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12)身辺を清めてから出直してくださいませ

 なにくれと言葉を交わしている間に通路を踏破し、城裏手の勝手口から城外へ抜けてみれば、すでに馬車が裏門に回されていた。シモンズ家が手配した馬車だったが、家名を特定できる家紋や装飾類はさり気なく外されたり布で隠されたりしている。実に用意周到だ。


「本当に世話になった、レディ・シモンズ」


 当の用意周到な人は、あいも変わらず機嫌が良い。

 しかし会釈をする仕草一つにも滲み出る王族オーラはどうか引っ込めて頂きたい。ローブの上から正体を透視されたらどうしてくれるのか。

 キャロラインは口元が引きつりそうになるのをなんとかこらえ、当たり障りない笑みを返す。


「王家のお役に立てたなら幸いです。このような機会は二度とあるものではございませんし、後学のための貴重な経験になりましたわ」


 暗に、二度目はないぞ!と牽制すると、第二王子の口元が皮肉げにつり上がった。


「それは良かった。今回のように貴女の手を煩わせるような事態は、今後抑制されていくと約束しよう。母上の出方は想像がつくし、兄上の運用方針も定まった。ある意味これからが我々の正念場だが、諸問題が表出する前に事態を収拾できる見込みだ。臣下諸君においては、今回の一件を最後に、今後波風ひとつ感じることなく過ごしてもらえるよう努力しよう」


「──」


 ……確約ではなく努力目標……いやそれはいいとしても、第一王子の運用、収拾の見込み……

 さらりと開示された聞き捨てならない情報群に、キャロラインは後ろにぶっ倒れないように踏ん張りながらなんでもない態度を取り繕うので精一杯だった。


(……マジ……この王子……ッ!)


 絶対に、いち伯爵令嬢ごときに非公式に聴かせていい話ではない。言外に示唆されている諸々の情報を読み解けてしまう可愛げのない女には特に……!


 駄目だ、これは駄目だ。衝撃すぎて心が立ち直るのを待っている暇はない。

 すわ、逃亡一択。


「難しいお話はよくわかりませんが万事上手く運びそうでなによりでございますではわたくしはこれで」


 一言たりと口を挟まさせぬ立て板に水戦法で、すすす……と横に身体を滑らせながら最後の会釈、ローブとドレスの裾を身軽に翻し、見かけ上御者の手を借りつつも実質ほとんど自力で馬車の中に乗り上げそつなく着座。この間わずか十秒。


 が、見送りを振り返ろうと降車口を見やった瞬間、かぶさるように落ちた影に、キャロラインの顔面は今度こそ崩壊した。


 上から覗き込むような至近距離に、第二王子のご尊顔。


「……本当に行ってしまうのかい?」


 頬に当たる手に、触覚が。

 相手の呼吸に乗って漂う香りに、嗅覚が。

 熱く、これ以上なく真剣に、わずかに潤んでさえ見える青の瞳に、視覚が。

 全身の神経という神経が、一瞬にして目の前の男に吸い込まれるように惹きつけられたのがわかる。


 この難解きわまる局面においてなお、キャロラインの口元を余裕の笑みが彩ったのは、もはや身に染み付いた意地の賜物でしかない。


「身辺を清めてから出直してくださいませ」


 これ以上なくにこやかに、晴れ晴れと。


 女神の如き清らかな笑みを浮かべるキャロラインを、第二王子はしばし見つめたのち、ふっと口元を緩めた。


「肝に銘じよう」


 美しく翻っていくローブ、地面に下りて振り返る青玉の瞳、最後にフードの隙間にわずかに覗けた破顔。

 馬車が走り出し、窓に切り取られた風景の中でその人影が遥か後方に消えるその瞬間まで、キャロラインの全身の五感は第二王子一人だけに集中していた。


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