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5)逃げそびれました

 若干の不穏さを匂わせた二日目だったが、結論から言って、三日目の茶会は何事もなく和やかに終始した。少なくともキャロラインにとっては。

 ……第二王子に言わせれば、ふざけんな、とキレて然るべき惨状ではあったが。


 何が起きたかといえば単純な話。

 第一王子が茶会に現れなかったのである。


 ほんの二時間足らずの茶会とはいえ、二週間ぶっ続けで毎日開催という強行軍の時点で、予測されていた事態ではある。

 令嬢たちは最低三日顔を出せば義務を果たしたことになるが、ホストである三王子はそうはいかない。毎日、少なくとも二人は確実に会場に居なければ体裁がよろしくないのだ。

 大量の、腹に一物以上の何かを抱えた令嬢たちを相手に、毎日茶会。これは、主に精神的負担という面において、かなりの重労働だ。……「ただ令嬢にちやほやされるだけの時間」などと短絡的にしか考えない男にとってはその限りではないだろうが。

 となれば、一人につき三日に一日程度の休養をローテーションで入れるのが妥当なところ。初めからそう予想して動いている令嬢も多かったはず。


 しかし……開始三日目で早々に一人脱落とは。

 それも「ただ令嬢にちやほやされるだけ」としか認識していなさそうな第一王子が。

 これでは裏を読むなというほうが難しい。


 実際令嬢がたも、これがあらかじめ決まっていた休養ではなく、急遽差し込まれたものと見る向きがほとんど。「見た目通り繊細な方なのね」「何らかの不興を買ってしまったのでは」「単純に飽きてしまわれたのかも」等々の憶測が飛び交う中(何かの緊急事態が発生したことを疑う声がほぼ聞こえてこないあたり第一王子の評価もおおよそ定まった感がある)、「遅れてきた第二次性徴」という天啓を得てしまったキャロラインと少数の令嬢たちはすこーしばかり居心地が悪い。

 ……第二次性徴というのも、たぶん正確な表現ではないはずだ。だが、芯をずらして表現した令嬢の心境もわからなくもない。たとえ他人のことだとしても、はっきりと口にするのは躊躇われる──いやもうぶっちゃけ恥ずかしすぎるだろう。……「思春期」なんて直球ど真ん中なワードは。


 いずれにせよ、第一王子不在の負担はまるっと第二王子にのしかかった。


 まあようするに、本命不在なら対抗にも唾をつけておこう、という結論に至った肉食令嬢が多かったわけである。彼女らの欲望は、最初から第二王子一本に絞っていた令嬢がたのそれと合流する形で、ただ一人へと殺到することになったのだ。

 おかげで第二王子の周囲には肉食の人垣が築かれ、その分厚さは王子自身が身動きままならぬほど。

 キャロラインにしてみればありがたい限りだが、当の王子から恨めしげに睨まれたのだけはどうも解せない。


 ちなみにここまで(キャロラインの中では)空気のような扱いの第三王子だが、人が集まっていないわけではない。

 第三王子は十四歳という微妙な年齢のうえ、発育も少し遅いらしく、立派な服に着られている感じが否めない。兄王子たちに比べて全体的に緩めの見目に加え、人柄も朴訥とか純真といった印象で、成熟な女子に囲まれるとどうにも幼さが強調されてしまう。年齢的に今が正念場である婚活目的の令嬢が接触する旨味は、ほぼない。


 結果どうなるかというと……婚活を放棄して時間を持て余したおねえさまがたにニヨニヨと愛玩されるポジションに落ち着くわけである。


 今は、十かそこらの少女と引き合わされて、差し向かいでお茶をしている。どうやら参加者である姉令嬢に引っ付いて非公式に茶会に紛れ込んでいた妹令嬢らしい。

 その周囲から少し遠巻きに見守る生ぬるい視線多数。年少者をお見合いさせてたどたどしさや初々しさを楽しむプレイ──もとい鑑賞会の様相である。楽しそうだ。

 色々とグレーな所業満載だが……まあ、この程度のおちゃめは許されてもいいのだろう。なにせ主催側がアレだし。


 キャロラインはと言えば、一日目二日目同様、いやそれ以上に精力的に他の令嬢との交流に励んだ。


 流行のこと、領地のこと、人間関係のこと。様々な令嬢から様々な情報を引き出して示唆を得て自分の知識に納め、中でも気の合いそうな人物をチェックしてできる限り連絡先を交換しておく。普段遭遇しないような令嬢も多く参加しているだけに、人脈を広げるにはうってつけの機会だった。

 王子の嫁選びなどと聞いた時はどうなることかと思ったが、心の底から来てよかったと、キャロラインは充実の心地で三日目を終えた。


 そしてその夜。

 初日の離席中に飛ばした鳩は無事復路を舞い戻り、キャロラインの元に朗報をもたらした。


 父からの帰宅許可である。


 キャロラインはすぐさま従者と連携して帰宅の準備に取り掛かった。

 もともと王城の一室を借り受けての短期滞在予定だったので、荷造りもあっという間だ。王城に近いタウンハウスを確保していない貴族なんてこんなものである。


 日付をずらして登城してくるであろうまだ見ぬ令嬢たちとの交流を当て込んで残る選択肢も脳裏をかすめないでもなかったが、立ちはだかる第一、第二王子と、その背後に確実にあるだろう王妃の思惑というリスクを考慮して、そっと見なかったことにした。

 情報収集、人脈づくり、そして偵察。当初の予定は果たせたのだ。胸を張り、大手を振って帰るとしよう。


 ……そう思っていたのに。



 四日目早朝。

 立つ鳥跡を濁さずの原則に従い、人出のないうちにさっさと姿をくらまそうと客間を出たキャロラインを、待ち受ける人影があった。


 扉の正面に立ち、腰に手を当てて佇んでいた人物が、伏せていた目を上げる。

 青玉よりなお青く深く濃い陰影を秘めた瞳が、引きつるキャロラインの顔を映し出す……


「ずいぶんと手早い撤収だな、キャロライン・シモンズ嬢?」


 ……この状況でやたらに抵抗して相手の感情を逆撫でするほど、キャロラインは蛮勇ではない。

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