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4)ぶっちゃけ王家には関わりたくない令嬢たち

「ブラッドリー殿下、なんだか迫力ありましたわねぇ」


 中庭に入り、王子の視線も他の令嬢の目も完全に絶えてようやく、そんな話題が控えめ令嬢たちの中から上がった。


「ええ、それにずいぶんと明達な方のように見えましたわ」

「本当に。これまでまるで噂に聞こえてこなかったのが不思議なくらい」

「王家について聞こえてくるのは、大方アルフレッド殿下の称賛ばかりですものね」


 庭に咲き誇る大輪の花々を見るともなく眺めやりながら、会話に花が咲く。

 何気ないふうを装いつつも、これらは単なる世間話ではなく、一言一言に多分に含みを持たされている。貴族のたしなみ、迂遠な会話。どこに耳があるかわからないのを、皆心得ているのだ。


 社交界において、第一王子アルフレッドへの称賛は耳にタコができるほど過剰に聞こえてくる。本人はめったに公の場に現れないにも関わらず、だ。

 大きな声では言えないものの、現状を胡散臭いと感じる人間は少なくない。


 原因は明らか。

 王妃の第一王子に対する溺愛ぶりは有名なのだ。それこそ、第二、第三王子を蔑ろにして憚らぬほどに。


 これが王妃一個人の、母親としての資質の問題で済むのなら、まだ話はシンプルだった。

 が、王妃の実家である侯爵家が絡んできて、事態は少々ややこしい。


 第一王子を絶賛する噂は、侯爵家周辺から積極的に発信されている節があるのだ。王妃の第一王子贔屓に乗っかっているだけにしては、ずいぶんと熱心に。


 侯爵家は王家と縁戚関係になることを望んで、積極的に娘を国王に差し出した経緯がある。動機が王家の権威にあることは火を見るより明らか。

 だが三王子はそもそも全員、王妃の腹から産み落とされた実子。

 三人のうち誰が王に選ばれたとしても、王妃の父である侯爵にとって、孫が王位につく未来は約束されている。後見につく対象がどの孫になっても、原則的に旨味はそう変わらないはずだ。


 にも関わらず、三王子の扱いにあからさまな格差をつける理由とは。


(弟王子の人品や知能に問題があって王位につけられないから、第一王子に一本化して過剰に持ち上げてる……って線は消えたわね、あれじゃ。実際はむしろ逆……ということは、侯爵家と弟王子たちとの関係性が修復不可能なほど悪いのか、あるいは──下手に頭の回る王はいらない、か)


 王の傀儡化。チープな悪党の見本のような思考に目眩を禁じ得ない。


 しかしあの第二王子ブラッドリーの……今思い出しても背筋に悪寒が駆け抜け冷や汗がどっと吹き出るような……あの、腹の中身を何もかも見透かしたような視線。

 第二王子が下馬評以上に聡明であることは、もはや疑いようもない。

 あの男が王に立つとしたら、後見人の出る幕はない……とまでは言わずとも、存在感を発揮できなくなる可能性は高い……かも、しれない……


「……殿下、キャロライン様のことを気にしていらっしゃいましたね」


 不意に、慎ましくもはっきりと指摘され、キャロラインは「うんぐぅ」と口から飛び出かけた奇声を必死に飲み込んだ。


 そうなのだ、あの男。あの第二王子。妙~~~に、キャロラインに含みがあった。


 誓ってデビュタントが初対面、今回の茶会で二度目の遭遇。幼い頃に実は出会ってました~なんてロマンス小説にありがちな隠された過去など差し挟まれる余地もない。


 地元ではちょっとした名物お嬢さんで通っているキャロラインだが、王都では完全に無名だ。当主ならともかくその子女の情報など、貴族名鑑にもおざなりな記載があるのみ。

 実家は良く言えば穏健な中立派、実態は日和見の事なかれ主義。叛意なく、出世欲など毛頭あらず、王家とは波風たてずに適度に距離をとる、というのがシモンズ家であり父である。

 王家やその近辺の人間の興味を引くような要素など何もない……はず。


 だからたぶん、第二王子の秋波など気のせいだ。思い過ごしだ、いや思い上がりだ。

 だと思いたい……のに。


「殿下の気持ちもわかりますわ。キャロライン様、素敵ですもの」


 控えめ令嬢の一人が思わぬ角度からかんしゃく玉を投下してきた。あろうことか、他の面々もうんうんと頷いている。

 キャロラインは目をしぱしぱさせてしょっぱい顔をした。


「えぇぇ。それはないでしょう」


「いやですわ、ご謙遜を」

「初めてお目にかかった時、一瞬で目を惹かれましたもの」

「わかります。はっと胸を衝かれるような感覚と言いましょうか」


「……まあそれは、よく言われますけども」


 髪はキャラメル色、瞳はヘーゼル。全体の容貌は貴族令嬢としては必要十分。ここまでなら平均点。

 ただ、少し吊り上がった瞳は好奇心旺盛な猫の目のように大きく見開かれていて、他者の印象に残りやすいらしい。

 子供っぽくて、勝気そうで、知恵が回りそう。導き出される初対面の印象は、「小生意気な小娘」。

 まあ中身もそれを裏切っていない自信があるし、キャロライン自身その評価を逆手にとって利用していたりもする。生来のくるくるふわふわとした少女らしい巻毛はそのまま矯正もせずに肩上で切り揃え、あえて子供っぽいとされる装いを楽しんでいるくらいだ。今の自分は割と気に入っている。


 しかし男性受けはあまり良ろしくないことも重々自覚していた。とりわけ貴族は女性に貞淑を求めるもの。いかにもおてんばめいたキャロラインを、子供や妹を愛でるように可愛がってくれる男性はいても、結婚相手に、と乞われる仲には至らない。

 いわんや貴族の頂点に立つ王族においてをや。


「……どのみち、今親交を持つのは泥沼だわ」


 独白するようなキャロラインの言葉に、令嬢たちはやるせない溜息で同意する。


 第二王子に今のところ失点はない。第一王子の暴言直後、凍りついた空気をフォローした動きも見事なものだった。弟などいないものかのように振る舞う長男とは対照的に、末弟の様子にまで気を配っているのもわかる。先程のやりとりを思い出すに、女性社会の機微を汲み取る甲斐性もありそうだ。

 だが、個人の資質はさておいて、背負っているお荷物の内容が実にいただけない。


(まあ確かに、お見合い茶会なんて胡散臭い場じゃなければ、少し話を聞いてみたい人ではあったわね)


 惜しい人(と縁を繋ぐ機会)をなくしたものだ。

 胸につかえた思いのほか大きな喪失感を無理やりねじ伏せて、キャロラインは二日目の茶会を楚々として乗り切ったのだった。

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