42-1 謀反人
* * *
朝日が昇っていた。
秘密裏に月の国に入国して夜の間に少し歩みを進み、旅人と偽って小さな宿場に泊まっていた。
昨晩短い時間でも休むことにして三人別々の個室に入って、そこで私はティターニアの言いつけ通りに冠を頭に装備して眠った。悪夢を見ていたのか、目が覚めるとびっしょりと寝汗をかいていた。
そして今、布団に座ったまま握る両手を見つめている……。
「――アイリ?起きているか?」
「っ?!はい!準備します!」
扉の向こうから声がして急いで支度を始めた。宿の廊下に出るとカガリとカズマサが待っていた。
「他に寄り道して俺が生きていることが伝わる前に一気に領地まで走るぞ」
あの時カガリの背中を斬ったのはオダの分家にあたる従弟のオダ・ツカサだったという。
「奴の目的は本家を乗っ取って当主の座を奪うことだろう」
「こちらの国とも結託している可能性は?」
「状況的には大いにある」
「そうであれば、単に斬れば良いというわけにはいかない」
「わかっている。奴を捕らえ背後関係を明らかにする」
集落を出て少し歩いた先、道端でカズマサは何かの道具を取り出していた。
「それは?」
木製の小さな笛が二つ。
「魔法道具の一つだ。吹けば馬を呼び出すことができる。二つあるから内一つの馬に二人乗る必要はあるだろう」
「……では、カズマサ殿の馬にアイリが乗るべきだろうな」
ドキッとした。この前、カズマサの心内についてカガリから聞いて以来、彼との距離感が分からなくなっていたから。でも、今はそんなことを言っている場合ではないこともわかるので頷いた。
ピイイ!と笛をカズマサが二回に分けて吹くと馬が近くに現れた。見た目は普通の馬に見えたが、すでに鞍なんかが取り付けられていた。
「随分と便利な道具だな」
「ダンジョン産出品だと聞いている。トクカー家に伝わる家宝だ」
カズマサが乗った後、手を出してくれたのでそれをつかみ乗り込んで彼の背中に掴まった。
それからカガリの案内で二頭の馬が走りだす。
道は太陽の国と大差はなく、ところどころに集落があったり農家の家があったり、それを横目にとにかく走り抜けていた。
どうやら普通の馬と違って水や給餌の必要がなく疲れ知らずの馬は走り続けてくれていた。
「すごい馬だ」
「召喚した者の魔力を消費して動く」
「それで代わりに使ってくれたのか」
カズマサは頷いた。その大きな背中に掴まっていた。
「このくらいの距離を二頭分であれば特に問題にはならない量の魔力消費だ」
「そうか」
――さらに日が暮れる頃まで走り抜け、少し彼の魔力量に心配を感じはじめた頃になって。
「あれだ!」
カガリが指さした先に大きな集落が見えてきた。
「俺の家の領地だ」
町はぐるりと防護壁に囲われていた。
よく見ると防護壁の一部が大きく破壊されている場所があった。
「この町には魔物の襲来があったんだ。その時の被害がまだ残っている」
月の国の方が被害が大きかったというエマの言葉が思い出された。
当主の立場を奪うために関係のない人に被害を出して、戦争まで起こそうとしている……。
近付くと門扉が見えてきて、そこには門番らしき人の姿も見えた。ピリピリとした緊張感があって、それはあちらと同じく戦争準備中のものかもしれなかった。
「……?」
門番の一人はカガリを見つめて一瞬動きを止め、それから驚きの表情に変わった。
「カガリ様!?ご無事だったのですか?!」
「ああ。一人はユリのところに行ってくれるか。俺が戻ったと、それから広間に来るように伝えてくれ」
「は!」
門番のうち一人が奥の屋敷に走っていった。それを追いかけるようにその建物にカガリと共に三人で入った。カズマサが笛をもう一度吹くと霧散するように消えた。
それから屋敷に入って廊下を進むと、少し歩いたところで目の前から女性が現れた。
「兄上、やはり無事でしたか」
「ああ、ここにいるアイリのおかげで助かったんだ。これは妹のユリ」
ユリは一礼してきた。
「カズマサだ」
「アイリと申します」
「よろしくお願い致します。ユリと申します。お二人は、もしかして月の国の方ですか?」
「トクカー家から来てもらった。それで早速だが当家の状況はどうなっている?」
「はい。それが――」
ツカサによってカガリの死が偽って伝えられ、その後、太陽の国によって魔物の暴走がなされた可能性があるというように、彼によって陽動を受けていたことがわかった。
「……」
しばらく黙って考え込んだカズマサはそれから口を開いた。
「それぞれの国の当主にあたる家をぶつけて、お互いの国の主となる家を変えようとしているのかもしれない」
「となるとこの次の動きは」
「戦争開始後に謀反を両国内で起こすのだろう」
「ああ、戦争で疲弊したところや油断したところに動くつもりだ。ユリ、うちの戦争準備はどの程度進められているんだ?」
「ええ。父上が先導して準備を進めていらっしゃいます。南の町に兵を送っているところで、おそらく明日には動き出すかと。こちらに向かわれる際に前線に出ている父上には出会いませんでしたか?」
「ここに来るまでの道中では運悪く出会っていない。今から伝令で止められると思うか?」
「……鷹を飛ばせばあるいは」
「すぐに用意してくれ」
「わかりました。あと、ツカサは国の守りに専念するとのことでした」
「だろうな」
後ろから当主を刺すために?
「広間に行く。鷹を飛ばすのと同時にここに残っている家臣を集めてくれ」
「承知しました」
そのまま廊下を進んで広間に入った。畳敷きの大広間はいつも会合をしている私の屋敷にあるものとそっくりだった。そこで待っているとすぐにカガリの家臣たちが入ってきた。
入ってくるなりカガリを見つけてみんな驚いていた。
「ご無事でしたか?!若様!」
「爺……泣くなよ」
一人、年配の家臣らしき人はカガリを見つけたとたんに号泣しながら走り寄ってきた。
「若様が簡単に倒れるなど拙者一度たりとも信じておりませんでしたぞ!」
「そのわりに号泣しているようだが」
「それはそれでございますれば。して、こちらのお二人は?」
家臣たちが私たちを訝しんだ。
「トクカー・カズマサ殿とアイリ殿だ」
「トクカー?!いったいどういうことですかな?!」
「ああ。今から説明する。まず始めに言うこととして、俺はツカサに嵌められたんだ。奴に背中を斬られた」
家臣たちに動揺が走った。
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