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11)実はわりと国家的な危機だったんです

「あんなものでよろしかったのでしょうか?」


 キャロラインが釈然とせずに首を捻れば、前を歩く第二王子は愉快そうに肩を揺らしてうなずいた。


「もちろん。あの人らにはいいかげん現実っていうものを突きつけてやる必要があってね。貴女はとてもいい仕事をしてくれた。感謝するよ、レディ」


 どうだか、とキャロラインは目深にかずいたローブの下から、飄々とした男の背を半眼で睨みやった。


 二人はひとけのない細い通路をしずしずと縦列進行していく。お忍び用の隠し通路の一種だそうだ。左右には冷たい石壁。ギリギリすれ違える程度の幅はあるが、常時並んで歩くには不向きな狭さ。

 まあ腕に抱きついて身を寄せ合えばなんとでもなりそうだが……いやいやそもそも正体を隠すためにこそこそ動いているというのに、下手にエスコートなどされて誰かに目撃でもされれば根も葉もないスキャンダルに発展しかねない。それをまた既成事実にされるなど御免である。


 あの、最終的に第一王子激励会みたいな様相を呈した奇妙な食事会もお開きになり、キャロラインは第二王子の先導のもと、裏口から下城する運びになった。

 さすがに特別扱いされている(ように見える)ところを見られるのはよろしくない、という配慮である。思えば会食前、第二王子が迎えに来たのも、まだ他の令嬢たちの目がない時刻を狙い澄ましたかのような早朝だった。一応それなりに気は遣われているらしい。

 使用人にはしっかり目撃されていただろうが、キャロラインがどこの誰かというところまで読み切れるほど有能な人間ほど従者としての分をわきまえて口が堅いだろう。その他大勢の軽薄な噂好きたちによって「王家の食卓に招かれた令嬢がいる」という話が出回ったところで、噂の令嬢は正体不明のまま、キャロラインはうまいことフェードアウトしていくという寸法である。


 ……ここまで計算して気遣いができる人間が、身内の説得にわざわざ他人の口を借りる必要があったのか。そこが果てしなく疑わしいのだが。


「第二王子殿下は、王妃殿下と第一王子殿下の失態……失点を、あらかじめ把握されていましたよね? わたくしがあの場で小賢しい弁を振るう必要って、本当にありました?」


「あるに決まっているだろう。俺は、人を巻き込んで意味のないことはしないさ」


 前を歩く背がさらりと肩をすくめた。


「真面目な話、あの二人は身内の言葉は右から左に聞き流す悪癖があるんだ。都合の悪い話、耳の痛い話は特に顕著に」


「はあ」


「だが目の前によそのご令嬢がいれば話は別。特に母上は年頃の令嬢がおしゃべりな生き物だという「心当たり」がある。下手な態度をとって社交界のつまみにされたくはないんだろう」


 なるほど王妃のあの気性なら、若き日には立派な肉食系のおしゃべり令嬢だったろうことは想像に難くない。さぞや口さがない噂の発信源として大活躍していたことだろう。

 自分が噂される側になっている自覚があるのは結構なことだ。そのわりに普段の素行がよろしくないあたりは多分に脇が甘いが。


「……「よその令嬢」でいいのならば、わたくしである必要はなかったかと存じますが」


「ずいぶんな謙遜だ。そんなわけはないだろう?」


 キャロラインの苦言に、王子は即答で返してくる。


「レディ、貴女ほど知恵と度胸を兼ね備えた人間は、今回の茶会、少なくともこの三日間にはいなかった。よしんば同じだけの推察ができていた令嬢が他にいたとしても、「あの」母上を事実上の初対面でやり込めるような令嬢は貴女以外には考えられないな」


「……さすがに買いかぶりすぎかと」


「貴女がどれほど自分を小さく見せようとしても、見ている者は見ているよ」


 ご機嫌な第二王子に何を投げても柳に風。

 ……これはよくない流れだ。キャロラインは瞳孔をきゅっとすぼめて話題の転換を試みる。


「そうやって、あまり悠長に構えているのも感心できませんわ。まだ、議題にも上がっていない火種がどこかに隠れているかもしれませんし」


「ああ、公爵のことなら問題ない。辺境伯にはすでに手を回しておいた。もちろん父上もご承知の上だ」


「……」


 つまらないほど抜け目がない。王妃はすっかり見落としてくれていたのに。


 第一王子のしでかしに対する令嬢たちの反応については議論を尽くした感がある。が、その背後にある「家」の思惑は、当然ながら彼女たちの感情とは別物だ。

 娘の感情や幸せを考慮に入れようと入れまいと、王家と強い縁を持つことを利益と考える家は少なくない。娘を犠牲にしてでも権力を求める家もあれば、今回の件は王子の若気の至りでそのうち落ち着くだろうと楽観視する家もあり、あるいは多少の不愉快を我慢してでも立場が保証されている王家に嫁ぐのが娘にとっての幸福だと考える家もある。


