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身辺を清めてから出直してくださいませ  作者: ミナソコミナモ
コミカライズ記念番外編

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[おまけ1]とある語り聞かせ(という名のあらすじ)

 むかしむかしあるところに、とっても高飛車な王妃さまがおりました。


 王妃さまは三人の王子さまを産みましたが、いちばん上のお兄さん王子だけを愛して、二人っきりで豪華な離宮で暮らしていました。

 二人の弟王子のことはまったく可愛がらずにほったらかしです。ひどいですね。


 お兄さん王子が成人したころ、そろそろ息子にお嫁さんが欲しくなった王妃さまは、大々的にお嫁さん候補のお嬢さんたちを城に呼びつけてくれるように、王さまに頼み込みました。

 かわいいかわいいお兄さん王子のお嫁さんですから、妥協はできません。

 国中の年頃のご令嬢を、公爵の娘から男爵の娘まで、一人残らずいっぺんにお城に集めてじっくり吟味するのです。


 これ、実はとんでもないワガママです。

 我が国の国土は広く、貴族も多く、ご令嬢もたくさんいます。遠い遠ーい領地から長い道のりを旅してこなければ王城にやってこれない方もそれなりにいるのです。辺境は王都のように道がきれいでなく、お店もあまりありませんから、馬車が激しく揺れるとか簡単にはお風呂に入れないとか食事も粗末なものになったりとか……ご令嬢にたいへんな負担を()いてしまいます。

 馬車の中の暑さ寒さで寝込んでしまったり、バイキンが入って病気になっちゃったり、きちんと休憩して足を伸ばしたりしないと突然死んじゃったり。馬車旅って結構たいへんなんですよ?

 そういうことに気をつけながらの旅ですから、手間と時間をたっぷりかけることになりますし、もちろんお金もたくさんかかります。しかも往復です。貴族と言っても全員が全員豊かなわけじゃありません。王家が援助するにしたって、王都に行くための準備はそれだけでたいへんなものになりますし、思わぬ出費がつきものですから、お金の心配がまったくなくなることはありません。

 そんなふうに一人が王都に来るのだってたいへんなのに、「国中の年頃のご令嬢全員を一人残らず王都に集めろ」、ですよ?

 体の弱い娘さんだっているでしょう。どうしてもはずせない用事が入ることもあるでしょう。事故で道が使えなくなってしまうとか、それどころか馬車ごと事故に巻き込まれて怪我をしてしまった、なんてこともあるかもしれません。

 そういった一人一人の問題が奇跡的に解消されたり、全員の事情が噛み合わなければ、同じ場所に全てのご令嬢を集めるのはどだい無理な話なのです。


 王さまは呆れながらも、しかしこの王妃さまの無茶ぶり──ワガママなお願いを聞き入れることにしました。

 王妃さまを愛しているから……なわけがありません。王さまと王妃さまはゴリッゴリの政略結婚。むしろ王さまは、息子の扱いに差をつける王妃さまことを、日頃から苦々しく思っていたのです。

 そのうえ王妃さまのご実家には密かに不穏な嫌疑がかけられており、どう処したものか頭を悩ませていたところです。


 そこで王さまは一計を案じました。

 王妃さまのワガママに乗っかって、王妃さまとそのご実家をこらしめる作戦です。


 まず、王妃さまの言うとおり、国中のご令嬢を招くお茶会を王城で開催することを公布しました。

 国内にご令嬢はたくさんいますが、その中でも王子さまたちと同年代のご令嬢というのは一般的に多くなりがちなのです。だって、王子さまに見初められたら王子妃になれるかもしれませんし、果ては王妃さまにまで上り詰めるかもしれませんからね。ですので貴族は王族の婚姻や出産に合わせて子供を作る傾向が強く……あ、うん、ちょっとまだ難しいかな? このあたりの事情は、また今度くわしくお勉強しましょうね。

 とにかくさきほど言ったとおり、そのたくさんのご令嬢を一度に全員は、さすがに無茶すぎます。なので、期間を長めに設けて、そのあいだに最低三日間は出席するように、としました。いわゆる王命です。


