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27)エピローグ:なんやかんや幸福に暮らしたようです

 さて、話を新米王太子とその妃へと戻そう。


 第二王子ブラッドリーの立太子はつつがなく成された。

 反発の声はほぼ上がらなかった。なにぶん、第一王子派閥についていた貴族たちは、第一王子の継承権返上騒動に加え、当座の派閥首魁であった侯爵と王妃の凋落によって、大混乱に陥っていたのだ。さらにこのタイミングで、本来の派閥の長であった某公爵の跡継ぎが狙い澄ましたかのように長の座をかっさらうという逆襲劇が重なり、プチ内紛状態に。

 立太子はこの混乱を突く形で実行され、気づいた時には完全に後の祭り。

 否やを唱えたところでもはや派閥に力もなく、苦し紛れの嫌がらせに走ったところで割りに合わない反撃を食らうこと必至だ。そもそも派閥が担ぎ上げていた第一王子その人が、継承権を返上した挙げ句に国に寄り付かないのだから、もうどうしようもない。

 新たな長も若くして上手いこと派閥を御しているようで、先代の願いを聞き届けて侯爵に首輪をつけてくれた国王への感謝の意を示し、王家との対立路線を緩和する方向に派閥の舵を切った。さすがに完全な融和とはいかないが、少なくとも政局にかこつけた無駄な対立は劇的に減っている。

 ブラッドリー王太子の滑り出しは、まずまず良好といったところである。


 一方キャロラインとの婚約──すなわち王太子妃内定にも、表向き反発はなかった。

 つまるところ、裏ではまあいろいろとあったのだが。


 まず実家。

 長女を片付けてから次女の処遇を、という方針が一気にひっくり返されて、まあそれなりに大騒ぎだった。

 と言っても、王太子妃となれば望みうる最上級の縁談だ。両親はもちろん反対などせず、ひたすら輿入れの準備に追われ、その先に待つ姉の縁談によりいっそう頭を痛めていた。


 キャロラインにとって若干面倒だったのは姉本人だ。

 第一王子の「生理的無理」発言が相当堪えたらしく、「そんな王家に嫁ぐなんて可哀想」とか「嫌なら嫌ってちゃんと言わないと駄目よ」とか、まあうるさいしつこいうざい。第一王子も王妃も失脚したと言い聞かせてもでもでもだってと延々続く。

 姉は純粋な善意でキャロラインのことを思って忠告してくれている……つもりだろう。実際その気持ちが主軸にあるのは間違いない。

 が、そこは人間だ。妹に先に嫁ぎ先を決められてしまった焦り、それがこの国最上級の玉の輿であることへの嫉妬、自身が領地を預かり婿取りすることが確定しモラトリアムが終わってしまう現実からの逃避……無自覚ながらに、大なり小なりそうした薄汚い感情も透けて見えるのだ。

 この姉を黙らせるためにキャロラインがどのような言葉を尽くして説得を行ったかは……ぜひとも訊かないでいただきたい。

 「対話」の翌日、姉の態度がコロリと変わり、キャロラインと第二王子についての話題が出るたびに、ほう……、とため息ついて「ロマンティックよねぇ」とうっとりしている有様から察していただくしかない。もはやこの話題に思考を回す気力がキャロラインにはない。


 ……ある意味、姉がお花畑のでくのぼうでいてくれていたことが、図らずもキャロラインの選択肢を「ありきたりな淑女」の外側へと広げてくれた。姉の将来を不安視した両親が、しっかり者の妹へといろいろな教育を試してくれた結果として、キャロラインは自身の才能を前向きに捉えることができたとも言える。実は姉へはそれなりに感謝していたりするのだ。

 だが、王家に嫁ぐキャロラインが今後姉をフォローすることはできない。そろそろ互いの道を歩む時。

 周囲が支えれば、お花畑はお花畑のままでもなんとかなる。だがプカプカ浮いているだけの風船にはおもりをつけねば危なっかしい。放っておけば第一王子の二の舞いだ。

 領地と婿取りの責任は、少しは姉の足を地につけさせてくれることだろう。


 そして王城の反応。

 シモンズ家はどこの派閥にも属さず、一応のところ中立の看板を掲げている。

 中立だから各派閥の反感を買わない……なんてことは当然ない。中立派は勝者にとっても敗者にとっても、肝心なところで戦力にならなかった余所者なのだ。

 第二王子派はキャロラインがどれほどの妃の器かと常に試すような眼差しで見つめてくるし、元第一王子派は横から利益をかっさらった馬の骨とばかりに憎々しげに睨んでくる。あの茶会の一件を経てもなお、イケメン第二王子との婚約への僻みやっかみをぶつけてくる令嬢も少なくない。婚約してからはそんなことが連日で、さしものキャロラインも若干の疲弊を覚えずにはいられなかった。


 とはいえなんの策もなく突っかかってくる令嬢方は、実のところ美味しい獲物でもあったりした。大抵の場合、ちょっとした政治問答や領地経営の話題でもふっかければ簡単に撤退してくれるからだ。嫌がらせも想定内で対処しやすい。

