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14)全部バレてました。

「──」


 実に三ヶ月間に及ぶ短期留学から帰還したキャロラインは、帰宅早々後ろにぶっ倒れそうになるのを必死に堪える必要に迫られていた。


 所はシモンズ邸宅門前。

 目の前には、第二王子の不敵な笑顔。


(──なぁぁぁんでいるのよぉぉぉぉぉ!?)


 叫びはなんとか心の中で納めたものの、表情筋のコントロールには完璧に失敗してしまった。

 驚愕と焦りと恐怖と猜疑と、ちょっぴり殺意を乗せた、だいぶヤバめのキャロラインの形相を直視しながら、第二王子は愉快げに笑みを深めている。なんて趣味の悪い。


「この三ヶ月間の貴女の動向を当ててみようか、レディ」


 挨拶もなし、邸宅内でゆっくり話しましょうの駆け引きも許さず、まさしく単刀を直入する切れ味で第二王子が斬り込んできた。


「貴女はまず、例の令嬢に宛てて手紙を書いたね。内容はこちらでも把握できていないが、さしずめこんな感じか。「第一王子が貴女への恋心を自覚してしまった。面倒事になる前に東の隣国にしばらく身を隠すことをお勧めする」……とね」


「──」


 キャロラインは息を呑み、冷や汗をかきながらも目を据わらせた。

 ……大筋間違っていない。そこまで推測できている、ということは……


「ああ、彼女は貴女の忠言通りに東の国へ向かったようだ」


 まるでキャロラインの思考を読み取ったかのように、第二王子は頷いた。

 王家がそれを把握している事態はあまり好ましい状況ではない。キャロラインの額から新たな汗が一筋流れる。


「うちの兄上のことなら問題ない。あの人はまんまと貴女の策に嵌ったよ」


 第二王子は悠然と笑んだまま、キャロラインの危惧を否定してみせた。



 曰く、例の見合い茶会はめぼしい参加者が一気に目減りしグダグダになりつつも、なんとか予定されていた日程をこなしたようだ。初日で「王家やべぇ!」とならなかった令嬢やその親も、まあそれなりにいたということだろう。


 第一王子はすぐにでも例の令嬢のもとへ向かいたがったが、役目を果たすことを厳命され、弟王子たちよりもタイトなスケジュールを組まれてしまった。

 これに関しては、第一王子の婚約者を弟王子に先んじて定めたい王妃の意向も絡んでいるため、第一王子は逆らえなかった模様。不良物件すぎて笑えない。

 一方王妃も、国王に王命を要求してまで今回の茶会をゴリ押しした手前、無事茶会を成功に導いたと表面的にでも取り繕うために奔走せざるを得ず、悪巧みはお預けになったとのこと。その努力あってこそ、曲がりなりにも日程どおりに運べたと言えなくもないのかもしれない。


 ともあれ第一王子が意中の令嬢以外になびくこともなく、弟王子たちはそつなくそれなりに社交を乗りこなすに留まり、茶会はなんの進展も成果もなく終幕を迎えた。

 その事後処理も終えた半月後、ようやく彼らは行動を開始した。


 第一王子は即座に例の令嬢の実家へ謝罪に向かった。

 予定伺いも先触れも出さない、空気を読まない電撃訪問を狙ったようだが、もちろん空振り。令嬢は領地を発った後だった。

 令嬢の居所について、家人は「隣国で静養している」の一点張りで通したという。


「我が国は四方を複数の隣国と接しているが、西の辺境で隣国と聞けば、多くの人間が自ずと西の隣国だろうと当たりをつけるものだ。実際あの旧家は西国貴族と付き合いがないわけでもないようだしな。そのうえ該当時期に西の国境を越えた『金髪の令嬢』の目撃情報があれば、そちらへ捜索の手を伸ばすのは当然の判断と言える」


「……ええ」


「すなわち、兄上は現在、自ら西国に赴いて例の令嬢を捜索中だ」


「……ええぇ?」


 いやそこは普通人を使って探させるところだろう。さすがにそこまで都合の良い展開になっているとは思わず、キャロラインは気の抜けた声を上げた。


 第二王子は楽しげにくつくつ笑う。


「兄上は独特な世界で生きている人だから。母上の威光がなければ動かせる人間も多くない。俺からも独力でやるべきだと釘を刺してしまったしな。と言っても、さすがに伴と護衛はつけさせたが」


 ……むしろ、王族としてのいろはがそもそも身についていない、というのが正解な気もする。結果、いいように弟王子に手綱を握られているわけだ。

 これはもう、第一王子が玉座につくのは、現実的に無理だろう。


 ともあれずいぶん都合よく動いてくれたものである。策を弄した甲斐はあったらしい。


「しかしここで疑問が生じる。私の調査では例の令嬢が向かったのは西ではなく東の隣国だ。……では、西の国境を越えたとされる『金髪の令嬢』とは何者だったのか」


 いかにも不思議そうな仕草で首を傾げる第二王子。

 ただし目は笑っていない。


「誰だろう?」


 リピートされた。

 満面の笑みが怖すぎる。キャロラインはもはや声も出ない。


「まあ、もちろんまったく関係のない第三者である可能性は高いのだが。西国の検問は金持ちに対してはガバガバだから、彼女の正体は押さえられなかった。しかしお忍びにしては『金髪の令嬢』の目撃情報はそれなりにあるようでね。兄上はそれを追って西国のさらに西の国まで足を伸ばしているよ」


 ……あの護衛、急な休暇を相当楽しんでいるらしい。まあ適当なところで変装を解くよう言ってあるし、バレるようなヘマはしないだろう。少なくとも第一王子相手ならば。


「さて、追加情報だ。その『金髪の令嬢』が赴いたとされる劇場で、意外な人物の目撃情報がある。髪はキャラメル色、幼げな服装がよく似合う、猫のような目をした……」


「──」


「『彼女』の足跡を追うのはずいぶん楽だったよ。なにせことのほか目立つご令嬢だったようだからね。『彼女』は劇場から馬車に乗って南岸の港へ向かい、そこからそのまま出国したそうだ。向かった先は南の隣国。あそこは西の国よりも出入国管理が厳密だから、『彼女』の素性もしっかりと書類に残っていた」


 記憶を掘り返すように横に流されていた第二王子の視線が、再び正面を向いてキャロラインを絡め取る。そんな何気ない仕草にさえ、ごきゅり、とキャロラインの喉が鳴った。

 膨大な含みと迫力のある色気を乗せて、第二王子は底しれぬ笑みを浮かべる。


「ねえ──『キャロライン・シモンズ』」


(ぜんっぶバレてるぅぅぅ……)


 いっそ頭を抱えてしゃがみ込みたい、いや地の果てまで裸足で逃げ出したい。


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