32-2 石碑
正直、エマと離れるのは怖かった。けれどそれを口にしたり離れたくないと求めることは出来なかった。
「アイリ殿、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「……あれを見ろ」
カガリの指差す方向に目を向けた。
「魔物があんなにたくさん」
「ああ、すでにこちらを視認しているはずだが襲ってくる様子がない、この首飾りの効果だな。それにしても、エマ殿が傍にいたときは恐れて出てこなかったということか……たいした御仁だ」
「そうですね。カガリ様も、皆さんすごいです」
「……アイリ殿。君も十分にやっていると思うぞ」
「え?私は……何もしていません。何もできません」
「そうだろうか、俺には」
「出来ないんです!私なんて!……あ……申し訳ございません」
「いや、すまない。俺がしつこかった」
ぽりぽりとカガリは後ろ頭をかいた。それから正面を向き直って歩みを進める。
胸元に忍ばせたランタンに服の上から触れた。
前を歩くカガリを見る。
彼もまた自分と同じ「魔力なし」のはずだ。エマが間違えることはないだろう。そうであるなら、この差はなんだろう。彼はとても自信に満ちていていて、事実、この調査をやってのけるだけの力がある。
そうしていつの間にか視線は足元に向かってしまった。
「――隊列を組み直せ!」
「なんだ?!」
顔を急いで上げ、その方向に向ける。聞きなれない声が聞こえた。必死なその声の方向には、魔物に襲われている人が数人、木々の隙間からわずかに確認できた。
カガリは悩むこともなくその方向に走り出していた。
それに続くがすぐに離されていく。何とか後ろをついていくとその先の風景が少しずつ見えてくる。
巨大な蚊の群れが空中を縦横無尽で迅速に飛び回り、地面には人の数倍はあるムカデが巨大な無数の脚を動かし、人に襲いかかっていた。
「くそ!強い!」
「――助太刀する!」
そう言って腰の刀に手をかけたまま、カガリは戦闘の渦に飛び込んでいった。切りかかれば「ケルブの首飾り」は効果を失ってしまい、おそらく魔物に襲われることになるのに、その動きに迷いは見えない。
戦っているのは人族の冒険者達のようだった。近付くと惨状も見えてきた。何人か体を食われて失い横たわっているのが見えた。
う……。
そこには経験したことのない地獄のような光景が、煌めく美しい樹海の中で繰り広げられていた。
「ふん!」
カガリは飛び込み間合いに至った瞬間、腰を捻るように抜刀し、凄まじい剣撃をひときわ大きなムカデに打ち込んだ。
ざっくりとムカデが両断され、半身となって吹き飛ぶ。その様はとても簡単なことのように見えた。
「すげえ!ムカデを切りやがった!」
「全く歯がたたなかったのに!」
さらにカガリに敵意を向けた蚊のようなモンスターが三体襲いかかったが、切られたのか、空中で何かが光ると半分になって落ちていく。
「すごい!」
カガリはとんでもない剣技の達人だった。
冒険者達が必死に剣や盾で防ぎ、打ち込む魔法もいなされていた魔物の強靭な体。それをまるでその辺の野菜でも切るように軽い音で両断していく。その刀の動きは目にも留まらぬ速さだった。
「あんた……何者だよ。エルフ族だよな?」
冒険者の一人が、傷付いた右腕の流血を止めるためにちぎった布切れを縛り付けながら問いかけてきた。
「ああ。月の国のカガリという」
「月の?」
「え?そんな国があるの?」
「エルフの里の人じゃないのか?」
「君らが調査に来たという冒険者か」
「そうだ」
「秘宝取得のための定期対応だ」
今、この島で起こっていることを何も知らされていない様子だった。
「大量のモンスターの襲撃を受けて、一番強力なやつはもう一つのパーティーがひきつけてくれたんだが、それでもきつかった。あんたが来てくれなかったら――」
「もう一つだと?!その彼らはどこに」
「あっちの方だとは思う。だが、おそらくは大丈夫だろう」
「どうしてですか?」
「……え?……あ、ああ。彼らは俺たちBランクではなくAランクのパーティで。しかも、おそらく今や大陸で一番のパーティだ」
「聖印の虎というパーティなのよ。世界で唯一、賢者の秘宝館を踏破したパーティで、その時に手にした彼らの武器がとんでもないのよ」
「ギルドの調査では、その武器は彼らにしか使えず、おそらくレジェンダリーランク品に匹敵する威力補正がかかっている」
「レジェンダリー?とはなんですか?」
「エルフの人は知らないのか。ダンジョン産出品にはレア度が設定されている。ギルドが認定するんだが、珍しい物から順番にミソロジー、神話級。レジェンダリー、伝説級。それからエピック、レア、アンコモン、コモンというように続いてランク付けされている」
「基本的にレア度のランクが高く珍しいほど有益、有用で……そうね。武器なら高威力だし道具なら非常に便利なものになっていくわ」
「レジェンダリーランク品に相当するということはとんでもない武器ということですか?」
「そういうことになるね。まさに伝説の領域の武器らしい。ミソロジーは別物として、手に入るアイテムとしては最高ランクの品と言っていいんじゃないかしら」
ふと、あのランタンがどのランク品なのか気になった。
「そしたら、その聖印の虎とやらと合流しよう。ただ、手遅れになった彼らについてはここに置いていくしかない」
カガリはそう言うと、数人の冒険者の死体の前で膝立ちになり手を合わせていた。
「……ああ、分かっている」
「このパーティはまだ若かったから、判断が遅れたの」
冒険者達は、死体から一つずつ武器を取ると背中のバッグに結んでいく。
「それは……何をされているのですか?」
「え?ああ。そっか、この国の人だから知らないのね。女神信仰の埋葬方法の一つで、特に冒険者のやりかたよ」
「冒険者はダンジョンの中で命を落とすことが多いから、その遺体が地元に帰れることは少ない。その代わりその人の最も大切にしていた物を遺品として墓に埋葬して弔うんだ。多くの場合は装備していた武具を埋葬するんだよ」
回収が終わるのを待って、私も彼らに両手を合わせた。
「そういえばこっちの自己紹介がまだだった!」
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