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19)しれっと実行されていた(不)要人誘拐

(もう気絶してしまいたい……)


 疲れた脳が現実逃避と糖分を欲する切実な救難信号を胆力で無視し、キャロラインは自分自身を叱咤した。

 この話は、なあなあで済ませていいものではない。すべての疑問も疑惑も今この場で解消しなければならない。

 ……たとえ、話のオチにある程度あたりがついていようとも!


「……第一王子殿下の継承権返上を、王妃様と侯爵家が許しますか?」


「ああ、許さないな。母上と侯爵がこの話を把握していれば、の話だが」


「…………何をされたんですか」


「失礼な。何もしてないさ、直接的には」


(つまり間接的には何かしたってことでしょうが!)


 キャロラインの胸中の悪態が聞こえているかのように、第二王子はフッと失笑しながら肩を軽く持ち上げた。


「例の茶会の直後、兄上と同じく母上も行動を開始した。茶会中から侯爵──つまり実の父親に面会を望んでいたようだが、侯爵の都合がつかず領地を離れられないからと、母上ご自身が帰省することになったんだ」


 どうせ第一王子を王太子にするための悪巧みを相談しに行ったのだろう。

 二週間に及ぶ茶会という大仕事を終えた後だ。直後すぎる気はするが、まあ実家で羽休めという対外向けの口実には悪くはない時期と言える。


「ところがその道中で、母上が行方不明になった」


「へあ!?」


 急転直下の展開に、キャロラインの口から変な声が出た。


 当事者の息子でありながら、第二王子は平然としたものだ。まああの母親に含むところはたっぷりあるだろうから、こうした態度も不自然というほどではないが。

 ……もちろん「自分の母親のことなのに心配じゃないの?」などという眠たい定型句を言うつもりはない。だがこの落ち着きようはもっと別の……


「まあ行方不明とは、侯爵の釈明だが」


「……どういうことです?」


「母上の馬車が侯爵家の領地に入ったところまでは裏が取れている。つまり母上は侯爵領内で行方が知れなくなったわけだ」


「では、侯爵領で捜索を」


「当然そういう話になった。ところが侯爵は、王家から捜索隊を送るという申し出を、事実上拒んだ」


「うわっ」


 キャロラインは素でうめいてしまった。

 そんなもの、領内を探られたくないやましい理由があると大々的に公言しているも同じことだ。立ち回り下手すぎか。この娘にしてこの父ありというか、どうも「悪巧みの好きな小者」感が半端ない。


「侯爵は独自に領内を捜索させてはいるようだが、捜索に割く人員確保に難儀しているらしく、遅々として成果は出ていない。母上の失踪は当初こそ王城内で騒がれたものの、近頃はあまりに頑なな侯爵の態度を腐して、「王妃自ら実家に引きこもったのを外聞が悪いから失踪扱いにしているだけだろう」と放置気味だな」


「……ということはまだ王妃様の身柄は見つかっていないのですね……さすがにどうかと思いますが……」


 人道問題さておいて、一国の王の伴侶が行方不明というのはあまり体裁がよろしくない。


「問題はないさ。なにせ母上にはこれまでの「実績」がおありだ。城にいなくともなんの問題もないし、対外的にも「王妃の気まぐれ」で充分通じる。すでに積み上がった「信用」が下の方向にカンスト状態だからな。これが続けば、長期に渡る公務不履行を理由に、本人不在のまま静かに離縁の運びに持っていくのもありかもしれない」


「すごい……仮にも王太后になる資格のある人の価値がゴミのよう……」


「ああ引かないでくれレディ。子を産むだけが自分の責務だと勘違いしている王妃が、子を産んだ報酬分の贅沢と権力を充分に享受したあとにお役御免になるだけだ。むしろ王家が被った諸々の不利益を考えると、少し与えすぎかもしれないな」


 ……言外に「君ならそんな馬鹿な真似はしないだろう?」という幻聴が聞こえてとても怖い。

 というかさっきからずっと両手を包まれたままなのだが、なんだろうかこれは。セクハラだろうか。正直何か政治的方面の目的があっての芝居であってくれると精神衛生的にとてもとてもありがたいのだが。

 などという現実逃避に一瞬思考が飛んだが、しかしやっぱりキャロラインの脳みそは小賢しく回ることをなかなかやめてくれない。


「しかし王妃様が行方不明というのは不穏当にすぎます。……利用される可能性は摘んである、ということですか?」


 腐っても一国の王妃だ、人質の価値はある。それにあんな王妃でも、王家でしか知り得ない情報なども多少は持っているだろう。拷問にかけられでもしたら一瞬で吐く……いやむしろ誘拐犯側に積極的に協力することで保身を図る可能性も高い。


 第二王子は口元に笑みを湛えたまま答えない。……ここでは言えない謀がある、ということか。


 おそらく王妃かどわかしを王家が主導したなどということはないだろう。目の前の第二王子も、あの国王も、そこまで危ない橋を渡るほど愚かとは思えない。

 だが、王妃や侯爵家に思うところのある何者か──それもある程度力のある家や組織や勢力などに繋がっている人物に、王妃のスケジュールを漏らすというさりげなくも「間接的」な行為ならば、ハードルはかなり低い。

 この場合、情報を漏らした相手に弱みを握られることに……いや、誘拐が実行されてしまったのなら双方は共犯ということになる。

 秘密は秘密で贖われる。今王家と結びつきを強くすることに意義があるのは──


「……殿下。西の辺境伯閣下はお元気ですか?」


 好奇心の赴くままに訊ねてしまったキャロラインに、第二王子は満足げな笑みを返した。


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