 王命とは義務であり、原則的に絶対遵守であるべきですが、実はこれを受け取った貴族たちの反応はまっぷたつでした。


 あんまり頭を使うのが上手くない貴族たちは、すわ王命だ大変だと大急ぎで準備を始めました。「王様の命令に反抗したらお家の危機だ!」と大慌て。それに、ひょっとしたら自分の娘が未来の王妃さまになれるかもしれない、と期待に胸を膨らませた人も少なくないことでしょう。


 ですが、ちょっとでも思慮深い貴族たちは、今回の王命に頭を抱えました。一国の王さまが(くだ)すにはあんまりにも馬鹿っぽい……もとい、むちゃくちゃな内容だったからですね。

 これが王妃さまの計画した「お兄さん王子のお嫁さん探し」だということは明らかでした。問題は、冷静で賢いはずの王さまが、なぜあの王妃さまのワガママの言いなりになるような王命を出したのか、なのです。

 これには絶対裏があるはず……そう考えた賢明な貴族たちは、自分の係累や親類縁者の中から目端の利く立ち回りの上手い娘を選び出し、偵察役としてお茶会の序盤に送り込みました。お城で今なにが起きているのか、王さまがいったい何を考えているのか、探らなくてはならなかったのです。


 そんなわけでお茶会の初日には、なぁんにも考えずに王子さまのお嫁さんになってやろうと目を爛々と輝かせている肉食なご令嬢がたと、なにかとんでもないことになりそうな嫌ぁな予感を抱えながら神経を研ぎ澄ませる控えめなご令嬢がたが、一堂に会することになったのです。

 あ、他にも、あんまり状況がわかってないけど義務だからさっさと終わらせとこう、っていう淡白なご令嬢もまあそこそこいたみたいですよ。

 振り返ってみれば、初日からの三日間がいちばんの大盛況、お茶会のピークだったと言えますね。


 肉食なご令嬢たちは、積極的に王子さまたちに話しかけ、アピール合戦で火花を散らしました。

 王子さまは三人ともお茶会に出席していましたが、中でも大人気なのはお兄さん王子です。未来の王さまになると思われていた人ですからね。基本的に王家の長男って人気なのです。王妃さまの狙いどおりですね。


 しかしこのお兄さん王子、初日にやらかしてしまいました。

 なんと、とあるご令嬢にとてもとてもひどいことを言ってしまったのです。


 「君は生理的に無理だ」と……。


 これはとっても、とーってもひどい暴言。相手をけなす言葉です。男の子でも女の子でも、よい子は絶対真似しちゃダメですよ?


 お兄さん王子はこの最低な言葉を、たくさんの人が集まっている場所で堂々と言い放ってしまいました。最低です。

 この事件を境に、お兄さん王子のそばにはご令嬢たちがほとんど近寄らなくなってしまいました。当然ですね。みんな誰だって、けなされたくなんかないですもの。

 簡単に言えば、お兄さん王子はご令嬢たちに嫌われてしまったのです。

 こうやって、一度やらかしてしまうと取り返しのつかないことというのはあんがいたくさんあるものです。みんなも気を引き締めて、少しずつ学んでいきましょうね。


 さて、この状況に焦ったのが、王妃さまです。

 お兄さん王子が嫌われてしまったら、お嫁さんが来てくれないではありませんか。

 しかもけしからんことに、最初の三日が終わるとお茶会に参加するご令嬢の数ががくっと減ってしまいました。最終日までにちゃんとお茶会に出席したご令嬢の総数は、参加予定の人数に全然足りていません。明らかに王命違反です。

 理由を聞けば、少なくはないご令嬢が、病気または事故などのトラブルが原因で登城できなくなってしまったというのです。当初から予測されていたことではありますが、ちょっと不自然に件数が多すぎます。


 これ、実はずる賢──もとい思慮深い貴族たちが仕組んだ集団欠席でした。

 最初の三日間、しっかりとお茶会と王家のかたがたの様子を見極めた控えめ令嬢たちの報告から、その情報を受け取る立場にあったほとんどの貴族たちは「今回のお茶会に出席する意味はない、むしろ出席することでバカを見る」と、そう判断したのです。

