4-1 錬金術とお祭り
グリーンリリーに連れられてログハウスの二階に行くと、そこには錬金術の器具が一揃い置かれていた。どれも一級品だと一目で分かった。
「これ……」
「まずは今のお主の力量を計るぞ。明日必要なポーションを用意して見せよ。材料もあそこにあるぞ」
「はい」
材料を確認して器具も準備する。
錬金術は薬の知識と魔法式の知識、その両方を必要とする高等技術。そして、同時に魔力も必要となる。記憶力、計算力、魔力の三つが必要。
……薬草を量り、それを乳鉢と乳棒ですりつぶした。すりつぶすのもこつがある。
適切な粗さまですりつぶすと、それをガラス容器に入れて水を加え、さらに複数の溶剤も加えた。
それから魔法式を陣として組み立て、ガラス容器の下に展開した。
「うむう、基本は問題なさそうじゃな」
「あ、ありがとう」
薬の出来を確認しながら魔力を加えていく。
徐々に色と匂いが変わって……目と鼻で確認しながら最も良いタイミングで終わらせる。
目薬のポーション。
出来上がるとグリーンリリーが覗きこんできて、そのポーションの入ったガラス容器を持ち上げた。
「どうかな」
「うむ、少し魔法式に無駄があるが……出来上がりには問題ないのう。クオリティはハイクラスか……我流でこれなら大したものじゃ」
おもむろに空いた手で魔法陣を近くの床いっぱいに展開した。そこに向けてガラス容器の中身を勢いよくぶちまけて――
「え?!」
中の液体はキラキラ光りながら、空中にまるで小さなシャボン玉のように無数に分かれて浮かんでいた。
「複製の錬金術じゃ。見ておれ!」
ガラス容器をテーブルに置き、その持っていた方の手をかざして別の魔法陣を組み上げると、棚に置かれていたビンがいくつも整列して浮かびながら床の魔法陣までやってきた。
それから、空中に浮かぶ液体たちが風船のように膨らむと、それぞれビンの一つ一つに入り込み、コルク蓋まで飛んできてそれらを蓋して終わりとなった。
今、床いっぱいに目薬のポーション入りのビンが、きちんと蓋をされた状態で整列して置かれていた。
「すごい……」
「明日の納品分はこれで十分じゃ!」
「どうして私の必要なものが分かったの?」
「小屋のスケジュール表に書いてあったからな、昨日の夜確認しておったのじゃ」
「……ありがとう」
「礼には及ばぬ。では、さっそく今の複製の術について学んでもらうかのう!」
「……はい!」
その日は一日かけて複製の錬金術を行うための魔法式やその知識を、グリーンリリーから叩き込まれた。
――翌日、ジョシュアが来る前に小屋に戻っておいて、荷車にいつものように納品物を乗せた。ジョシュアはやってくると軽く悪態をつきながら、さっさとそれをもって街に降りて行ったのだった。
「今日も昨日と同じく、明日の納品物を一つ作る。そのあとは、複製の錬金術で増やして終わらせるところまでお主がやってみるのじゃ!」
「わかった」
「――やるのう!もう完璧に複製ができておるわ!もう今日のお主の仕事は終わりじゃな!」
「はい!ありがとう、リリーのおかげで」
「やはり我の見立て通りであった。お主は錬金術の才がある」
ほんとうに、私には才能が?
グリーンリリーが微笑み、それから思いがけないことを言ってきた。
「さて、今日の予定……この後はお休み!」
「……お休みって?」
「お主、ずっと休んでおらぬであろう。顔に書いてあったぞ。あとスケジュール表にもじゃ」
「見ていたの?」
「今日の残りの時間は何か別のこと、楽しいことをするとよいぞ。普段せぬ楽しいことじゃ」
「別のこと?」
その時、カレンダーの今日の日付に書き込んだ、普段はないマークを思い出した。
「あ」
「どうしたのじゃ?」
「お祭り……」
「お祭りがあるのか」
「はい。でも、ジョシュアさんに見つかったら――」
「問題あるまいて。お主は今日すべきことを終えておるのだから。よし!では今日はお祭りとやらに出向くとしようぞ!」
いいのかな……私、お祭りに出かけても。ん?あ……。
グリーンリリーの姿を見た。
三つ目にエルフ耳、とんでもない美しさ。どこから見ても「人ならざる者」。一緒に行くとしたらとても目立ってしまうんじゃないかな。
「お主、我の姿が目立つと思うておるな?」
「えっと、その」
「よいよい。その通りじゃからな。だが!刮目せよ!」
というと、ぱあっと体全体が光って、それから、そこには茶色のローブをまとった老婆が立っていた。
「これで目立たぬ!どうじゃ?」
「すごい……うん、これなら大丈夫そう」
「うむうむ。まあ、普段もお主以外には見えぬのだがな」
「え?」
「ん?とにかく準備をして共に街に繰り出そうではないか!お祭りを楽しむ――おう、そうじゃ、お主にも」
そういって魔法をかけてきた。
着ていた私の服が光り輝いて……その光がやむと綺麗なドレスに変わっていた。
え?え?
くるくる回って確かめると、いい匂いがして、肌も髪も汚れ一つない。
「これぞ正しき錬金術の使い方ぞ!」
グリーンリリーは高らかに笑った。これなら、祭りにも行けそう。
教会で暮らしていた頃、それから両親が無事だったずっと昔は毎年このお祭りにでかけていた。
……老婆の姿になったグリーンリリーと一緒に街に向けて歩いていた。
ずっと前に気まぐれでレオナルドから渡された少しのお金があったから、それを持ってきた。市街地に入ってそれからその大通りに。ここに来たのはもう本当に久しぶりかもしれない。
時間は日が少し斜めになった頃で、まだ夕方にはなっていない。
街の大通りには、祭りのために普段より多くの出店でみせが出ていて、色々な食べ物のいい匂いがしてくる。その大通りを行き交う人は皆楽しそう。今日は、ようやくその中に戻ってこられた、グリーンリリーのおかげで。
大通りの雑踏の中、その香りが。出店を見つけた。それは、昔よく両親や教会の人に買って貰った焼き菓子と同じものを並べたお店。それを指さしてグリーンリリーを見た。
「リリー。あの」
「うむ。焼き菓子か、おいしそうじゃ」
出店。そこには焼きたてのお菓子が並べられていて、とても良い香りが辺りを包んでいた。
「いらっしゃい」
「あの、これとこれ、ください」
ああ、懐かしいわ。これ。これをよく食べていた。
元気だった両親の後ろをくっついて歩いたこと。他の孤児たちと回ったお祭りのこと。いろんなことがあっという間に思い出せた。
少し昔のこと。その時は楽しいことがたくさんあった。
そうしていると、次第に胸が熱くなり、込み上げてくるものが抑えられなくなっていった。
「――おい、お嬢ちゃん大丈夫かい?」
気が付くと、涙があふれていた。それに気が付いた店の店主が心配そうにしていた。
「お気遣い、すみません。ありがとうございます」
「大丈夫ならいいんだが……」
焼き菓子を四つ買って、そしてその場をあとにした。
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