15)自分を少しだけ肯定するために
心象風景は白旗一色だが、それでもキャロラインは踏ん張った。
「……それは奇遇ですわね。以前、どこかであの公演について紹介されまして。一度観劇してみるのも一興かと、少し予定を曲げて立ち寄ってみたのです」
「へえ。その後南の国へ?」
「ええ、もともとそちらが留学先でしたので」
「農地改革と領地経営の勉強だったかな?」
ごく当たり前のように言い当てられて、キャロラインの口元にうぐぐと力が入る。
なんだってそんなしょーもない個人情報を知っているのだこの男は!
「……左様にございます」
「ということは、君が婿をとってそのまま伯爵家を継ぐ形に?」
「そこまではまだ……姉次第ですので」
貴族の女性に経営だなんだといったスキルはあまり必要とされない。
あるとすれば婿を取って爵位を継がせるケースだが、これは領地について勝手のわからない婿を嗣子が補佐し、かつ婿に勝手を許して家を傾かせないよう監視するための意味合いが強い。
女に求められるのは男の半歩後ろ。男の領分に口出しをする女は、古今東西を問わず煙たがられるものである。
少々古臭いその文化を、しかしキャロラインは否定しない。
男が女を引っ張り女が男を支えるというやり方は、互いに対して思いやりがあり、なおかつ特に男がしっかり優秀でないと上手くは回らないだろうが、実現できるのであればそれはそれで良い夫婦であると思う。
男女の得意分野は生物的に方向性が概ね決まっている。各々が得意分野で活躍するのは合理的だし、そうでない門外漢が嘴挟んで雑音立てるのは迷惑でしかない。自分自身の長所短所を把握して領分を守り、双方の得意を持ち寄って支え合うのが、結局男女の理想形なのだろう。
……ただ、キャロラインは。
「……私はいささか、考え方や才の形が、女性の平均から多少はみ出ているところがあるようなのです。活かしどころは今のところ見いだせてはいませんが、このはみ出た部分に適した経験を積むことはきっと無駄にはならないと……そう思いたくて」
貴族に生まれたのだから、富を享受しているのだから、「自分らしく生きられない」などという贅沢な苦悩を誰かに押しつけるつもりはない。自分の存在意義が「それ」一つしかないと悲観するには、環境も教育も恵まれすぎている。
貞淑な「フリ」はできる。幸い、キャロラインはその辺りはわりと小器用だ。貴族の責任のために多少の自由を供すことを、さほど苦痛を感じずにいられる程度には、この生き方には慣れていた。
……ただ少し。少しだけでいい。逃げ道は欲しかった。
自分が持って生まれたものが無駄ではないと。自分の芯にある、人格の根幹を形成する「他者と違う」部分が、存在し続けていいのだと。何かの形で認められたかったのだと思う。
それができれば、もう少しだけ、綺麗に笑えそうだから。
だからキャロラインの私服は少女趣味なのだ。
男は賢しい女を厭う。だが子供があれやこれやと質問し、思わぬアイデアを出すのならば、大人たちは案外喜んでくれる。
利発でちょっと生意気だけれどちゃんと愛嬌のある、みんなの娘、もしくは妹。そんなポジションに自分を置いておけば、キャロラインの少々男性寄りな思考と知能は、無益な摩擦をするりと避けて活用されやすい。
少女趣味は、趣味と実益を兼ねた、キャロラインの武器であり鎧なのだ。




