40 変わる世界
* * *
女神ティターニアを信奉する「教会」の創設には大賢者の弟子が関係している。その弟子の名はサディアス・ソーン。彼が創設したのがこのティターニア教であるとされている。
荘厳な教会本部。それは女神崇拝の総本山である。
世界中に最大数の加盟国を有する巨大な宗教団体の本拠地であるここは、さながら要塞のように巨大な湖の真ん中に鎮座していた。
教会本部の周囲には広く迷路のような庭園が広がり、その周囲には高い塀が囲んでいて出入りできる場所は正門と裏門しかない。その先にはそれぞれ船着き場があり、湖を船で渡らねばここには入れないのだ。
大聖堂の中央で、正面に女神ティターニアの巨大な銅像を見上げながら、教皇エルドアは耳を澄ましていた。
自らには余計な魔力が宿っているために女神の声を聴くことは決してかなわない。
大賢者ルーカス・ゴールドはたぐいまれな魔法の資質をもち、数々の魔法式を考案した人物としても知られている。それなのに、女神の使徒として唯一神通力の行使を許されていた……それはなぜなのか。
魔力とは魔界の産物であるが、しかし、この世界に生まれる者のほとんど皆が魂とセットで有している。
なぜ、人は魔力を持って生まれてくるのか。
そしてまた一方で、魔力を持たずに聖力を持つ者も数は圧倒的に少ないが存在する。
「魔力を持つ私には聴くこと叶わない『声』を聴くことができる稀有な者。そしてまた、魔力を有するのにもかかわらず神通力を使えた大賢者……私は結局……選ばれし者ではないということなのでしょうか。それともこうして祈り続けていれば、いずれは貴方の声が聞こえるのでしょうか――」
――後ろの方から大扉が開く音が聞こえた。
この祈りを邪魔するほどのことがあるのだとしたら、それは相当な緊急事態ということになる。
走る足音が聞こえ、そして、背中で止まった。
「何事ですか?」
そのまま女神の像を見据えつつ背中の人物に問いかけた。
「聖人が見つかりました」
「そうですか」
立ち上がり振り向くとそこには聖騎士団長が立っていた。
「二人、確認されました」
「二人も同時に……」
「一人はエルフの成人女性。もう一人は人族の成人女性でした。ただ、いずれも問題があります」
「エルフの聖人は加盟国にいないことですね?」
騎士団長は頷いた。
「もう一人は、存在は確認できたものの居所不明となり、また現状において精神汚染されていると考えられます」
成人した今に至るまで見つかっていなかった。それであれば何かしらの理由があったということ。
「まずそれぞれの名は?」
「トクカー・アイリ、それからオリビア」
「エルフはアイリのほうですね」
「はい。現在、エルフの里のうち、太陽の国にいることが判明しています。冒険者により報告を受けました」
「オリビアは姓がないとすると貴族ではないのでしょう」
「その通りです。グンダード皇国の村人の一人でした」
「アイリのほうは単純に非加盟国にいたから確認が遅れたのだとして、オリビアはずいぶんと複雑な事情がありそうですね」
「その通りです。オリビアに関する聖人判明の経緯ですが――」
オリビアは村娘として生を受け、その両親の虐待を受けていたとのことだった。そのために通常の子供が受ける教会による「加護の儀式」を受けておらず聖力検査をすり抜けていた。
加盟国には主要な集落に教会を設置し、子供が七歳になるときにこの儀式を受けることとしていた。目的は二つあって、女神ティターニア様に感謝と加護をお願いすることと、聖力の有無を確認すること。しかし時折、育児放棄などによってこれを受けていない子供もいた。
魔力の有無を詳細に調べない家庭環境であってもこの検査を受けていれば聖人を確認できる。でも、親が子を受けさせなければ、そして、子の存在を公にしていなければどうしようもない。
「運悪くオリビアがそうであったと」
「はい。そして、そんな不遇の中にあっても真面目に働いていたようなのですが」
冒険者となった恋人が行方不明となり、その恋人を探す過程で「闇」に取り込まれてしまったということが分かった。
「恋人の彼を失い、失意にある所をつけこまれてしまったようです」