 お兄さん王子はいつも離宮に引きこもっていて、どういう人物なのか、人となりを知っている貴族はほとんどいませんでした。ですからみんな、お茶会前は少し慎重に行動していたのです。が、お茶会でのやらかしやその前後の状況などを考えて、結局「関わり合いにならぬが賢明」という結論が出てしまったのですね。

 人前で他人を馬鹿にする言葉をしれっと言い放つ王子さまに娘を嫁がせるなんて、心ある親ならごめんですものね。そんなお兄さん王子を育ててしまった王妃さまと縁続きになるのも嫌すぎます。絶対性格悪いですもの。

 政治的な意味でも危険です。国内ではある程度ごまかしが利いたとしても、外交の場なんかで他国の偉い人相手に同じような無神経発言をしないとも限りません。そのせいで親交のある国家との関係が破綻でもしたら、その悪影響は貴族から平民まで、国内の隅々にまで及ぶことでしょう。お兄さん王子がその責任を取らざるを得なくなった時、彼のもとにお嫁に行ったご令嬢やそのご実家も巻き込まれないとも限りません。


 なので、利益と不利益を天秤にかけて、不利益が多いと考えた貴族たちはあれやこれやの言い訳でお茶会参加を見送ったのです。まあ言ってしまえばボイコット、おサボりですよね。よい子のみんなは真似しちゃダメです。

 ……ですが、大人になったら、大人の判断としてこういうことも必要になるかもしれない、というのは覚えておいてもいいと思います。もちろん、その結果がどう転んだとしても自己責任ですので、用法用量を見極めて正しい判断ができる大人になりましょうね?

 この時の貴族たちも勝算があると判断したからこそ、思い切った手段に打って出ることができたのです。


 王命は絶対ですが、それは原則論。正直なところ、思慮深い貴族はみんな、最初からこの王命が王さまの本意であるとは思っていませんでした。

 それを裏付けてくれたのが、お兄さん王子のやらかしでした。彼の失態を、王家は取り繕うことをしなかったのです。

 公式にお兄さん王子を謝罪させて罰を与えたりとか、逆にご令嬢がたに箝口令を敷いて噂を封じたりとか、やれることはいろいろあったのに一切しませんでした。王妃さまがあからさまに状況を軽んじていたとしても、王さまが事態の深刻さに気づいていないはずがないのに、です。

 自身の王命において開催を宣言したお茶会で起きた主催側の失敗を、きちんと対処せず放置する……

 それはもはや、王命の価値を自ら下げるような所業です。

 そこに王さまの本心があるとするならば、貴族たちがお茶会に出席するか欠席するか、そんなことはどうでもいい、と王は考えているのではないのか──そんな結論が浮かび上がってくるのです。


 実際、これは大当たりでした。

 王さまは最初から、この王命が多少無視されても問題ないと思っていました。まあ、無条件に許してしまっては示しがつかないので、「やむにやまれず」王命を破った貴族にはのちのちかるーいペナルティは課されましたけどね。

 たとえると、みんなの宿題が倍になったくらいの感じです。ね、軽いでしょう? 軽いんですよ?

 ……コホン。それはともかく、事態はほぼほぼ王さまの思惑どおりに動いていたのです。


 王さまの企みはこうです。

 王妃さまが手塩にかけて育てたお兄さん王子は、王妃さまの影響を大いに受けた世間知らずに育ってしまいました。人前に出れば何か失敗をやらかす可能性は、最初からとっても高かったのです。

 むしろ「問題を起こしてほしかった」というのが王さまの本音でした。

 まあ、たとえお兄さん王子さまが奇跡的に何も問題を起こさなかったとしても、起こさせればいいだけの話で……ああいえ、ここまでは言わなくていいですね。ええ、なんでもありません。

 今回のお茶会は大々的な行事であるだけに、お兄さん王子が問題を起こせば貴族社会全体に情報が行き渡り、お嫁さんが来づらくなるだけでなく、王さまの後継者……つまり次代の王としての適性に疑惑の目が向けられることでしょう。

 有力貴族の協力や納得を得られなければ、たとえ最高権力者である王さまや王家のかたがたであっても、王位を好き勝手に継承するというのはできません。というか、やってできないこともないけれど、本当にやってしまったら次の王さまがとんでもなく苦労します。不満を抱えている貴族たちに協力してもらえなくなってしまいますし、いじわるや妨害をされたり、もっと悪くすると早死にしちゃうかもしれないのです。……なんで死んじゃうか? ……えぇと……そうですね、そういうことはもうちょっと大きくなったらわかるかなぁ……?

