35-1 賢者の角灯
「で、どうするかだが」
「予定外にボス戦になって第一階層を突破できたわけだが、これ以上先に進むべきではない」
ミカエルはそう言って右を指さした。
そこには周りをぐるっと囲んでいる木々の壁に隙間ができていた。
「たぶん、ミカエルが指さしたほうが出口で……ああ、あっちが第二階層の入り口だろうな」
リックは巨木の後ろを回り込んでみるとそう言った。
皆異論はなく、右の出口に向かい歩き出した。そこには空間に亀裂が入っていて、その先には樹海が見えていた。
全員、そこをくぐっていく。私はメリッサに背中を押されつつ、そこをくぐった。
「ちょっと待って。どうして?」
「なぜ…」
「え?あの、どうされたのですか?」
そこは私がよく行く場所だった。
馬糞を捨てるための置き場が見えていて、例の小屋や林がそこに広がっていた。
「どこだここ。ふつうはダンジョンの出口付近に転移するはずだろう」
「ここはトクカー家、私の家の敷地の中です」
「え?!つまり太陽の国に転移してきたのか?マジで?」
「そりゃ、楽でありがたいが。どういうことだ?」
「……考えても仕方ない。事実はここに転移してきた。目的の太陽の国に入ることができたのであれば、予定通り進めよう」
「そうですね。領主の元へ伺って、カガリさんのすべきこと、そして、私たちのすべきことの両方を進めましょう」
時刻はすっかり夜になっていた。光る世界樹の下で歩き出した。
そうして母屋につくと、その出入口に普段はいない二人のそば仕えが武装して立っていた。戦争の準備が進められていたようだった。
その二人が私たち一団を見て、訝しげな視線を向けてきた。
「至急、シドウ殿と話がしたい」
カガリのその物言いに二人はむっとした。
「こんな時間に突然やって来て何者だ?!」
「俺はカガリ。オダ・カガリだ。月の国の次期当主として太陽の国の当主シドウ殿と緊急に話がしたい」
次期当主?!
私もびっくりしてカガリを見た。
二人は手に持っていた槍を構えて向ける――より早くカガリの刀がその門番二人の持つ槍をそれぞれ真っ二つにしていた。
ききん!という音が後から聞こえたように感じた。
「貴様!」
「我々も話がある。通してもらおう」
物凄い威圧感を出すミカエルが睨みを利かせると二人はたじろぎ動きを止めた。冷や汗を流す二人をどけて、全員で中に押し通ってしまった。
私だけあたふたする間に奥に進むと、廊下でリョカ、マユミ、トグサとイノの四人の兄弟が歩いて来るところと鉢合わせた。
「何事ですか?!」
リョカがアイリを睨み、それから全員を確認してそう言い放った。マユミとイノは困惑した様子で、トグサは白けた視線を皆に向けてきた。
「アイリ。お前いつからチンドン屋になったんだ?」
「緊急のことゆえ約束もなく失礼する。シドウ殿と話がしたい」
「お前は?」
「俺はカガリ。オダ家長子だ」
「オダ……」
一瞬理解が追い付かなかったようだったが、いち早くリョカとトグサは気付いて怒りをその顔に表した。それからリョカは鞭の魔法陣を描きだそうと右手を上げる。
私が瞬きする間に、カガリは距離を詰めてリョカの右腕を掴んでいた。すると、描きかけた魔法陣が崩れて消える。
「キャンセリング……カガリも魔法剣士だったの?」
メリッサがぽつりとそう漏らした。
魔法?カガリ様も、私と同じ魔力なしだったはずなのに…。あ、それならカガリ様も聖人で私と同じだから、皆様に伝えた方がよかった……?
「――くそ!」
気が付くと、カガリの抜いた刀がトグサの首元に添えられていた。剥き身の刃がその急所を確実に捉えている。
「カガリさん。交渉に来たのではなかったのですか?」
マリーがそう冷静な声をかけると、カガリは一呼吸置いてからリョカとトグサを解放した。
「何用か?!」
「国の代表同士として話がしたい。こちらは戦争を望んでいない。シドウ殿と取り次いでもらいたい」
言いたいことを言うとカガリは刀を鞘に納めた。比較的冷静に事を見守っていたイノが口を開く。
「リョカ姉。父上と兄様を呼びましょう」
「イノ、本気か?」
トグサは困惑していたけれど、リョカはしぶしぶ納得したようで、怒りを含んだ視線は外れることはなかったものの、とりあえずの会談は実現することになりそうだった――。
――大広間にカガリ達が一列に座ると、その正面に兄姉達と一部の家臣が座り、大広間の最も出口側の下座に私も座らされた。
上座に後からやってきた長兄のカズマサが。そして、大広間の一番奥、両者が睨み合って座る形になったその真ん中の奥にシドウが最後に座った。
しばらくお互いに沈黙していた。シドウは目を瞑っていて、それから目を開きカガリを睨む。それを真っ直ぐとカガリは受け止めていた。
「月の国の小倅が我が屋敷に何をしに来た」
「突然の会談の申し出については失礼した。ただ、事態として緊急を要するため理解いただきたい」
カガリの言葉を聞いた後、今度はカズマサが口を開いた。
「それで。本題に入ってもらおう」
「まず話をしたいことは大きく二つある。一つは、我々月の国は忌避香を購入などしていない。購入したのは結界石だ。我々の国の方にも魔物が溢れてきてその被害を被っていたための緊急の措置だった」
シドウもカズマサもそれを静かに聞いていた。イノや他の兄姉たちは少し動揺して、小さな声を上げていたがそれを気にせずカガリは続ける。
「二つ目は魔物の溢れている事態に関して、俺が日守聖域で確認したことだ。何者かの石碑が設置されていて、それが魔物の暴走を誘発していることが分かった」
「つまり、我々双方をぶつけようとしている輩がいる。日守聖域を荒し、魔物の暴走を誘導し、太陽と月の国を荒そうとしている者があると言いたいのか」
カズマサは理解した内容を反芻した。他の兄姉たちは言われて気付いたようで軽く狼狽していた。
シドウはじっとカガリを睨み付けたまま、腕を組んでその言葉を聞いても微動だにしない。
しばしの沈黙ののち、そのシドウが口を開く。
「それを信ずる証拠があるのか」
「使者をもって月の国における魔物の被害を確認してもらえれば一つは証拠になるだろう。それから皇国に取引実績を改めて確認してもらってもいい。さらに言えば、俺自身がここに人質として留まることも構わない。確認が終わるまで俺は逃げも隠れもしない」
「……父上。事態の確認を怠れば、仮にこの者が言う陰謀があったときに後手に回ります。一度、これら情報の精査をした方がよいと思います。その時間をかけたとしても我が国に不利益はないかと」
「兄様、本気ですか?!こんな奴の言うことを信じると?!」
「信じたわけではない。確認をすべきだと考える」
しばらく沈黙が続いた。それからシドウが立ち上がった。
「使者を選定せよ。月の国に送り、状況の確認を行わせる」
ほっと胸をなでおろした。とりあえずは戦争回避に向けた動きが進みそうだった。
「それで?そちらの冒険者たちはどういった要件でここにいる」
と、今度はリーダーのミカエルに視線を移してそう問いただしてきた。
「我々は日守聖域について新しい情報を得られた。契約に従い貴殿らに報告するために来た」
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