4-2 錬金術とお祭り
……大通り脇の公園は、かつて戦争の勝利を祝って作られた。この街は国境の街として、隣国との戦争の舞台でもあった。その時の戦火のなごり、当時の燃えた講堂の跡地に作られたという公園の真ん中には、皇帝の像が建てられていた。
その像の正面、公園の長椅子に二人は座って、焼き菓子を二つずつ分けて持っている。
「……落ち着いたかのう?」
「はい。ごめんなさい」
「謝ることではない」
ぱくりと、グリーンリリーは焼き菓子の一つを頬張った。
「うむ。うまいのう、これは!」
そっと私も口に運んだ。懐かしい甘味が口に広がる。
しばらく二人して、何となく皇帝の像を眺めていた。
「……思い出してたの」
グリーンリリーはただ静かにしていた。
「ジョシュアさんの所に行く前、戦争で両親を失って私は教会で暮らしていたの」
教会での暮らしは慎ましかった。けれど、奉仕活動は嫌いではなかったし、他の皆の世話も好きだった。つまらないと感じたことがなかったといえば嘘になるけれど、それでも幸せだった。
それをポツリポツリと、思出話を交えながら話した。
彼女はただ静かに聞いていた。いつものような騒がしさはない。
そうして一通り話終えると、少し胸の支えが取れた気がした。そっと、グリーンリリーの方を見るとこちらを見ていた。
「お主は自らを不幸と思うておるか?」
「……正直に言えば、そう」
「であろうな。禍福は糾える縄の如し、と言うてな、幸せと不幸は両方交互に来るものなのだそうじゃ。それを聞いてお主は賛同できるか?」
涙が自然と落ちるのを感じた。
静かに首をふる。
「では幸と不幸、それはなんじゃろうか」
「……楽しいことと、嫌なこと?」
「そうさな。ではお主には楽しいことは一つもないのか?」
グリーンリリーに師事されながらの錬金術は楽しかった。それに、この祭りに参加できることも。
「錬金術は楽しいと感じることもあれば、仕事のためやらされていれば辛いとも思うじゃろう?つまりは主観でしかないのじゃ」
「楽しいと思えば良いの?」
「さすがにそれは暴論じゃがな。ただ、幸せであろうとする努力、つまり楽しもうとする努力はしたほうがよいな」
「楽しもうとする努力?」
「そうじゃ。そのやり方は人それぞれ。お主の道でそれを見つけていけば良い。それができなんだは、我の……まあ、最期に幸せだったと思えることが大切なのじゃ」
グリーンリリーは立ち上がってこちらを見る。
「何事も塞翁が馬。なればこそ、幸せばかりに目を向けた方がせめて人生は楽じゃろう、ということじゃ」
……二人夕日を眺めているうちにそれが隠れていき、街中の灯りが代わりに皆の顔を照らし始めた……。
お祭りは夜になるとパレードが加わる。屋台で仮面が売られていて、それを着けた人々が街道を練り歩きながら誰ともわからず酒を飲み交わす。
それが始まったのか、少しずつお祭りらしく騒がしくなってくる。
「どうしたのじゃ?」
「えっと、仮面舞踏会がはじまったの」
「それは貴族が開くやつ」
「うん。そう。それを皆が真似たお祭り。この街は国境の街として戦争の会談場所になって、その話し合いがあった時に、お貴族様たちがこの街で終戦の時に仮面舞踏会を開いたの。この祭りはそれを模しているって聞いたことがある」
「なるほど、この祭りは終戦記念であったか」
「うん」
「よし、では!」
瞬きすると、目の周りに違和感が、そして、グリーンリリーの老婆の顔に仮面が見える。
「我らも参加しよう。これで良いじゃろう?」
……ドキドキと胸が鳴っている。
あらゆる感情が沸き上がりつつ、街の喧騒に混じっていく。
皆が、知らぬ人同士でハイタッチしながら、戦争の終わりを喜び合うそういう祭り。そこに私たちも混ざり込んでいった。
至るところで乾杯が、そのカチンという音が響いている。
「わー……」
「ふむふふ、楽しい祭りじゃ!」
「うん!」
幸せそうな声。いろんな人の笑顔の行き交うのを見ていると、こちらまで自然と笑顔になっていく。一緒に楽しみたい……。
そうして歩いている。
と、少し離れた喧騒の中から、物騒な音が、ガシャン!と聞こえたので、そちらに目がいく。
「なに?」
ぱっとその音の方を見ると、胸ぐらを掴まれた若い男の人と掴む大男が見えた……喧嘩?
「祭りじゃから、あれも一つの余興じゃ。ゆくぞ、関わることもあるまい」
何かを言い合って、それから若い男の人は殴られて街道の壁に打ち付けられ、そこに踞ってしまった。
それを見たとき、まるでジョシュアに殴られて倒れる自分の姿を見たような気がした。
その次には、自然と彼のもとに走りよっていた。
「――大丈夫ですか?」
「……ああ、すまない……大丈――」
男の人は私の瞳を見つめたときに固まった。どうしたの?
「これを、どうぞ」
ポケットから、ポーション入りの小瓶を出した。回復薬。見たところ、男の人は足や腕に擦り傷を負っていた。
「回復ポーションか。ありがとう。助かるよ」
「はい。その、それじゃあ」
離れようと翻った私の手首を男はとっさに掴んできたので、びっくりして振り向いた。
「え?あの何か」
「君は……」
その時だった。
彼の後ろ、街道の先の人だかり、その中にジョシュア一家の姿を見つけた。
「ん、どうしたんだ?震えて……大丈夫か?!」
「だ、大丈夫……ごめんなさい!」
男を振り切り、気が付くと私は走り出していた。
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