37 賢者の角灯(仮)
* * *
悪魔が消えたあと少ししてトグサは運び出された。
「アイリさん、大丈夫ですか?」
「マリー様、はい、あの、大丈夫です」
「さっきのなんだったの?」
「そのランタンで召喚されたんだよな」
「……私にもわかりません」
「聖人であるアイリさん以外が使用すると悪魔が呼び出されてしまうアイテムなのかもしれませんね」
「そんなの呪いのアイテムってことじゃない?」
転がっていたランタンは遠巻きにされていて誰も拾う様子はなかった。
それを拾い上げ、エマとの約束にしたがって胸元に戻した。
「……アイリ、俺たちはこれで皇国に帰ることになるだろう。短い時間だったがお別れだ」
「別れてもアイリと私たちはいっしょにボスを攻略した仲間だからね」
「はい、ありがとうございます」
カズマサが近づいてきた。
「アイリ、とりあえずお前は部屋に戻れ。明日改めて話を聞く。冒険者達はもはやこの国に関わることもなかろう」
「ああ。すぐに出ていく」
「アイリ、またね!」
「はい。あの、ありがとうございました」
そうして、その場は解散となり、あっさりと冒険者達とは別れることとなった――
――翌日、カズマサに呼び出された私は彼の部屋に来ていた。
「今までのことを改めて説明しろ」
「は、はい――」
ランタンを手にしてからこれまでのことを話した。その間、カズマサは静かに耳を傾けていた。
「聖力についてだが、それは魔力のように何か感じることはできているのか?」
「いいえ、何も感じません」
「……アイリ、お前の母の生家が月の国の武家であることは」
「はい、存じ上げています」
カズマサはしばらく考え込んで、それから私を見つめてきた。
「カガリ殿から聞いたのだが、月の国の一部の家では聖力を使う技術が秘匿され受け継がれているようだ」
……え?!
「そして、カガリ殿も聖力の使い手であると聞いた」
「……聖力を使う技術があるのですか」
「ああ、そのようだ。カガリ殿も外国で重宝される力という話は知らなかったということだが、月の国では聖力を武術に応用しているらしい」
「武術に?」
「アイリ、月の国の武家に行けば聖力の使い方を学ぶことが出来るだろう。お前はどうしたい」
「……え?」
エマにも問われた言葉。
……私はこの家にとって「異物」だと思ってきた。
武家のトクカー家、その当主の子なのに魔力がない。だから、皆から疎まれるのは仕方ないことだと思っていた。
でも、メリッサ達と出会って、彼女達に仲間として歩く瞬間が少しでもあって。そして、自分の知らない国では自分を必要としてくれる可能性があることを知った。
知ってしまった。
単なる「魔力なし」じゃない私。
まっすぐカズマサを見た。
彼の瞳をまっすぐに見たのは初めてだったのかもしれない。その瞳の色が、少し青と緑の間のような綺麗な色をしていることに気がついた。それは自分と同じ瞳の色……トクカー家の瞳の色。
「わ、私は……」
ドキドキする。
「私は、私自身を知りたいです。何が出来るのか、必要とされる人になれるのでしたら、国の外でも行ってみたいと思っています」
「……昨晩、父上とカガリ殿と協議した。我はカガリ殿と共に月の国に向かい、先方における事態の確認に行く事となった。そして、アイリは人質交換として連れていくことも決まった。人質といっても形式的なものになるだろうが」
私が月の国に行くことは決まっていたけれど、その前に私の意思を確認しておきたかったということだった。
「明日には出立することとなっている。今日のうちに準備をしておくように」
「承知しました――」
――世界樹の樹冠に空いた部分から見えている月を窓から眺め、自室でぼんやりしていた。
もうすぐやってくる朝には、メリッサたちは海の向こうの国に着いている頃かもしれない。そして、その先で私のことを誰かに報告する。一方で、私は月の国に行く。
私を含めて、このランタンを手にしてから大きく世界が変わってしまった。これからも変わっていく。でも、わからないけれど、きっと悪くはならない。そんな気がしていた。
「やりたいことが見つかったのかね?」
後ろを振り返るとエマがそこに立っていた。ローブは着ていても仮面は外し、フードも下ろしていた。その黒い瞳がこちらをじっと見つめていた。
「エマ様……ランタンのこと、申し訳ありませんでした。兄に触らせてしまって……」
「ああ。不可抗力だったのだろう。それは構わない」
「怒ってらっしゃらないのですか?」
「ん?いや。怒ってはいない」
「そうだったのですね」
また、窓の外の月に顔を戻した。
「まだ、はっきりとやりたいことはわかりません」
「うむ」
「ですが、私のことを必要としてくれる人がいるのかもしれないと思ったら、きっとそこには私の居場所とやりたいことが待っているような。そんな気がしています」
「……それで、どうかね。取引をしたいのだが」
え?
