30-2 魔力なしのアイリ
「――出ろ」
「はい」
どういうわけか一晩だけで地下牢から出された。階段を上がって外に出ると、そこにカズマサが待っていた。
「今日は会合の日だ。お前もトクカー家の子女として参加せよ。まずはその汚い身なりを何とかしろ」
「はい」
必要なことだけ淡々と伝えてくるとカズマサは足早に去っていった。
それを見送って、そうすると、トンと足音を立てて私の足元にエマが降りてきた。
「今の男は何者かね?」
「私の兄のカズマサ様で、トクカー家の次期当主です」
ふむとエマは尻尾をピンと立てた。可愛らしい姿に黒い毛並みが揺れていた。
エマは昨夜その姿を変えていた。一瞬黒い靄に変わったと思ったら、次には黒い猫の姿になった。
「あの、どうして猫の姿に?」
「人の姿でいると認識されやすいが、この姿に加えて認識阻害の力を使えば気付かれる可能性が大きく減少することに気が付いたのだ。さらに、他人になりすますわけではないため許されるらしい」
「許される?えっと、そうなのですか?」
「そうなのだ」
よく意味が分からなかったけれど、とにかくずっとこの猫の姿で私の側にいてくれるらしい。
離れの自室に帰ると、数少ない着物を着付けて準備した。私が着替えをしている間、エマはそっぽを向いて待ってくれていた。
「会合というのは何かね?」
「月に一回、この国の武家全部が集まる会合です。いろいろな決め事をする日なんです」
「なるほど、月次会議か」
この日だけは掃除の仕事をしなくていい。でも、正直掃除の方がいい。
「……あまり乗り気ではないようだな」
「私は魔力がない出来損ないなので。出ても意味がないと思うのです」
父上も参加を良しとしていないと思う。
家族と一緒に行動しなければならないこの会合が一番苦手だった。
「魔力がないことと出来損ないであることは同義ではないと思うが」
「……」
「ふむ」
……準備を終えて会合のある広間に到着すると、まだ誰も到着していなかった。
まず最初にカズマサが現れ、準備のために家の者たちに指示出しを始める。
せわしなく準備を進めている使用人たちの邪魔にならないよう、私は壁際に立った。その横にはエマがちょこんと座っていた。そのエマのことを気に留める人はいないようだった。
広間はイグサを編んだ畳敷きになっていて、会合では当主である父のシドウが奥の壁を背に座り、そこから両側の壁を背にして参加者が座ることになる。椅子があるわけではなく畳に直に座る。
両側の壁を背に座るのは、シドウに近い方から兄姉たちがその生まれ順にそって座り、それから各武家の代表者がその力の順に応じて座る。
私の座る位置は一番下座なので、みんなが座るのを待って、一番最後にそこに座った。できるだけ目立たないように移動すると、私の隣にエマが座った。
……そうしてようやく会合が始まる。
「緊急に話し合わねばならない問題がある」
そう最初にカズマサが切り出す。
いつもの会合とは雰囲気はまるで違った。ぴりぴりと余裕がない感じがする。
「日守聖域から溢れ始めた魔物達についてだ」
そこに集まっていたみんながざわつく。
「魔物の跋扈。儂はこれを『月の国』による謀略であろうと考えておる」
シドウの鋭い眼光がみんなを見渡していた。その強い視線に私の背筋もピンと伸びた。
……世界樹はこの島の真ん中にそびえていて、その東にここ「太陽の国」が、西に隣国「月の国」がある。そして、「日守聖域」は太陽と月の国の境目、世界樹の北の一帯の樹海に存在していた。「月の国」もエルフの国で、でもこの国との交流は多くない。
「まさか!そんなことをして彼らになんの意味がありますか?!」
「侵略するつもりなのであろう。そして、奴らと皇国との取引の形跡があった」
ざわざわと、その場の者達はお互いに顔を見合っていた。
「奴らは皇国のギルドを通じて冒険者と取引をした。魔法道具の一つ、忌避香を大量に購入した形跡があった」
忌避香?
『忌避香というのは、ダンジョン産出の消耗品で燃やすとモンスターが逃げていくお香だ』
え?!
