15.修行
道場の中。バディフィク先輩の振るう巨大な木剣が俺の眼前に迫った。
俺は目をギンギンにかっぴらいて、インパクトの直前までその軌道を凝視していた。瞬間、不完全な『閃』を放ち、その一撃を相殺……しようとしたが、失敗する。
「ぐはあっ!」
そのまま吹っ飛ばされ、地面で数回バウンド。瞬時に体制を立て直し、次の攻撃に備える。
「うむ、反撃体勢への切り替え速度には素晴らしいものがあるな!!!」
「へへっ。どーも」
迫るバディフィク先輩。二撃目がくる!
……それもまた凝視し、確認し、分析をした後に剣で受ける。またも力負けし、俺は吹っ飛ばされる。
叩きつけられる背中も痛いけど、どっちかというと腕のほうが痛え。闘気量に差があるせいで、威力を殺しきれてないのだ。
「なあ、バディフィク先輩。剣に闘気をまとわせてるよな、さっきから」
「む? それはそうであろう! 雲翳流の基本であるからな」
「どうしてそんだけ闘気を剣にまとわせてんのに、まともに振れるんだ?」
先ほどから抱いていた疑問をぶつけた。
闘気は自分の体に直接集めれば、身体能力を強化できる。
一方、剣や防具などの体ではないものに集めた場合、確かに硬度や靭性は強化されるものの、それと引き換えに武具が動かしにくくなってしまうのだ。闘気をまとわせた剣の扱いづらさは、さながら、水の中で剣を振り回しているようなものである。
先輩は「ガハハ!」と大きな声で笑うと、答えを返した。
「それこそ、『気の学問』であるな!!! よし、テンキ。実力チェックはこのくらいにして、本題に入ろう」
ふたたび道場内の休憩スペースに案内される。先輩は備え付けられた本棚から一冊取り出すと、それを俺に渡してきた。
ハードカバーで頑丈そうな装いだが、端々が劣化しているあたり、かなり読み込まれていることが確認できる。
タイトルは『気の学問』。そのままじゃねーか。
……執筆者、トマス・ジラード。なるほど、学園長か。
「これはお爺様が十五年前にまとめた、気の学問の入門書である! 開いてみるがよい」
いわれるがまま、適当にペラペラとめくる。
おお、図がいっぱい載ってる! 巨大な剣を構えた人体図の上から、闘気の流れを表現する曲線が、時に太く、時に細く描かれていた。闘気量の大小を表現しているのだろう。
「さて、テンキも知っているだろうが、闘気を武具にまとわせる操作は『気延』と呼ばれ……」
初耳ですが。
「雲翳流においては、闘気を噴出する『噴気』と並ぶ基本技であるな! ちなみにこの二つは、より高等テクニックである、闘気を外部に飛ばす『気射』と合わせて雲翳三合などとも呼ばれるが……まあそれは置いておこう!」
「え、闘気って飛ばせるの?」
「『気延』を実行する場合、剣が重くなる。その分、『噴気』を用いて体のコントロールをする必要があるわけだな!!!」
疑問はスルーされ、話が続く。
「その際、重要となるのは闘気量の配分である! どれぐらいの量を武具にまとわせ、どれぐらいの量をその操作に用いるのか。これらの配分比率について、お爺様は雲翳流の基本となる型ごとに最適な比率を、魔法数理学を用いて算出したのだ!!!」
「す、すげーっ」
具体的にどれくらいすごいのかは謎だが、とりあえず画期的なのだろうことは予想できた。
「そうであろう、そうであろう! 二年次の魔法数理学ではこのあたりも勉強することになるから、一年次と異なり必修ではないが、ぜひ! 修めることを推奨するぞ! ……というわけで、この本はテンキに貸そうではないか」
「え、いいの!?」
俺の驚きを確認するやいなや、大きな笑い声を上げるバディフィク先輩。
「がっはっは! 我が家にはその本の在庫が千冊はあるからな! 一冊くらいなんてことはないのだ。そのうち返してくれればな」
「お、おお……ありがとう! マジで助かる!」
改めて本の中身をよく確認する。
少し複雑な数式が書かれていたりもするが、すでに学校の算術で習った範囲で収まるレベルのものみたいだし、特に問題はなさそうだ。
ビャクのやつは「難しい」って断言してたけど……
チャレンジしてみるか。『気の学問』。
俺は口元に笑みを浮かべ、来るべき勝利を夢想した。
◆
コンコンコン!