「聖力を『闇』に用いられてこちらは気づいたのですね」
「奴らの儀式を中断させることには成功したのですが、寸前で逃げられました。その時に痕跡を得て調査を行い、結果として彼女の存在を確認しました」
「深く潜られてしまっては今後彼女を見つけ出すことは難しくなるでしょう」
「申し訳ありません」
「過ぎたことは仕方がありません。こちらは聖人が奪われていることに気づいてもいなかったのですから、儀式を中断できたことだけでも十分でしょう」
「はい」
「儀式についてはどこからか事前情報を得ていたのですか?」
「匿名の通報がありました。信者によるものとは思うのですが」
……匿名。
「その通報について詳しく報告するように――」
――教皇室に戻り、受け取った報告書に目を通していた。
「……やはり、あなたでしたか……」
匿名の通報には彼の合図が含まれていた。彼、ハリーからの情報。聖人を得て、「闇」の動きが活発になったということを警告してくれている。
聖人が教会から失われ、方々を探していたのに見つかった時には敵の手に落ちた後とはなんとも不運なことだった。そして、二人も見つかったにもかかわらず、いずれも手が出しにくい状況というのも不運としか言いようがない。もしくは、女神による試練なのだろうか。
「あなた様は私を試していらっしゃるのですか?」
壁に飾られた十字架を見つめた。
それから今度はもう一つの報告書にも目を通す。
「……復活した大賢者」
エルダー聖域を攻略したAランク冒険者パーティー、聖印の虎。
どういう因果なのかアイリというエルフの聖人を報告したのが彼らだったのだが、その報告書によればエルダー聖域攻略時において彼らが最終ボスを連れて外に出てきたのだという。その最終ボスこそ、大賢者ルーカス・ゴールドの生まれ変わりを自称するエマというダークエルフ。
頭が痛くなってくる。これがすべて真実だとして理解が追い付かない。
「ダンジョンボスがかつての大賢者で、ボスをやめて冒険者と共に外に出てきた。それを知ったアルバーナー王国のエイドリアン第二王子によって関連情報が秘匿されていた……」
アルバーナーといえば大賢者の弟子を出自とする王家で、その中にあってエイドリアン第二王子が大賢者の狂信者であることは貴族界隈において有名な話ではある。
エマに頼まれたのか?一国の王子、それも第二王子ではあるものの、あの国の第一王子は王太子に任じられておらず、次代の国王としては第二王子である彼のほうが有力視されていたはず。それほどの人物が元モンスターに傾倒したとでもいうのか?
頭痛がしてきた。
「そして、そのエマはなぜか冒険者になっている」
エイドリアンの口利きによって冒険者登録が特殊なものになっていた。
表向きは最低のFランクとしながら、ギルド内において特殊な記号がつけられていた。この記号とは特別な冒険者であることを示す記章。貴族出身者や豪族、ギルドに対する多額の献金者など、世界的あるいはギルドに影響力を持つ者につけられることが多い記号。
つまり、エイドリアンだけではなく、ギルド側も何かしらの思惑をもってエマを扱っているということ。
「『賢者の写本』はエマにより消滅させられており、また、偽物の可能性が残されているものの『賢者の機兵』も彼女の手元に渡ったという情報がある」
元賢者のエマによって大賢者が残した秘宝が回収されつつあるように見えた。
そしてさらに私の頭痛をひどくさせる情報もあがってきていた。
「……伝説の英雄、アリス・エルフレア……」
どうして古の時代の英雄、大賢者の弟子が生きているのか。生まれ変わり?そんな馬鹿なことがあってはたまらない。だが、こうなってくるともはや何でもありなのかもしれない。
「ティターニア様、あなた様は何をお考えなのでしょうか」
残りの報告書が机の上に広げられていて、エマ達冒険者パーティの黒仮面を魔塔が追っているという記述が目に入った……もはや教皇たる私の手にもおえない状況になっていると思った。
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