1)生理的に無理ってマジで言ってんのそれ
「──すまないが遠慮してくれないか。君は、生理的に、無理だ」
美しい青年の、少し高めの甘い声は、やけに明瞭に、会場の隅々にまで響き渡った。
息を呑むようなざわめきとともに、会場中の注目は一斉に声の主へと注がれる。
おかげで、華やかなりし茶会の花形との交流を避けるように隅のテーブルで静かにお茶していたキャロラインの、
「……ぁあ?」
という、貴族令嬢らしからぬ低く剣呑な唸り声を聞き咎めた人間はいなかった。いや、聞かれていたとしても空耳として処理されたか、案外少なくない人数の心の声とかぶったのかもしれない。
色とりどりに上品なドレスを身にまとう令嬢たちの、思惑さまざまな視線を一身に受け止めて、美しい第一王子アルフレッドに動揺はない。
その視線はただ一人の金髪の令嬢に注がれている。
王子と令嬢、視線の糸は絡まっている。たった二人の役者だけで構成される舞台を見ているような、触れがたい緊張感。
「……も、申し訳ございませんでした……!」
真っ青になった金髪令嬢は声を震わせながら踵を返し、カモシカのように走り去った。
もはやマナーも何もあったものではない一心不乱な敗走姿に、浴びせられる意地の悪い眼差しはごく少数。多くの令嬢が彼女の姿に憐憫や同情を送っていた。
キャロラインも彼女の走り去る姿を右から左へ視線で追いかける。その冴え冴えとした猫のような瞳に感傷の色はなく、見開かれた瞳孔の奥底には知的な思考の蠢きがある。
(確かあの子は辺境の旧家の末娘……これは……)
「やばいわね、王家」
ぽつりと、誰に聞かせるでもなく落としたキャロラインの呟きに、同じ卓を囲んでいた令嬢たちがかすかに、それでいて一斉に顎を引いたのは、きっと気のせいではない。