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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第四章 賢者の角灯
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38-1 聖職者の冠

投稿設定ミスしました、すみません。

 * * *


 エマは私からランタンを受け取るとそれを大切そうに懐へしまった。


「聖域の石碑については私が対応しておくから、君たちは国のことに注力するといい」

「ありがとうございます。あの……月の国の被害はどのくらいなのでしょうか」

「こちらよりひどかったようだ」

「そうですか」

「明日はあちらに向かうのであろう?」

「聞かれていたのですか?」

「うむ。早く眠り、明日に備えるといい」


 それからエマは霧のように消えた。

 あっさりとした別れ。でもまた会える、そんな気がした。メリッサ達ともいつか再会できると思っていて寂しさはなかった。


 気付けば夜も遅くなっていた。


 明日は月の国に移動してしまうので、この屋敷で寝るのは当分先のことになるかもしれない。


 母が月の国からこちらに嫁いできて、そして今、人質として娘の私がその国に行くことになるとは夢にも思わなかった。


 寝床につくと、あっという間に睡魔に襲われた。


 すごく今日はいろんなことがあって疲れた――


 ――……キン、キン。


 ……キン、キン。


 金属音が聞こえていた。


 ……ポツポツ……ザー……。


 今度は雨の音が聞こえる。

 世界樹の樹皮にそって小さな滝がいくつか出来ている。


「空を見ていてごらん。晴れてお日さまが出てくると、きっと虹が雨粒の合間に顔をだしてくれるから」


 ……お母様?


 にこりと笑う優しい母の顔が浮かんだ――


 ――ざあっと場面が変わる。鍛練場?