俺は魔法棟のとある一室の前に立ち、扉を三連高速ノックした。
「アルアー! いるかー!?」
「いません」
「入るぜ」
「死ね」
ガチャ。扉を開けてみれば、相変わらずの微妙に散らかった室内が広がり、椅子に座ってペンを走らせるローブを羽織った少女の姿が見えた。
未来の同僚である、帝国魔導士のアルアだ。
「何の用事?」
超絶の不機嫌フェイスを隠そうともせずに、首だけひねって俺の姿を確認。ギロリと睨みつけてくる。
コイツとのやり取りのコツはこの前つかんだ。とにかく押せば何とかなる。
「魔法数理のことなんだけどさ」
「はああぁ。この前おしえたでしょー?」
「いや、授業のことはいいんだ。ていうか、その節はマジでサンキューな。すげえ助かってる」
「……あっそ。で?」
今度は首だけでなく、上半身をひねってこちらを見てくる。少し興味が湧いたらしい。
……バディフィク先輩から書籍『気の学問』を受け取り、それを読み込むこと数日。
俺は一つの考えに思い至った。
あの本は基本的に雲翳流剣士が闘気操作をする上での指針を与えるものだったが……
「晴天流の技でさ、奥義『閃』って知ってるか?」
「……まあ、知ってるけど」
「あれをさ! こんな感じで……っ」
アルアの前に、『気の学問』を開いて見せる。
「魔法数理の力でさ、解析できないかなっ!?」
「…………」
じとっとした目つき。
な、なんだよ。何か言えよ。
「だる……」
「いいじゃんかよーっ!」
「私が、それを手伝って、一体、何の得があるわけ?」
「俺に貸しができる」
「そのくだり、この前もやったけど」
ダメだ。押せ押せ作戦は失敗しそうだ。
どうすればいいのだろうか。ぶっちゃけ、俺がアルアに差し出せるものなんて一つもない。
答えに窮している俺を見かねたのか、アルアは「はああああああ…………」とこれ見よがしな溜息を大きく一つ。それから、あきれた顔で言葉を付け加える。
「じゃ、約束してよ」
「……なんの?」
「次の大会。あいつを倒しなさい」
あいつ。あいつ、ね。……あいつ?
「誰?」
「ビャクに決まってんでしょ! 察しが悪いなぁっ!」
「ああ、なるほど」
一層イライラした表情になると、アルアは引き出しから紙を取り出し、ペンでその上に殴り書きを始める。
覗いてみてみれば、誰かを描いた下手くそな落書きだった。少年だろうか? アルアはその少年を俺に見せつけると、犬歯をむき出しにして言う。
「ビャクはねぇ、ムカつくんだよ! あいつ!」
「……え、そうか? そんなに?」
「天才剣士だなんだって、チヤホヤされやがって! 私だって天才魔導士だっつうの! 同い年だっつうの! なんなんだよ、この扱いの違いは!」
人徳の差じゃないかなあ。
口から出かけたその言葉を慌てて飲み込む。
「ちょっと、その本よく見せなさい」
「はい」
手渡されたハードカバーの書籍を、舐めまわすように隅から隅まで読むアルア。
そうすること十分ほど。
「ん。大体、わかった。よし、じゃあ、そうね……」
ビシッ! と、三本指を立てるアルア。
「三日待ちなさい! 三日後、また来なさい。できれば夜。夜なら多分いるから」
「……そうしたら?」
「決まってんでしょ。特訓すんの。特訓」
アルアはそう答えると、部屋から俺を追い出した。
◆
それから更に一週間ほどが経って。
来週にはついに、学園の期末テストが迫っていた、そんなある日。
魔法数理の授業が終わったその時に、隣に座っていたランリが話しかけてきた。
「テンキ。なんだかあなた、見違えましたね」
「え、何が?」
「授業態度が、ですよ」
少しあどけなさの残る目つきが、神妙に深められる。
「前までは、そこまで楽しそうじゃなかった気がします」
「ん? あー、まあ……」
