29 賢者の機兵(仮)
――そういえば最近のため息の数は異常かもしれない。もしかして、メンタルヘルスの検査を受けた方がよいかも?
報告書を書き終えた頃にはもうちょっとで朝になる時間。徹夜明けの体のために、ぐっと椅子に座ったまま伸びをした。
最後に仕上げたのが報告書で、その前は様々な申請書類であったり……とにかくあの人が殺した敵の数だけ私の仕事が増えていたのだった。
……魔塔は殺戮集団ではないし暗殺組織でもない。魔法学の発展のために活動する公式の国際機関だ。どっちかというと公務員に近く、黒服の本来の仕事は当然死体処理ではない。
主のやったことを正当化するため、秘密結社のしてきたことを正確にまとめた報告書として対外的に発表できるようにしておく必要があった。速やかに。
「結局、あの『人形』のせいで事が大きく動いたってことかもしれない」
経緯を報告書にまとめてみると事件のことが理解できた。
秘密結社ルキフェルが自らの理想の世界へ変えようと思っていたところに、突然「賢者の機兵」が転がり込んできた。拠点内にどういうわけか転移門が現れて、簡単にそれを手にしたのだった。
…これがあれば世界を変えられる、そう彼らは考えたのだろう。けれど、結果として彼らの終わりの始まりだった。
彼らが手にした秘宝は賢者の手によって停止されていて、その復活のために双子の魔法使いと大量の魔法使いの生け贄を要すると考えた。
「その復活方法は間違いだったわけだけど」
そこで、双子の魔法使いを探すと、ちょうどよくマテオとクロエという双子の学生の存在に行きついた。
「双子が何者かわかった時、手を出すことを諦めるべきだったのかしら」
その双子はイースレイ家の子供達。その事実に気づいて、慎重に誘拐計画を練り上げることとなった。
ジークを万が一のスケープゴートに偽装しつつ人形復活のための一連計画を進めた。
「その事件にマテオ君たちは参加することとなった。そして、そこに謎のパーティも」
エマ、アリスとジャックという謎のFランクパーティ「黒仮面」。
「うーん」
天井を見上げた。そしてペンをくるくる回しながら、各報告を思い出した。
「秘密結社は冒険者パーティ『黒仮面』を含めた魔法士達を生け贄の祭壇に送り、マテオ君達だけ別の場所へ転移させて誘拐した」
誘拐した先の祭壇や牢屋には魔法式展開の阻害を施していた。
「証言によれば、転移先では魔法が制限されていたけれど、自然と出口が分かり、何の苦もなく脱出に成功していた」
まるで、誰かに誘導されていたようだったという証言もあった。そしてその混乱の最中、いつの間にか別行動をしていたエマ。その彼女によってジークは倒された。
「ギルドの資料ではエマは魔法使いということだけれど」
彼女は魔法の制限を受けなかった?
「マテオ君も機転を利かせてその不利をはね退けていた」
彼は身体強化系の魔法が得意なのか。魔法式構築が制限された中でも魔力を生のまま使って牢屋の扉を破っていた。
「この辺はイースレイ家の子供達って感じがする……天才という一言で片づけていいのかしら」
コーヒーを取りにキッチンに下りた。
家のキッチンに入ってお湯を火の魔法で沸かし、それでコーヒーを入れた。
「……それにしても、二人は秘密結社の拠点をどうやって知りえたのかしら」
賢者の機兵事件はジークの単独犯ということになっていた。
それなのに、彼らはその背後にいる秘密結社の存在に気が付き、事件の後に彼らの拠点を明らかにしていた。そこに単身突入しようと考えていた可能性もある。
「この件は今度二人に確認すればいいわね」
コーヒーを口に運ぶ。苦みと香りを楽しんで、目を瞑った。
「……『賢者の機兵』……結局何だったのだろう」
残された書物によれば大賢者はあれを失敗兵器として封印していたらしい。悪人が起動すれば世界に多数の死をもたらすこともあるとか。
空になったコーヒーカップを流しに置いた。
「きっとマテオ君とクロエちゃんがそれぞれ起動したからあの人形は暴走せず、ただの使用人人形のようにふるまったのね」
あの子達はまだ汚れていないということ。
「人の心を直接的な力に変える機械人形、『賢者の機兵』。大賢者はどうしてそんなものを作ろうと思ったのか――」
次々疑問が残っていることに気が付いたけれど、それより最も重大なことに気が付いた。
「っていうか、そんな危険な物をエマとかいう得体の知れない冒険者の手に渡してしまっているじゃない!」
皇国魔法士はあれを「本物の『賢者の機兵』であるはずがない」と結論付けていたから。
……はー。
黒服を使って「黒仮面」を探し、「賢者の機兵」を回収させるように手配しないと。あれは個人が持っていていい物じゃない。金銭で落としどころをつけるしかないか……。
また私の仕事が増えたのではないだろうか。
* * *
日常が戻ってきた。
「さすがマテオ!」
今度の実践課題も簡単だった。みんながほめてくれるけれど、正直、エマやサラマンダーと共に戦ったあの時と比べると学べることが少なすぎてつらい。
「兄さん?」
そんな俺の考えに気付いているクロエが強い視線でたしなめてくる。
「分かってるよ」
もっと悲しいのは…。
胸元を確認するがあの懐中時計はここにはない。この前レイラに取り上げられてしまったからだ。
――屋外教室からクロエと食堂に向かって歩いていた。
「あーあ。なんで姉さんに気付かれたんだろう?」
「レイラだからだろ」
「……」
たぶん、マジックアイテム、魔法武器、そういった魔法系のアイテムについては独特の気配があるのだと思う。レイラほどになると気配でそれを察知できるということなのだろう。
「結局、何にも残らなかったのかな」
「そんなことないだろ。ほら」
オーナーズブックを取り出してクロエに見せた。
これのおかげ、そして経験もあって、俺たちはあの事件以前とは見違えるほど強くなることができた。
「それに目標もできた」
「何?」
「いつか、大賢者を超える魔法使いになる」
あんなすごいものを作れる、あんなすごいことをやった人がいたんだって、正直その存在そのものに疑問があったけどもう疑いがない。そしてそんな人が現実に存在していたなら、俺にだってそうなれる可能性があるということだ。
だったら、目指すしかないだろ。
「兄さん、また笑顔になってる」
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ご覧いただきありがとうございました。
第三章 賢者の機兵はこれで終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
以前のバージョンでは、夢落ちに近い内容にしていましたが、
もう少しちゃんと双子を描こうと思って完全にリニューアルしました。
第四章も続きますのでぜひお気に入り登録をお願いします。
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第五章で双子もお話に復帰予定です。




