から、少しずつ。
自分の体や闘気の扱いを、様々な角度から学び、考えた。
剣を構えて、振る。たったこれだけの単純な動作の中に、海よりも広く、深い世界があった。
俺は、この学園に来てからグッと強くなった。剣奴の頃よりも遥かに。
明日の大会は、俺に教えを授けてくれたみんなへの、感謝を証明するための場でもあった。
「よし、もう一本頼む」
「……もう今日はやめにしたら? 明日の大会に響くわよ」
「じゃあ、あと一本だけ! これで最後!」
「しょうがないなぁ……」
そして剣を構える俺たち。
明日に向けた、最後の調整が続く。
◆
夜の魔法棟。その一部屋に、二人が集まっていた。
銀髪の剣士ビャクと、黒ローブの少女アルア。
神剣探索隊としての会議であった。
「アルア。大変なことが起こった」
「なに」
「シートを知ってるか?」
「誰?」
「この学園の中等部剣士だ」
アルアは、マグカップに並々と注がれたココアに口をつけ──思ってたより熱かったのでフーフーと息を吹きかけつつ──それから、彼の言わんとすることを予想した。
予想はおおむね的中することとなった。
「彼が堕ちた」
「じゃあさっさと『魔剣』を回収して、神剣の持ち主の特定をしないとね」
「待て、焦るな」
ビャクの冷たい視線がアルアに向けられる。
アルアはそんなもの一切気にせず、ココアを飲んだ。
「ビャク。何か考えがあるのならコンパクトに。さっさと。早く。手短に伝える。そうでしょ?」
「……作為的なものを感じるんだ。ここ最近の件数増加は、今回のための練習、いや、実験のようなものだったんじゃないかと」
「賊の本命は、そのシートってやつを狂わせて……何かしてやろうって魂胆だってわけ?」
「そうだ」
だとすれば、時期的に『学園剣術大会』で何かしてやろうと考えている……のか?
アルアは天井を見上げること三秒。少し考えてから、肩をすくめた。
「何が狙いなんだかね」
「明日、明後日の大会は俺も参加する。俺は中から、お前は外から警戒に当たってくれ」
「シートってやつに注目してればいいわけね」
「基本的にはそうだ。奴らが尻尾を出すかもしれないし、特に……市井の民に、危険があったらいけない。俺たち騎士団の威信に関わることだ」
「はいはーい」
そう言って背もたれに深く腰掛けると、目を瞑り眠り出すアルア。
「……」
こいつ本当にわかってるのかぁ? と、訝しげな視線を送るビャクだった。