 と、とにかく、貴族のことなんか全員召使いのように扱っていた傲慢な王妃さまでも、貴族たちから完全にそっぽを向かれてしまっては、お兄さん王子を王さまにできません。なんたって、お兄さん王子には継承権を持っている優秀な弟が二人もいるのですから。初めから代わりはいるのです。


 え? それなら別に、ほかの王子さまが王さまになったっていいじゃないか、ですか。うーん、そうですね、他人から見ればそのとおりなんですよね。

 ……真ん中の王子さまも末の王子さまも王妃さまの子供なのに、王妃さまがなぜお兄さん王子さまだけを愛してひいきしたのか、なぜ彼を王位につけることにこだわり続けたのか。本当のところは王妃さまにしかわかりません。

 ですがこういう親御さんは意外と多いんです。我が子を均等に愛せないとか、初子(ういご)だけ、末っ子だけ、あるいは自分に似ている子供だけを愛したり、逆にひどくいじめたり……。なぜかはわからないけれど、親になったら自動的に自分の子供のことがいとおしく感じる、というふうにはできていないみたいなんです。

 こういうことは誰にでも起こりえます。

 嫌な話ですよね。私は嫌だと思います。みなさんはどう思いますか? よく考えてみましょうね。そうして、自分が大人になって親になった時に、今の話をもう一度思い出して、自分自身のことを振り返ってみてくださいね。


 ──さて、話をもとに戻しましょう。

 お茶会を開催した結果、「王さまの狙いどおりに」お兄さん王子の評判がガタ落ちになりました。

 貴族たちのボイコットは、そのまま不満の表明でもあったのですね。表立って批判はしないけれど、今のままではお兄さん王子を支持することはできない、という無言の声です。貴族仕草とはかくあるものなのです。

 このままでは理想的なご令嬢をお嫁さんに迎えるのはもちろん、そもそもお兄さん王子を次の王さまにするのも難しい状況です。

 この失態を取り戻すためには、王妃さまとそのご実家は奔走せざるをえません。王さまの企みどおりに、悪い王妃さまをこらしめることができたというわけです。


 ……え、物足りない? もっときっちり罰してほしい? いえいえ、それはだめです。

 そうですねぇ、王妃さまはちょっとたちのよくない人です。あんまり賢明とは言えないお兄さん王子が復権する可能性を残しておくのも、ちょっと危ないです。だからいっそのこと王族をやめさせて、権力を取り上げてしまいたい……という心情はわかります。

 ですが王妃さまもお兄さん王子も、「たちが悪い」だけであって、犯罪者ではありません。……この時点では。

 王妃さまは王子さまたちを平等に愛さない悪い母親ですが、結果的に、王妃さまに育てられなかった二人の王子さまは立派に育ちました。

 お兄さん王子のお茶会での失態も、実際に誰かが怪我をしたり亡くなったりしたわけでもない、ただの暴言です。見ようによっては大したことではないと割り切ってしまうこともできるでしょう? たった一度の軽い失敗なのです。貴族たちの信頼を失うという取り返しのつかない結果にはなりましたが、だからと言って改めて大きな罰を与えるほどのものでもなかったのです。

 この国にはきちんと法律があります。法が示す以外の刑罰も私刑も認められません。王さまならそこを飛び越えて民を裁くこともできなくはないのですが、あまりやるべきではありません。一度例外を認めてしまうと、時の権力者がその時々の気分で理不尽に人を裁く口実になってしまうかもしれませんから。その時裁かれるのは、王位から退いた今の王さまかもしれませんしね。

 ですから、王さまが王妃さまをこらしめるのもこれが限界。というか、ほとんど自滅してくれたようなものですけどね。

 面と向かって誰かを断罪するのって、実のところものすごくハードルが高いのです。


 ……ですからきっと王さまだって、そのあと王妃さまがもっとたいへんな事態に巻き込まれるなんて、夢にも思わなかったに違いありません! ええ、ええ、もちろん!


