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23)王家の事情:実の両親に育てられないほうが幸せってこともある

 ブラッドリー第二王子の人生は、現国王エグバートが王子であった頃に概ね宿命づけられていたと言っても過言ではないだろう。


 エグバートは第四王子だった。額面通り、スペアのスペアのそのまたスペアぐらいの立ち位置だ。本来は。

 国は当時すでにどっぷりと平和に浸かっていたし、継承権争いをするような世相でもなかった。

 が、最終的に第四王子に王位継承のお鉢が回ってきたのは、三人の兄王子がやらかしまくって次々急逝したせいである。


 第一王子、痴情のもつれの末の刃傷沙汰。

 第二王子、駆け落ちの果てに野盗の襲撃にあい横死。

 第三王子、腹上死(当時まだ十代)。


 兄たちの死を知らされるたびに、高山地帯に棲むキツネのようなスレた目をしていたという幼き日のエグバート少年の心境は、想像に難くない。

 それでなくとも生来から人情に対して淡白なところのあった第四王子は、この経緯によって恋愛というものへの幻想を完全に捨て去ったのだと思われる。


 しかし王となり、玉座に座るからには、妃を娶る義務が生じる。

 もちろん政略結婚で論理的に妃を決める気満々のエグバートである。

 そこに持ち上がったのが、当時急速に台頭していた侯爵家の令嬢、デリラ──すなわち現王妃との縁談だった。

 力のある貴族との繋がりをより強くして立場を盤石に……というわけではない。


 侯爵の台頭にはちょっとしたからくりがあった。

 侯爵家が伝統的に所属していた派閥の長が、代替わりにつまずいたまま病に倒れ、その隙を突いて侯爵が派閥を牛耳ってしまったのだ。


 侯爵は悪知恵は働くが、抜きん出て高い能力を持っているとは言えず、大局を動かすような視点も持たない。良い時は良いが悪い時は悪い、その時の勢いによってムラっけのある小物だ。考え方も小悪党じみていて浅慮が目立つ。一歩間違えれば派閥や周囲の者を巻き込んで破滅しかねない。


 事態を深刻と見た派閥の長は、病を押して筆を執り、なんとか侯爵の手綱を握るよう王家に進言してきたのだ。

 政治方針で折り合いの悪かった大貴族に恩を売るまたとない機会。エグバートはデリラを妃に迎える形でこれに応えた。


 案の定、侯爵は孫が未来の王になるというおいしい状況に舞い上がった。取らぬ狸の皮算用で無駄な出費を重ね、陰で嗤われているとも知らずにやたらと偉ぶってみせる。

 ただ、のちのちのことも少しは考えているようで、目に見えて王家や国益に反目する行為は確実に減っていった。

 エグバートも多少の悪事には目をつぶってやったし、大事になりそうなら事前に手を回してそれとなく潰させた。

 領内での悪事に関してはさすがに上手く隠蔽していたが、小さな証拠を少しずつ掴んで蓄積し、来るべき時に備える。

 侯爵自身はそんな王の思惑に気づいてもいない。完全なる飼い殺しである。


 かくして侯爵は気づかぬうちに檻の中。

 王妃となったデリラが立て続けに三人の男児を成したことも、王家存続の意義において思いがけない収穫だった。


 ただし、デリラが初子を溺愛し、次男三男に一切の興味を示さなかったという新たな問題も浮上したが。


 なにぶん第一王子アルフレッドは赤子の頃から美しかった。次男もよく似た造形を持って生まれたが、アルフレッドの儚げな雰囲気は他者にはない魅力だ。これが美貌とあいまって奇跡の芸術品だと、デリラの自尊心を大いに満たしたのである。

 そして彼女の愛情は、比較して劣る(と彼女自身が判断した)次男と三男に振り分けられることはなかったのだ。


 エグバートは子に格差をつけるデリラの振る舞いに眉をひそめはすれど、具体的な苦言は表明しなかった。

 代わりに、次男三男は赤子のうちにきっちりと取り上げ、デリラとの接触を極力絶たせた。そして母代わりに気立ても家柄も良い三人の乳母をつけて養育させたのだ。


 朗らかな三人の乳母は協力しあい、預けられた王子たちを自らの子と別け隔てなく育てた。二王子はやんちゃな乳兄弟たちに混じって、口も手も足も平然と出るような、気の置けない兄弟関係を築いている。

 ブラッドリー自身、実母の不在や淡白な父の態度に思うところがなかったわけではないが、ないものねだりの贅沢だと割り切れる程度には周囲が騒がしく、悩むのも馬鹿馬鹿しかった。チャールズも似たようなものらしく、のほほんと育ったものである。

 振り返って見ても明らかに、実の両親に手ずから育てられるより遥かに良質な幼少期から思春期を過ごせた自覚がある。


 父は、母と自身に欠落している家族への愛情を外注で補完し、見事に成功に導いてみせたのである。


 一方でアルフレッドは変わらず実母デリラの元に預けられ、蝶よ花よと育てられた。

 生来控えめな気質だったらしく、あの母に育てられておいて横暴だったり高飛車な性格にはならなかったのはちょっとした奇跡だが、とはいえ常識に疎く空気が読めない顔だけ男に成長したのはなるべくしてなった結果としか言いようがない。


 だがエグバートはわかっていながらも、デリラからアルフレッドを取り上げることはなかった。

 アルフレッドさえ手元にあり、それなりの贅沢が持続できれば、デリラが満足することを知っていたからだ。

 そして侯爵も、物分りの良い初孫が将来自身の傀儡となって玉座に君臨する夢を見る。結果考え方が固定化され、外側からコントロールしやすくなる。

 アルフレッドは、デリラと侯爵を飼い殺しにしておくための、生贄に等しかった。


 為政者としてのエグバートのその手腕は称賛に値するが……この点に関してだけは、ブラッドリーにも思うところがあった。

 何かの間違いでアルフレッドの容色を持って生まれていれば、生贄にされていたのはブラッドリーだったのかもしれないのだから。


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