17.狂い人
ザストゥーラ帝国所属、帝国騎士団・神剣探索隊。
世界に十三振り存在するとされる『神剣』を探し出し、回収するための部隊。
少数精鋭のその部隊に、歳若い二人の騎士がいた。
二人の名は、ビャクとアルア。剣士の少年と魔術師の少女である。
十歳という若さにして騎士団に登用され、任務をこなすこと二年。
世間的には初等部六年生に相当する十二歳となった天才たちは、ザストゥーラ帝国の中心地、帝都へと招集されていた。
三十過ぎの上司の男に連れられ、帝都に敷かれた石畳の道を進む。人通りの少ない、薄暗い道の先。
そこに複数の帝国騎士と、彼らに取り押さえられた中年女性がいた。女は口の端から泡をふきながら、焦点の定まらぬ目つきで暴れまわる。強く握った手は血で滲むほどだった。
「彼女は一体……?」
麻薬の中毒者か何かだろうかと、ビャクが尋ねる。
アルアはその横で顔をしかめるばかり。
上司の男は無言のまま、女の腰元を指で示した。
そこには、黒とも紫ともとれる深い色合いの剣が差してある。
「『魔剣』だ」
「なに、魔剣って?」
不機嫌そうな口調で尋ねるアルア。その剣からただよう圧迫感に、一層不快感をあらわにする。
上司の男が続ける。
「神剣カンナストロイア。人の心の闇を増幅させ、暴走させ、そして最後に……一つの武器を作る」
それが『魔剣』だと、男は言葉を終えた。
ビャクとアルアは即座に彼の言わんとするところを理解した。『魔剣』がこの帝都に存在するということは、神剣カンナストロイアがこの街に存在することを示唆している。
自分達の任務は、この剣のありかを見つけ出し、持ち主から強奪することなのであると……。
◆
翌日に一学期の期末試験が迫っていたが、全ての授業が免除されているビャクとアルアには関係のない話であった。
学園の外、帝都の裏路地にて一人の男を発見する。
薄汚い身なりの男だ。頬はやつれ、目は落ち窪んでいる。
かつてみた彼女のごとく、焦点の合わない目つきで周囲を睨んでいた。
肩口からビャクが声をかける。
「お兄さん。少し時間、いいかな?」
男はビクリと大きく震え、神経質な眼差しを寄越した。
「な、なんだよ、脅かすなよ。誰だよ、お前」
「あなた、今なにをしようとしていましたか?」
男の腰元には黒紫の剣が佩かれている。
武装しながら街中をうろつくのは別に珍しいことではない。しかし、彼は剣柄を握りしめながら、今にも斬りかかりそうな姿勢でとある家の裏口に近づいていたところなのである。
「なんだよ、お前まで、お前まで俺を……あの女と同じようにか! そうなんだろう!?」
「落ち着いてください、お兄さん」
「娘を、娘を返せよ! 俺の娘なんだよおおぉっ!」
抜剣。剣身はボロボロと刃こぼれが酷く、鮮やかとは言いがたい。
……醜さの塊のような剣だった。
「奪うのか! 俺からまた奪うのかぁ! お前らはいつもそうだ! 仕事も、金も、家族も! 俺は奪われてばかりだあああっ!」
「こりゃダメだな……アルア!」
どこからともなく光の鎖が降り注ぎ、男の動きを制限する。アルアが放った魔術だ。
ビャクは苦しげなうめき声をあげる男に近づくと、腰の剣を引き抜く。氷のような剣先が、裏路地に光った。
「はなせぇ! はなせよぉ!」
「君には聞きたいことがあるんだ。まず一つ」
そのまま切っ先を男の腹に埋め込む。
血の臭いが周囲に漂った。
「ぎゃあああああああっ!」
悶える男に対し、ビャクは変わらぬ声色で尋ねる。
「その剣は誰にもらった?」
「やめろおおおおおおおおっ!」
暴れまわる男。しかしその四肢は光の鎖でガッチリと固められており、ろくに動かない。
ビャクは剣をさらに深く突き刺す。これ以上は危険な領域だと認識しつつ、そのギリギリで剣を止める。
「二つ目。家庭を持たぬ君に、娘などいないはずだ。君が近づいていたこの家の親子……母子家庭とのことだが。彼女らを自分の家族だと誤認しているのではないか?」
「やめ、やめろっ。そんなわけ……痛い……痛いいい!!!」
ビャクは頭の痛む感覚を覚えた。
男の声が自分の脳髄で反射し、狂乱するような気がするのだ。吐き気と怒りを感じつつ、上司の言っていたことを思い出す。
『魔剣は負の感情を凝集して生まれる剣だ。持ち主だけでなく、周囲の人間も狂わす力が秘められている』
……神剣カンナストロイア。狂気の剣。