確かに、言われてみればそうかもな。あの時は、なんでこんなことを勉強しなくちゃいけないのかって疑問もあったし、内容それ自体も難しくて、とにかく苦しかった。
だが、今は違う。
……いま現在、俺は雲翳流道場でバディフィクの教えを受けるのと同時に、晴天流道場で晴天流の修練も積みつつ、さらにアルアの指導下で奥義『閃』の開発も進めていた。
それらをつなげているものは、意外にも魔法数理なのだ。この理論によって裏打ちされた、最適な闘気配分を意識しつつ、実践練習を晴天流道場で繰り返している。
家に帰れば『気の学問』を穴が開くほど読みふけり、自主練に活かしていた。サディーリエのおかげで文字が読めるようになり、それが良い方向に転がっていた。
……という旨をランリに伝えると、彼女は目を見開き、口元を抑えた。
感動しているらしい。
「なんというか、あなたは……本当に強くなりたいのですね」
「まあ、それ以外に生きる目的ないしな」
「あのアルアさんが協力してくれているということにも驚きです……」
さて、そんな感じで雑談しながら、なんとなく流れでランリと一緒に昼食をとることになった。
購買部で購入したお弁当を、青空の下、校庭のベンチに並んで座りパクパクと食べている。
ちなみに、食べるときに使っている道具は箸だ。風雨流剣士はどんなものでも箸を使って食べるんですよ! とか言った感じの雑学をランリが披露してくる。お前、嵐流剣士だろというツッコミはしたほうが良いのだろうか。
……それにしても、和風だなあ。風雨流は。
俺はこの前に見た、風雨流剣士が練習時に着用するという袴のような装飾を思い出していた。
「……これ、前から聞きたかったのですが」
箸を動かす手を止め、ランリがつぶやく。
「テンキは、なぜ強くなりたいのですか?」
「え? 強くなれたら嬉しいから」
「……」
いぶかしむような表情になると、
「それだけ?」
改めて尋ねてくる。
……それだけ、だなあ。
強くなりたいって気持ちに、何か理由がいるのだろうか。
「そういうランリはどうなんだよ。なんか、最強の戦士にあこがれてるとかなんとか、言ってたじゃん」
「え、ええ。まあ……」
気まずそうに顔をそらすランリ。なんだよ、自分から聞いてきたくせに。
それからしばらく無言が続き、ようやく続きの言葉を告げた。
「憧れの人が、いるんです。私の理想の、嵐流剣士が」
「ふーん」
「その人はすごく強くて、みんなから尊敬されていて、多くの人を救って……今もなお、世界のどこかで戦っているのでしょうね。私が足踏みしているあいだにも」
「ふーん」
「…………興味ないですね?」
「それって誰?」
俺は興味があるアピールをした。
……いや、まあ、少し気になる。ランリがそこまでいう剣士が誰なのか。
「嵐流九段剣士。『剣神』のゼラ様です」
「剣神……ってなんだ?」
「ああ、九段剣士には基本的に二つ名がつくのですよ。新聞社だったり、口コミだったりで、その人にふさわしい呼び方がなされます」
なるほど。剣神、ね。
文字通りなら、剣の神。最強の剣士ってことか? さすがに誇大広告な感じがするが……
「その人って、世界連合の調停騎士だったりすんの?」
「ふふっ。まさか」
くすりと笑みを浮かべるランリ。
「え、なんか俺へんなこと言った?」
「ああ、いえ。……九段剣士というのは、その流派の代表者です。世界連合のような、特定の派閥に属することは基本的にないのですよ。力を貸すことくらいはありますけどね」
は、はあ。なるほど……。組織間のパワーバランス的な感じの話なのだろうか。
ランリは俺が弁当を食い終えるのを見届け、それから立ち上がって、言った。
「少し、練習につきあってくださいよ。テンキ」