 その様子を見て、第二王子派はキャロラインの評価を上方修正してくれるので、味方を増やすのに一役買ってくれたわけである。

 あと、「可愛げがない」だの「王太子に不釣り合い」だの「どうせすぐに飽きられる」だの、ロマンスお決まりの女のプライドと不安を刺激するような挑発は、ほぼ空振りに終わっている。実際言われてみると「おまえは何を言ってるんだ」感がひどい。

 んなこたぁキャロラインが一番よくわかっているのだ。婚約したからには不釣り合いだろうがなんだろうが腹をくくるしかないし、上流階級だろうが庶民だろうが紳士だろうがダメ男だろうが、男の浮気問題は男女関係の永遠のテーマである。生来男性脳気味でかつ、ちょっとアレな姉のおかげでしっかりせざるを得なかったキャロラインの、その辺の割り切り方は半端ではない。

 ……可愛げがない件に関しては、今後、要努力、ということで。


 ともあれ概ね大事にならずに対処した令嬢方とは対照的に、元第一王子派残党やそれ以外の腹に一物抱える貴族たちは、嫌がらせが巧妙に悪質化し始めたあたりでブラッドリーに一網打尽にされていた。

 キャロラインは自己判断で相手を侮ったりしない(第二王子を侮ってえらい目を見たので余計に慎重になっている)し、相手に温情をかけて告げ口を控えたりもしない。大きなことから小さなことまで、婚約者に報連相を欠かさなかったのである。


 心配をかけたくないから黙っておくとか、迷惑をかけないように自力で問題解決して度量を見せるなどといったロマンス小説でよくある美談は、現実の王城では無能のすることである。

 貴族には派閥があり、立場があり、対立があり、各々の思惑がある。そしてそれは時勢によって流動、変化していく。貴族をまとめ上げる立場にある王家は、常にこれを把握しておかねばならない。

 だからこそ貴族の動向の機微は情報の宝庫だ。第二王子の婚約者にちょっかいを仕掛けてくる子女は、果たして感情任せの独断行動なのか、あるいは親や派閥の意向に沿ったたちの悪い尖兵なのか。後者だとすればどんな意図があるのか、どこと繋がりがあってどんな利益を得ようとしているのか。それらを判断するには、情報を一箇所に集めて俯瞰的に精査するのがてっとり早い。

 そしてその上で、どういった意図をもってどのように対処するのか、婚約者と方針を一致させておくまでが必須事項だ。政治には戦略というものがあるのだから、棋士である第二王子の意向を鑑みずに独断で動いて盤上を荒らすなど、足を引っ張るのも同じこと。

 優しさだのけなげさだので自分を着飾るために、あるいは嫌われたくないなどという弱気な保身のために、情報を握り潰して独断専行している場合ではない。そもそも「迷惑をかけたくない」とか「心配させないため」とかいうのが根本的に甘えている。男に守ってもらうことが大前提の考え方だ。


 二人で共に戦うために、意思疎通を欠かしてはならないのだ。

 互いに情報と知恵を持ち寄って、二人で手を取り合って困難に立ち向かう。それが王族と婚姻を結ぶ覚悟というもの。

 そもそもパートナーからの相談が迷惑だなんていう男は無能を晒しているようなものだ。政の戦場である王城における生存能力が極めて低いことが見込まれるため、手を尽くして縁を切り逃げ出すのが賢明である。でなければ男の尻を叩いて教育し直す気概が必要だ。


 ……という持論を婚約者との交流の時間に熱弁したところ、


「ということは、キャロラインにとって俺は、パートナーとして合格ということになるのかな?」


 と、キャロラインからの報連相を一言一句とて疎かにしないブラッドリーにイイ笑顔で返された。

 一瞬虚を衝かれたキャロラインが、顔を真っ赤にしてそっぽを向きぷるぷる震えて、ブラッドリーを大いに楽しませたのは言うまでもない。


 そしてこのやり取りは、以後、公の場でも散見されるようになる。




 王太子の結婚式という晴れの日であるこの日、いかにも子供っぽく拗ねる王太子妃の姿は初めて民衆の前に披露された。

 目撃した民衆は何事だろうかと首を捻った。が、ますます愉快げに肩を揺らして抱き寄せるように寄り添った王太子が、背後から妃の耳元に何かを囁きかけ、そむけた顔を赤くして頬袋を膨らませていた妃がさらに首まで真っ赤にさせて涙目にまでなったところを見て、いろいろと察する者も少なくなかった。

 その後、様々な場面で似たような光景が繰り広げられるにつけ、そつがないけれど時々腹の黒い王太子と、しっかり者なのに時折激しく子供っぽくなる王太子妃の、一風変わったじゃれあいには、国民の生暖かい視線が注がれるようになっていくのだった。




End


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― 新着の感想 ―
[良い点] 地の文が多くてもするする読ませる文章に、ヒロインの知性を感じられます。 腹黒い男に捕まる展開はヒロインの無力感に同調してストレスを受けがちですが、「この女性を手に入れるためには一度徹底して…
[良い点] 面白かったです。 特に引導シーンは今後長いこと私の記憶に残る名シーンになりましたw [一言] 〉大きなことから小さなことまで お〜っきっなこっとから♪ ち〜いっさっなこっとまで♪ 動かすち…
[気になる点] この国の貴族は、皆殺しに(政治的にでも)した方が良いはずです。 酷い理不尽がいくらでも有る事が明確です。
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