 王妃さまは、すっかりしょぼくれてしまったお茶会をなんとか最後までやりきったあと、一度ご実家に帰省することになさいました。

 表向きには大仕事を終えたお疲れを癒やすための静養とのこと。まあ、それを信じていた人は多くはないでしょう。ご実家に相談してお兄さん王子を次の王さまにするための新しい算段をつけようとでもしているのだろう、という推測が主流だったと思います。


 ですがそういった予測も遥かに上回る、衝撃的な事件が発生しました。

 なんと王妃さま、失踪してしまったのです。


 帰省のための移動中、ご実家の領境(りょうざかい)に入ってまもなく、馬車ごとこつぜんと姿を消してしまわれたそうです。

 人ひとり行方不明になるというのはもちろんそれだけでもたいへんな事件ですが、それが王妃さまとなればもう国の一大事です。王家はすぐに捜索のための手勢を王妃さまのご実家の領地に送り込もうとしました。


 が、あろうことか、王妃さまのお父さま──つまり王子さまたちのお祖父さまでもいらっしゃる侯爵さまが、外部からの援助をきっぱりと断られました。「娘の行方は自力で捜す」と言い張って。


 これはちょっとおかしなことです。確かに貴族たるもの、領地内の問題はなるべく領主自ら内々(ないない)に解決しておくべきではあります。しかしことは一国の王妃さまの失踪ですから、その理屈はちょっと通りません。

 それにですね、もう「王妃失踪!」という第一報はすでに国中に知られてしまっています。その情報が大々的に漏れてしまっている時点で、内々にことを収める能力なんて侯爵家には期待できません。そのくせ「自力で捜索してみせる」なんて片腹痛い……ちゃんちゃらおかしい……えぇと、筋が通らない話なんですねっ。


 この時の侯爵さまの態度があまりにも怪しかったので、結局王妃さまの失踪は「王妃さまが自ら実家に引きこもってしまったと知られるのは外聞が悪いから、侯爵の独断で失踪ということにしてごまかしているのだろう」と判断され、国は「侯爵さまの意向を尊重して」事態を静観することになりました。

 ……あ、いえ、ほんとはこれもよくないんですよ? 何度も言ってますけど、仮にも一国の王妃さまですからね? 本当は、侯爵さまに拒まれてたとしても、無理やりにでも捜索隊を送り込むべきなんです。

 ですが、この王妃さまの場合、そこまで張り切って探さなければならないほど必要な人じゃなかったというか……普段から離宮にこもってばかりでろくに公務もしていないかたでしたからね。いなくなっても内政にはほとんど影響なしです。

 外交に関しては、公式の場にファーストレディがいないとちょっとかっこつかないですが、正直それだけです。王妃さま自身、他国の要人からもあまりいい印象を持たれていなかったようなので、むしろいないほうが何事もスムーズに運ぶくらいでした。

 ね? 普段からこつこつ頑張って周りの人の信頼を得ておくのって、とっても大切なことでしょう?

 それが出来ていなかった王妃さまは、事実上、王家にも国にも見捨てられてしまったのです。


 そうして王妃さまサイドが不気味に沈黙している一方で、王城ではまた別の問題が急浮上していました。

 お兄さん王子が、自分から王位継承権を返上すると言い出したのです。


 なんでもお兄さん王子、恋をしちゃったそうで。そのお相手が、どうやら国外へ出国してしまったらしい、追いかけたい、と。

 王族が出国するためには、いろんな手続きや偉い人の承認が必要になります。王位継承権があるとなおさら自由にはいきません。次の王さまになるかもしれない人を国外で守るには、とんでもない労力が必要になりますからね。

 そのうえお兄さん王子、実はお相手の行き先を知りませんでした。お相手のご家族が教えてくれなかったそうです。お茶会の暴言で信用をなくしちゃったんですね。

 ほとんど手がかりのないところからお相手を探し出さなければなりませんから、どれだけ時間がかかるかわかりません。そもそも「恋した相手を見つけ出したいから」なんていう個人的かつ身勝手な理由で、玉座に近い王族の出国が許されるわけもありません。

 だから、自分をこの国に縛り付けている邪魔な王位継承権を放棄してしまいたい、と……。

 うーん、あらためて思い返すと、とんでもない飛躍です……王子さまなんですから自分で探し出そうなんてせずに、人に命じて探させればよかったのに。……いえそれだけ真剣だったということでしょう。彼女のことは自分自身の手で探し出さなければ意味がない、とか。ロマンス小説のヒーローならそれなりに人気出たかも?


