16)男ってサイテー!
「そうか」
結局多くは語らぬまま黙り込む形になってしまったキャロラインに、かけられたのはそんな端的な言葉だった。
同情も嘲りもなく、淡々と、どこか真摯な響き。
キャロラインは知らぬ間に下がっていた視線を思わず跳ね上げた。
第二王子は真顔だった。肯定も否定もない。ただ友人の悩みを真面目に聞いて、言葉少なに咀嚼しているかのような、心地よい間。
胸の奥に熱い液体が注ぎ込まれるような感覚を、キャロラインは確かに感じた。
……が、しかし。
ふいに、第二王子の口元が笑みの形を作った。悪意ではなく、馬鹿にするのではなく。
ただ、意地悪だけはたっぷりと。
「貴女のささやかな望みと、したたかな意思、柔らかな実行力には敬服するよ。だが……男のあさましさと多様性については、少々不勉強だったかもしれないな」
そう言いながら、何かの書類を差し出してきた。
キャロラインは不審な視線で書類と第二王子とをチラチラ往復しつつ、拒絶するわけにもいかずにしぶしぶ書類を受け取った。
書類には複数の人物の名前と略歴が記載されている。年齢も身分もまちまち、容姿の特徴も書き起こされているが、いずれも見覚えのない貴族や富豪の男ばかり。
ただ一つ気になるのは、国籍……
「西の国と、南の……」
「貴女が最近立ち寄った国の男たちだ。面識や見覚えは?」
「いえ、まったく」
「そう、それが答えで、問題点だ、レディ」
謎かけのような第二王子の言葉に、キャロラインの背筋を寒気が駆け抜けた。目の前の男に対して、ではなく、示唆されている解答……キャロライン自身まだ正体を見極められずにいる得体のしれない何かへの、不吉なおぞましさが臓腑からせり上がるような……
「それは、この三ヶ月間で『キャロライン・シモンズ』について照会を求めてきた人物のリストだ」
「──ッ!?」
全身から冷や汗が噴き出すのを感じながら、キャロラインはリストに首っぴきになった。
……男。全員、男。年齢は下が三十代だが、ほとんどが五十代以上の既婚者か、死別または離縁済みの単身者。貴族にせよ富豪にせよ、今現在稼業が順調で金回りの良い人間ばかり……
書類を持つ手がぶるぶると震えだすのを止めることもできずに、キャロラインは縋る思いで第二王子をちらと見上げる。
「これは……よ、養女をお探しの方々……でしょうか……」
「表向きそういう名目でコンタクトしてきた者もいる」
「……」
「わかるだろう、レディ」
第二王子の瞳は、今や憐憫さえ孕んでいる。
「これらは「不埒な求婚者」だ」
無慈悲な現実をつきつけられた瞬間。
キャロラインの脳を焼き尽くさんばかりの高速で、思考が神経細胞を駆け抜けた。
──留学の際、キャロラインが頼ったのは南の国に領を持つ大叔父一家だ。両家は交流盛んで信頼も厚い。キャロラインのために繋ぐ人脈はしっかり選んでくれたので、対人で不快な思いをするようなことはほぼなかった。こんなリストに載せられるような連中とはもちろん関わり合いになっていないどころか視界にさえ入れていない。とはいえ行動を制限されていたわけではないから、街に出た時などに知らぬ間に知らぬ人間に見初められていてもおかしくはない。だがやはりこのリストの誰かに声をかけられたなんて事実は存在しない。つまりこいつらはどこかでキャロラインを見初めていながら声もかけず、大叔父に確かめることもせず、書状で照会を求めるという実に簡便にして迂遠な手段でキャロラインの身元を掴もうとしたのである。
……これは確かに真っ当な求婚者どもではない。実に不埒だ。
一目惚れでもしたというのなら、まずは相手に直接アプローチする、ないし保護者を当たるのが筋というもの。好いた相手には近づきたくなるものだし、実際に話を交わして人となりを見るのは、結婚というゴールを見越せば重要なプロセスである。
しかしこの求婚者(仮)たちはその部分を省いている。表に姿を現さず水面下でこそこそと、見初めた相手がどういった身元の娘なのかを精査している時点で、やましさが芬々と漂っている。情報を把握してから表立って手に入れる算段を立てようという気持ちの悪い動きだ。
無論、キャロラインの意思など勘定に入れずに。
すなわち、連中が見据えているのはまともな結婚などではない。
求められているのは、後妻や愛人、または幼妻という名目の……
「ちなみに、照会理由はまあいろいろと添えられていたものだが、欲望が隠しきれずに滲んでいてなかなか味わい深かったよ。一読したチャールズが面白い表現を使っていたな。なんと言ったか確か……」
ここで第二王子からの無慈悲な追加情報。
もったいぶって思い出そうとしているふりなぞしている。口元はしっかり笑っているくせに……絶対周到に用意してきてここぞとばかりに出してきたくせに……!
「……『合法ロリ狙い』、だったか」
……今回の留学中、キャロラインはオペラ座以降、基本いつもの少女趣味全開の私服で過ごし続けていたことは確かに特筆に値するっていうかまさに話の核心だった……!
「──こんっっっの……ロリコンオヤジどもがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
怒れる伯爵令嬢の咆哮が、領内にこだました。