 小さな私の両手はそこで魔法を展開しようと必死にもがいていた。


「……どうした。魔法が使えないのか」


 カズマサの鋭い視線が突き刺さってきた。それからリョカが睨みつけてくる。


「まさか、トクカー家の子女にあって魔法が使えないなど」


 鋭い無数の視線がいくつも私に突き刺さってくる。耐えきれず涙と嗚咽が漏れでると、さらに批判の目が多くなっていった。


 ……泣いたって、誰か助けてなどくれないのに。


 トグサに魔法で吹き飛ばされ――


 ――また、場面が変わった。


「あなたは徒手空拳を学びなさい」

「としゅくうけん?」


 優しい顔、母の顔が見えた。凛とした強さも感じる。


「あなたは力がないわけではないのよ。とっても特別なの。お祖母ちゃんと同じ瞳だもの。きっとそうなのよ」


 そう言うと、母は小さな私に巻物を見せていた。そこには体の動かし方が描かれていた。


「我が家に伝わる技はお祖母ちゃんが得意だったのよ。きっとアイリなら使いこなせるようになるわ」

「うん、がんばる」


 そっと母が小さな私を撫でてくれる――


 ――すうっと暗くなったが、今度は明るくならない。


 暗い……。


 走っている。闇の中。私は走っていた。


 新月の暗闇だけが目の前に広がる。


「そっちにいったぞ!気を付けろ!」


 誰か街の人が叫んでいる。


 小さな私が転ぶと、その先に何かが現れたところだった。その姿は大きな甲殻に包まれ、闇の中にあっても艶があり、遠くの灯りを少し反射していた。


 その場で動けずにいた。


 日守聖域でみた巨大な虫。人より大きな蜘蛛のような魔物。


 小さな私は必死に立ち上がって、その黒い蜘蛛と対峙している。両手を前に姿勢を低く、何か構えていた。


 黒い蜘蛛が飛び込んでくる――それを間一髪でかわした。


 次には正拳をその蜘蛛の体に打ち込む。けれど、効いていないようだった。


 蜘蛛の脚が突き刺そうと振りかざし、それが襲いくるがやはり寸前でかわした。


 一発でも攻撃に当たることがあればそれで終わりだろう。避けることだけで相手を退かせる手はない。


 黒い蜘蛛はまた素早く動きだし、口の牙をむき出しに襲い掛かってきた。それをまたも間一髪でよけて、でもその時、蜘蛛の腹部先端から糸が吹き出していた。


 それが足や体に巻き付き、その場に転がってしまう。


 ガキン!氷の砕ける音がした。


 小さな私の目の前。そこには黒い蜘蛛の牙を、両手で氷の刃を作って防ぐ母の姿があった。


「アイリ!」


 母は私と蜘蛛の間に立っていた。


「お母様!」


 何度も何度も容赦の無い蜘蛛の攻撃を母は氷の魔法で防いでいた。攻撃の度に氷の砕ける音と、そして、僅かに苦痛の声が聞こえた。


「アイリ……」


 あ……。


 母の体に蜘蛛の脚が突き刺さる。防ぎきれずに……母の流した血が目の前に流れ出るのが見えた。


「――ハナ!」


 私の後ろから、シドウの声が聞こえた。


「くそ!」

「シドウ様!我らが――」

「うるさい!どけ!」


 次の瞬間には、黒い蜘蛛の体を両断するシドウの雷を纏った刀の一振りが、そこに一瞬だけ見えた。


 ……お母様……。


 すぐそばに倒れた母の姿。そこに走り寄るシドウが抱き起こしていた。そして、烈火のごとくの怒りをその顔に宿して私を睨み付けてきた。


 なぜ、お前は魔力を持って生まれてこなかったのか。なぜ、お前のためにハナが死なねばならなかったのか。なぜ、そんなにも弱いのか。

 言葉にされなくても分かった。


 忘れることの出来ない、でも、忘れてしまいたい記憶。これは夢じゃない。私の記憶。


 ……キン、キン。また、金属音が響いてきた。


 キン、キン、キン。どんどん音が大きくなる。


 気が付くと暗闇のなかに私はいた。でも、さっきより意識がはっきりしていて、目を覚ましたような感覚もある。不思議な感じがした。


 カキン!


『――もしもし?』

「……え?」


 女の人の声。機嫌が悪そうだった。


『あたしを呼び出したのは誰?』

「……あ、え?あの、どちら様でしょうか?」

『んん?呼び出しておいてあたしを知らない?それはひどくない?』

「も、申し訳ありません」


 暗闇の中、女の人の声だけ聞こえていた。


「……失礼いたしました。その、よろしければあなた様のことを教えていただきたいです」

『んん。あたし?あたしはティターニア』

「ティターニア様……え?ティターニア様ですか?」

『そ。だから、女神だよ』

「女神様!?」

『そう、(あが)めて、とりあえず(たてまつ)りなさい』


 外国で信仰の対象になっている神様?


『聖職者の冠を持っているでしょ。それ、あたしとの通信用アイテム。キンキンいってなかった?その音は呼び出し音だからね』

「そうだったのですね」

『まず、名前は?』

「トクカー・アイリと申します」

『カオルからその冠を受け取ったの?』

「いえ、エマ様から譲って頂きました。カオルは私の祖母で、ほんとうは祖母に渡すはずだったけれど渡せていなかったとエマ様から伺っています」

『エマ?誰それ……ちょっと待って……』


 暫く待つと、聞いたことの無い音、ピン!ピン!と跳ねるような音が何度も聞こえた。


『いつの間にか復活しているじゃない。なにこの値は……人間辞めてる?……黒竜と融合したとか?……うーん……』

「あの?」

『あ!聞こえてた?ごめんごめん、忘れて。エマか、エマね。分かった。とにかく、そうしたら……アイリには聖人としてこれから仕事をしてもらうからそのつもりでいて』

「聖人としての仕事ですか?」

『そ。おいおい中身は伝えていくから。今日はあたしも忙しいから、また今度こっちから連絡するからね』

「は、はい」

『あ!そうだ、今のやり取り全部、あたしと連絡できたこともあの子に言っちゃダメだからね』

「あの子?」

『エマのことよ。というか、他の誰にも言ってはだめ。これは女神としての命令よ。約束を違えば彼女に迷惑をかけることにもなる。それは嫌でしょう?』

「………承知しました」

『いい子ね。じゃ!』


 ぱっと明るくなって、気が付くと布団の中。


 右手を開くと、そこに聖職者の冠があった。

*****

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