この剣の恐ろしいところは、その伝染能力だ。苦しみや憎しみ、怒りと悲しみ。生きていれば当たり前に感じるその感情を増幅させたかと思えば、それを周囲にばら撒き始める。怒りの連鎖は止まるところを知らず、やがて街一つを飲み込む。
自分の心が奥底から狂わされていく感覚を味わい、ビャクは早々に切り上げることにした。このままではこちらが危険だと判断したのだ。
深く刺した剣を、スライド。袈裟懸けのような軌道で、男を切り捨てた。
絶命し、倒れ伏す男。その命が尽きると同時に、魔剣もバラバラに砕け散ってしまう。
「……これでいい」
脂汗を浮かべながら、大きく呼吸をするビャク。今はとにかく酸素を肺に送り込みたかった。
『魔剣』の所持者となり、心を支配された人々。本当の彼らは、至って普通の市民のはずだ。
負の感情は誰だって当たり前に持つものなのに、それを増幅させ、妄執へと変化させる剣……。
「あーあ。殺しちゃったんだ」
黒フードを被ったアルアがてくてくと近づいてくる。
万が一、ビャクの精神がやられた時に備えて、彼らとの対峙の際は必ず遠くで待機しているのがアルアの役目だった。
「私たちが帝都に来てから、これで七件目? まーた情報なしかよ。ここ最近は特に増えてるけど、一体なんなんだろうね、賊の目的は」
「はぁ……はぁ……、アルア、君は早く騎士団に連絡を……」
大きく息切れしたビャクに対し冷たい視線を送ると、アルアはどこかへ消えてしまった。
しばらくの間、その場で呼吸を整えるビャク。
『魔剣』との対決は、いつだって激しい消耗を引き起こした。
◆
「よぉーっし! テスト終了ーーーっ!」
「うるさいんだけど、テンキ」
魔法数理のテストを終えて意気揚々と廊下に飛び出したら、目の前に白髪の少女がいた。ナナだ。
「おー、ナナ。お前もテスト終わったとこ?」
「まあね。今日で全部終わり」
「じゃあ二週間後の剣術大会に向けて練習しに行くところって感じかー!?」
「そうだよ。てかテンション高いなお前」
そりゃテンションも上がるだろう。ずっと肩の重荷だった座学のテストも終えて、とりあえず一学期を乗り切ったのだから。
しっかり勉強も頑張って、この学園を卒業する。
それが塔騎士プロキイェーテとの約束だ。
いつか来たる彼女とのリベンジマッチの時に、「ごめん学園は退学になっちゃった」じゃ示しがつかない。彼女に受けた恩に報いるためにも、テストのパスは必須だ。
そして! テストの手応えはばっちりだった!
「……というわけ」
「あー、はいはい。期待に応えてえらいねー」
「なんだよその言い方」
ナナは右手をヒラヒラとさせ、さっさと廊下の向こう側へ消えてしまった。本当に通りかかっただけのようだ。
……さて。
とりあえず俺は、サディーリエ先生のところに向かうことにした。次の大会に向けて、彼女には頼みがあるのだった。
◆
深夜。人々が寝静まる頃。
帝都の闇夜を渡る、二人の人影があった。
一人はボロボロのマントを深く被った女。手足は枝のように痩せ細り、靴には穴が空いている。
もう一人は、長い白髪を顔の横で一つにまとめた美青年だ。緑を基調としたゆったりとした服は、この国では珍しいものだった。
都の外れに建てられた小屋へと足を運ぶ。
中に入ると、一人の少年が鎖で縛られていた。
喜びの気色を表情に出す青年。両腕を大きく開き、朗らかな声を出す。
「やー、シートくん。どうかな調子は?」
「……」
「うんうん。良さそうだね」
「どう見ても調子良さそうジャないけどネ」
「うるさいねー、ハイネは」
ハイネと呼ばれた小柄なボロマントの女は、床を軋ませながらシートに近づく。口元に水差しを寄せ、水を飲ませた。
シートの背後に回ると、彼の背骨を、その血管の浮き出る手でなぞった。
「こっちの方は良さそうだヨ」
「それはよかった!」
青年はシートの瞳に顔を寄せる。鼻と鼻が付きそうなほどの距離で、優しく囁く。
「シートくんは僕らの希望なんだー。……君には大いなる使命があるんだから、早くその理性を手放すと良い。気持ち良いと思うよ? その憤怒に身を任せ、自由になるんだ」
「……」
くつくつと笑みを浮かべてから、付け加える。
「良い目になってきた。悪心の煮凝りだね。泥の心が堆積しているのを感じるよ」
「あと二週間後だヨ。間に合うかナぁ」
「間に合わせるのさ!」
青年はシートの頬に柔らかく触れる。
底なしの悪意を口元に滲ませながら。
「楽しみだなぁ…………学園剣術大会!」
狂気の闇は、少しずつ根を伸ばしていた。