びっくりしてエマの方を見るとこちらを見上げていた。
『私の力で心を繋げて会話している』
「今まで外国との取引を良しとせず、我らが皇国と取引することに異を唱えておったはずが。まるでそんなことはなかったかのようだ。さらに我らに気付かれないよう工作したうえで取引していた」
シドウの声から今にも切りかかりそうな殺気が立ち込めていた。
『皇国側からすれば、エルフ族に太陽と月という二つの国があるという認識はないな』
『え?そうなのですか?』
『ああ。見分けがついていないはずだ。エルフ族の国のことを「エルフの里」と呼んでいて、島国としては単一国家だと思われている。君たちはあまり自分たちのことを説明しないからな』
『では、皇国の方々はこちらの事情を?』
『おそらく全く分かっていないだろう。少なくとも皇国ギルド側はこの事態を理解していないと思っていい』
「奴らが皇国から大量に忌避香を購入した時期と、魔物達の氾濫の開始時期が合致している」
「つまり、日守聖域に香を焚いて、我らの方に魔物達を溢れさせているということですか?!」
シドウは腕を組んだまま頷いた。
一気に家臣たちのざわめきが広がり、そこに怒気が含まれていった。憎悪の火が燃え広がっていく。
「このまま指をくわえているわけにはいきませぬ!」
「そうですぞ!奴らを止めねば。もはや砦のいくつかは魔物に破壊されているのです!一刻の猶予もない」
シドウはすっくと立ちあがり、号令をかける。
「我がトクカー家は断固として対処する!皆、戦の準備を進めよ!奴らの暴挙を許すことはできぬ!」
「「おう!」」
その場の代表者たちは立ち上がり、一気にやる気に満ちていた。
すぐに各家の軍事協議が始まり、戦争の準備が進められることとなった。
「まずは月の国の奴らを!その次は皇国にもツケを払わせてやる!」
『なんだか、大変なことに』
『……そうだな』
でも、私にできることは何もない。結局ただその様子を遠くから見ているだけで、家族や他の家の代表たちが戦争の準備を始めているのを傍観していた。
会合はそうして戦争準備の会議に変わって決め事が終わると解散となった。広間から帰り、離れに戻る。そして、次の日。やはり何も変わることはなく私は馬屋の掃除を始めていた。
エマは約束通りずっとそばにいてくれていた。
「――あの……ランタンのことなのですが」
「ん?ああ。なんだね?」
「あれは何なのでしょうか。エマ様と関係があるものなのでしょうか」
「え?あー……」
「……?」
小屋の入り口から中に入ると。変わらずそこにあのランタンが置かれていた。エマはそれを見ると、そわそわしながら周りをうろついていた。
「あの」
「な!……おほん。なにかな」
「えっと、このランタンは私にも使えたのです。今までここにはなくて最近見つけました。光を点けると私が欲しいものを映してくれるみたいなのです」
「え?」
「?」
「……そ、そ、そうだ。便利な機能もあるのだ。持ち上げて裏を見てみると良いぞ」
「裏ですか?」
いわれてランタンを持ち上げた。その底の部分に突起と凹みがあった。
「そのツマミを、そうだな今見ている方向だと右のほうにずらしてみるといい」
「こうでしょうか。あ」
きゅきゅきゅっと小さくなっていった。そして、こぶし三つ分ぐらいの大きさだったランタンは親指ほどの大きさになって手のひらの上で転がった。
「こ、これ、ど、どうすれば?!」
「慌てるな。そういう機能だ。持ち運びに便利であろう?」
「元に戻すにはどうすればよいのですか?」
「爪で先ほどの突起を逆側にずらせばよい」
言われたとおりにすると、再びきゅきゅきゅっと元の大きさになった。
「小さくしてアイリ殿が肌身離さず持っているといい」
「……え?!そんな!私の物ではないのに持っていけません!」
「何度も言うがアイリ殿の物だ」
「私の物なんてこの世にありません!」
エマはため息をついて、それからまっすぐと見つめてきた。
「ではこうしよう。私がアイリ殿にそうやって大事に持っておいてほしいのだ。頼みを聞いてはくれないか?」
「……なぜですか?」
「この小屋に置いておくのが不安なのだ。だが、私には動かすことができない。どうかお願いだ」
そう言われてしまうと断れなかった。
そっとそれを胸元にしまうと、エマが呟くのが聞こえる。
「……機兵の時といい、面倒な制約だ……」
「あ、あの申し訳――」
「ああ、すまない。アイリ殿は何も悪くない。こちらの事情だ」
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