 お兄さん王子を失脚させたいと思っていた貴族たちでさえ、こんな理由で継承権返上を承認しちゃって良いものか、けっこう迷ったみたいですね。

 普通、継承権の放棄や返上って簡単に許しちゃいけないものです。「責任なんか負いたくなーい」って、逃げ出す王族が多いと国が成り立ちませんから。

 ですがお兄さん王子の意志は堅く、頑として退()きそうにありません。貴族の中でお兄さん王子の王位継承を危ぶむ声は日を追って増すばかり。もともと王族らしいお役目を何一つこなしてこなかった王子さまが国からいなくなっても、正直誰も困りません。むしろ大歓迎。さらに今なら王妃さまや侯爵さまの横槍も入りようがないでしょう。

 侯爵さまの派閥の抵抗があったりもしましたが、さほど時を待たずして貴族院の承認が()り、王さまも広いお心で継承権の返上を許しました。

 お兄さん王子は晴れて自由の身。意気揚々といとしい人探しの旅へと出発していきましたとさ。

 彼が彼女を見つけ出せたかどうか……その結末はまだ、誰も知りません。


 というわけで、王城側の騒動はこれにて一件落着。残る問題は侯爵さまご一家です。

 この頃の侯爵領は、財政難や治安の悪化でずいぶんと荒れていました。侯爵さまの統治は失敗続きで、いろんな手綱(たづな)が緩み始めていたのです。そのため、あくまで噂の範疇であったはずのあれやこれやが、実害をともなって近隣領にも漏れ始めていました。

 結果、長年侯爵さまの黒い噂を調査していた王さまのもとに急速に不正の証拠が集まり、王さまはいよいよ大鉈を振るうことになりました。侯爵領の摘発です。

 強制捜査に踏み切った調査団は、次々に侯爵領の不正を暴いていきました。脱税、禁制品の密輸入、密造酒の醸造、違法薬物の流通、地下組織との癒着……でるわでるわ悪行の数々。その全てが、侯爵さま首謀のものであることは明らかでした。


 そして当初の見込みどおり、王妃さまは領地内の侯爵家の別邸にいました。

 本人は何者かに監禁されていたのだと主張しましたが、髪もお肌もつやっつや、王城を出る前と比べてもたいそう元気いっぱいで、そう言われても無理があります。

 そもそも侯爵家の私邸で軟禁されていたとなると、常識的に考えて犯人はお父上である侯爵さまということになってしまいます。さもなければ、侯爵さまが「自分のお屋敷を他人に利用されていても気づけない規格外のまぬけ」ということになってしまいますものねぇ。


 こうして侯爵さまは大量の罪で裁かれ牢獄へ。

 王妃さまは罪人の娘であるうえに、日頃の言動のまずさに加えて今回の狂言失踪、さらには侯爵の犯罪に少なからず加担していたらしい痕跡も見つかって、とても王妃にしてはおけないということになり、速やかに王族から除籍されました。王子さまを三人もお産みになった功績との相殺(そうさい)でしょうか、多少の恩情はあったようですね。

 もっとも、実家に戻された途端、即座に親族の人たちの手によって牢獄みたいな北の修道院に放り込まれてしまっていますから、収まるべきところに収まったと言えるでしょう。


 こうして、高飛車な王妃さまはほとんど自業自得で最高位の身分を失い、ぜいたくな暮らしから一転、つらく厳しい極寒の修道院で一生を過ごすことになりました。

 その()の王国は、真ん中王子さまが王位を継ぐことに決まり、今なおご健勝な王さまと賢い王子さまたちのもとで、平和な時代を謳歌していくのでした。

 めでたしめでたし。

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