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賢者の叡智なコレクション  作者: 永頼水ロキ
第四章 賢者の角灯
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32-1 石碑

 ……エマは瞬間的に私たちを移動してくれた。そこは日守聖域の目の前の場所だった。


「こんなことができるなんて、何者なんだ」

「冒険者をしている。そもそもこの島には定期的なここの調査に同行させてもらって訪れていた。関係者を拒絶する『世界樹』に守られている島だがら、そうしないと入れなかったのだ」

「日守聖域の調査が行われていたのか、知らなかった」

「グンダード皇国と太陽の国との間で取り決めがされていて、定期的な聖域の調査による秘宝の探索が行われている。これはモンスター、魔物の暴走の件とはまったく別のことだ」

「魔物の暴走のことは知らされていなかったのか?」

「船でこの島に着いてから、私はすぐに一行とは別行動をしていた。そのため、太陽の国が冒険者たちにその後説明したかどうかは把握していない」

「別行動?」

「私の目的の物が聖域内にないことに気が付いたからだ。ただ、寸前のところで手に入れそこねた」

「……」


 日守聖域。そこは蔦を巻いた巨大な樹木が生い茂る樹海のようで、様々な色の花が咲き、地面は苔に覆われていて朝露のような水滴がキラキラ光っている美しい光景が広がっていた。


「ここから聖域だから魔物が出る。気を付けろ」

「普段より活発なのか?」

「凶暴化しているし、量も多くなっているようだ」

「カガリ殿が見つけた『墓石のような物』の場所は分かるかね?」

「ああ。この奥のほうだ」


 ……ずいぶんと歩いた。でも、魔物には遭遇しなかった。その理由は何となくわかった。きっとエマを魔物たちが恐れて出てこないんだと思った。


「――そういえば、カガリ殿はモンスターにやられたわけではなく、仲間から刺されたということだったな」

「ああ。調査のためこの聖域に入ってあれを見つけ、その事実を太陽の国に伝えるため移動している途中で裏切られた。月の国の戦士たちだったのだが」

「ふむ。なるほど、裏切られて致命傷を負い、何とかその手を逃れようとしていたところ、私の結界の中に逃げ込むことができた。カガリ殿は魔力がないけれど、その者達は魔力があるから追跡を断念したというところか」

「結界?」

「ああ、それは特に気にすることではない」

「そうか……ん、あれだ!」


 すると、樹海の中に突然開けた場所が現れる。

 木漏れ日が斜めに差し込む緑の広場に、巨大な石碑のようなものが立っていた。石碑は縦長でまるで地面に突き刺さった墓石のよう、その身にはびっしりと何かの文字が刻まれている。そして、その大きさは私の身長の三倍もあった。


「これ……なんでしょうか」

「エマ殿。わかるか?」

「ちょっと調べてみよう」


 周りを見回した。ここは聖域のかなり奥の方に位置していた。


「カガリ様はここまで調査に来られたのですか?」

「ああ、そうだ。ん?どうした?」

「いえ……」


 石碑に視線を戻した。何となくカガリを見つめるのが辛かった。

 カガリ様はすごい。魔力がなくてもこんなところまで来れるほどの力がある。それに比べて私は……。


 ふと視線を感じそこを見るとエマがこちらを見ていた。彼女はそれから石碑に正面を移し、右手を当てた。すると、石碑に刻まれた文字が、その右手が当てられた場所から波紋のように明滅する。


「……綺麗ですね」

「魔物に関わらないなら、ただ綺麗なだけなんだろうが……エマ殿、何かわかったのか?」

「ああ。カガリ殿は正しかったようだ。これが魔物の溢れた原因だ」

「やはりそうか。何となく禍々しい気配を感じたんだ」

「この石碑はいくつかのダンジョン産出品を組み合わせて作られたものだな」

「つまり誰かが設置した物ってことか。くそ!いったい誰が!」

「そして容易には破壊できない」

「なぜですか?」

「機能停止時のブービートラップが組み入れられている。かなり複雑な術式を解析して丁寧に解体する必要があるが、私では力が入りすぎてそれが出来そうにない。一瞬で無に帰すことはできるが、この石碑は一つではなく、この聖域内に何カ所かあってそれらがリンクしていると思われる」

「よくわからないが、とにかく下手に壊せないということか」

「そうだ。下手に一つだけ壊すと他の石碑が起動して一気に魔物が暴走することになる。今以上に被害を生じることになるだろう。そうだな……私の弟子であればうまく解体できるかもしれないが、今はここにいない。当分こちらにはこないから……失敗したな。すまない」

「エマ殿のせいではなかろう。わかった。となると、応急対応で事態の悪化を防ぐということになるのか」

「総合して考えると、カガリ殿の言う通り、誰かが意図的に国同士の仲を裂こうとしているようだな。少しずつ魔物がそれぞれの国を襲うように差し向け、その一方で情報を操作し、片側の国によるものとして仲たがいを狙っている。そのうえ、調査をしたカガリ殿が後ろから刺されたのであれば、両国ともにこの事件の黒幕がいるということだろう」

「その事実に父上が納得すればよいのですが」


 知る限りシドウは頑固で、一度考えが凝り固まるとなかなかそれを正せない人だ。


「とりあえず、私の結界を聖域の境界全てに張ることにしよう。ここからは別行動としてアイリ殿とカガリ殿は国に戻り何とかシドウ殿を説得してみてくれ。戦争をしては何者かの思惑通りになってしまう」


 エマはそう言うと地面をトントンと足で踏みしめた。すると影の中から十字架の形をした小さなペンダントが二つ姿を現したので、それを拾い上げてこちらに渡してくる。


「これは?」

「『ケルブの首飾り』というダンジョン産出品だ。装着者は魔物に手を出さない限りにおいて襲われなくなる」

「すごい魔法道具だな。俺のように魔力を持っていなくても使えるものなのか?」

「大丈夫だ。チャージタイプのアイテムで魔力は私がためておいた。数日はもつだろう」

「これがたくさんあれば問題ないのではないのか?」

「それはそうだが、とても珍しい物でそんなに手持ちはないな」

「そんな大切なものを私に……」


 受け取り難かったけれど、そんなことを言っている場合ではなさそう。私は素直にエマから首飾りを受け取ってそれを首にかけた。


「では、私は聖域の周囲を回って結界を張ってくる」

「気を付けてくれ」

「私の心配は不要だ。それよりアイリ殿の側を離れることになって申し訳ない。カガリ殿、アイリ殿を頼んだ」

「分かった」


 そういうや否や、エマは黒い靄から黒猫に姿を再び変えてさっそうと走り出して樹海の奥に消えて行った。


「よし。諦めず話し合いに行こう」

「……はい」


 カガリの引き込まれる瞳を避けつつ、そっと頷いた。

*****

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