「君の持つランタンを私に譲ってはくれないだろうか。その代わりに私からはこれを譲ろう」
そう言ってエマは右手を差し出した。その手の平の上には、金色の鎖のような物があった。
「これは『聖職者の冠』という女神のギフトだ」
よくよく見ると鎖は髪飾りの一種だとわかった。おそらく頭に鎖を乗せるようにしてかぶると、ちょうどダイヤモンドの飾りが額の部分にくるようになっている。エマが広げて見せてくれたので、それが分かった。
「女神のギフトとは何ですか?」
「これは数少ない天界からの贈り物だ。聖力を持つ者だけに効果がある。君のためのアイテムといっていいかもしれない」
エマが手を伸ばし、髪飾りを私の頭にのせてきた。キンキンとどこかで音が聞こえた気がした。
「その冠を聖人が身に付けると災いから守ってくれると聞いている。頭に身に付けなくても、持っているだけで効果があったはずだ。これは昔、君の祖母のカオルに渡しそこねたものなのだ」
「私の祖母をご存じだったのですか?」
「ああ。かつての弟子の一人だった。そして、彼女もまた聖人だったのだ。最初にアイリ殿と出会ったときに気が付いていた」
エマを改めて見つめた。
ランタンを譲れば、おそらく彼女は私のもとを去ってしまうだろうと思った。
胸元に小さくして持っていたランタンを取り出すと、エマに両手でそれをそっと近づけるようにした。
「エマ様。ありがとうございました。ランタンをお譲りいたします」
「よかった。ありがとう」
エマはランタンを受け取ると、ほっとしたようなそんな表情に一瞬なって、それから私に笑顔を向けてきた。
* * *
その晩、エマはアイリと別れると世界樹のてっぺんに上ってそこに座っていた。手元にはついに取り戻した「賢者の角灯」がある。
ため息を深くついた。
神通力で世界樹の葉っぱを集めてベッドを作り出すとそこに横になった。それからその脇に「賢者の角灯」を置いた。
ふと、思い出したことがあってトクカー家の方を見下ろした。千里眼でその様子を眺める。
執務室で一人、明日の準備を徹夜で続ける男の姿が見えた。カズマサは相変わらずの様子だった。
……不器用な男だ。
カズマサは誰よりもアイリを愛していた。
腹違いの妹としてではなく。そして、今も彼女のために動いている。
牢屋に前もって必要なものを入れておいたり、側仕えに馬屋の掃除を先にさせていたり……そうでなければ午前中の短い時間だけで馬屋の掃除など終わるはずがないのだ。
そして今、自らの傍から彼女が離れることになっても、それが彼女のためであればと受け入れ、動いているのだ。
おそらく彼は自らの心の内を彼女に打ち明けることはないだろう。真実、愛しているのだ。
そんなことを思いつつベッドに横になり、そして、「賢者の角灯」のスイッチを押した――
――賢者ルーカスの悩みの一つに不眠症があった。賢者となる以前から悪夢に悩まされ、一つ目の夢で目が覚めてしまうためほとんど寝られなかった。
研究の結果、その悪夢の原因が多すぎる魔力であることを突き止めた。
賢者の角灯。
今や面倒にも秘宝として世界に知られることとなったこのアイテムは、私の専用安眠グッズ、正式名「安眠君」である。
魔力を吸い込む呪いの青い石が組み込まれていて、起動時に光るのでランタンを模したデザインにした。私の多すぎる魔力を設定した量だけ吸いとって眠りに誘ってくれるのだ。
青い石はどうやら魔界のサキュバスと繋がっているらしく、吸収された魔力は彼女のものになるらしい。何度か使用した頃に、夢の中で彼女と会うようになっていた。
……トグサが起動したときは、私の設定した一回の魔力量に足りず、結果として彼女に不安定な魔力を供給してしまったために怒らせてしまった。
一方で、魔力のないアイリが使うことができ、その時に幻影を投影する効果が現れたことについては皆目見当がつかなかった。
まあ……そんなことはもういいか……。
私は300年ぶりに、ようやく幸せな安息の眠りにつくことが出来るのだから。
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