 にも関わらず、多くの家が、娘の下城を許した。

 この深刻さは本来ならば、令嬢の心情うんぬん以前に議題に挙げなければならない問題のはずだ。


 なにせ、家の権威と歴史を重んじるあまりに娘の教育をわりと致命的に失敗している公爵が、公衆の面前で醜態を晒してまで娘を強制的に下城させるレベルなのだから。


「貴族は家格で相手を見る。次いで財力。そこからさらにその他知りうる情報を組み合わせて、現在の影響力や脅威度を測り、相手に対する態度を決める。この程度のことは大抵の貴族がやっているだろう。……ただし、貴族名鑑に載っている程度の情報では、正確な全体図は把握できない。人間は常に流動し、人と人とは気まぐれに関係を結ぶものだからだ」


 第二王子がつらつら話を進めてしまう。ここで流れに乗るのもいかがなものかと思いつつ、適当な相槌では許されそうにない空気を察して、キャロラインはため息とともにつぶやく。


「……辺境伯も」


「そのとおり。一日目に「敗走」したとされる例の令嬢の家は、辺境の旧家というだけの、歴史はあるが実績はこれといってない伯爵家だ。その歴史の内実も、没落しかけたり持ち直したりのありふれた繰り返し。彼女の実家「だけ」を見て彼女自身を侮る貴族は少なからずいるだろう。しかしかの家が現在、西部辺境伯の実質的な庇護下にあることを知る人間ならば、そのような愚は冒さないだろうな」


 辺境伯は国防の要。平和な世相では侮られがちだが、その家格は形式上、侯爵家と同格とされる。

 平和なこの国とて隣国との小競り合いをまったく抱えていないわけではない。特に西の国境では、こちらの国力を測るつもりか挑発のつもりか、領土侵犯スレスレの哨戒活動が今も不定期に繰り返されている。隙を見せぬためにも、西部の軍備は決して怠れないのだ。


 これが何を示すかと言えば、つまるところ、辺境伯の軍事力は王家のそれに匹敵するということ。

 西部辺境を震源地として内戦でも勃発すれば事である。実際のところ国境を背負って本国中枢に攻め込むとか、独立宣言して領土をかっさらうというのはあまり現実的ではないが、可能性はゼロではない。虎視眈々とこちらの領土を狙っている隣国と手を組まれでもしたら、いよいよ国家転覆も視野に入ってくる。


 ようするに、辺境伯を刺激せず懇ろな関係を保つことは、国家存続のために王家が果たすべき義務であるわけだ。

 そしてその大事な義務を意図せずぶっちぎってしまったのが、第一王子の初日の所業ということになる。


「辺境伯と例の旧家の関係性については風のうわさで聞き及んだ程度でしたが……本当だったのですね」


「ああ、現辺境伯が溺愛している孫娘の命の恩人が、騎士団に所属している旧家の次男だそうだぞ。当時はいろいろと行き違いがあったようだが、先年ようやく命の恩人の身元が判明したらしい。以来両家の関係は極めて良好。近々子供世代の誰かしらが婚約の運びになるかもしれないな」


「縁は異なもの、ですわね」


 もし本当に婚姻が結ばれれば、両家の関係は大々的に公表される運びになることだろう。そうなれば例の令嬢を侮る貴族はまずいなくなる。

 が、その段階になってようやく事の重大さに気づいても当然遅い。遺恨は晴らされるまで蓄積したまま。大きな後ろ盾ができた途端、いやぁあの時は悪いことしたね、なんてすり寄ってくる人間が信用を得られるわけもない。


 第二王子の言葉どおり、人とは常に流動し、気まぐれに関係を結ぶもの。昨日の勝者が明日の敗者に落ちぶれることも、持たざる者がある日突然持てる者の寵愛を受け始めたり、いじめられっ子が大人になっていじめっ子よりも強い立場に大成することも、確率的には決してない話ではない。

 今弱い人間が、将来的にずっと弱いまま、という保証はどこにもない。

 強者が虐げた相手に下剋上されるなんてのは、物語の中でも歴史の上にもありふれた話。


 結論として、相手の強弱に関わらず、他者をいたずらに虐げたり意味もなく争いを抱えるべきではないのだ。

 倫理的に、というよりは、むしろ自分自身を守るために。


 で、繰り返しになるが、その抱えるべきでない係争を無自覚に抱えてしまったのが、この国の第一王子であり王妃なのである。


(お先真っ暗じゃないの……)


 第二王子及び国王タッグの手回しがうまく運んでいることを願わずにはいられない。国の安全保障……というか主には自分自身の安寧な日常のために。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王子達に婚約者が居ない理由はわかったけど、適齢期のご令嬢達に婚約者が居ないのはなんででしょう?王子妃狙いのご令嬢なら分かるけど、王家に嫁ぐ気が無い人達はとっくに婚約者居るんじゃないかな…
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