28-2 赤羽の妖精
* * *
……もう辞めたい。
「――配置につきました」
「そう。では、行くわよ」
「え?」
「何か?」
「いえ、その、レイラ様がまだいらっしゃるかと」
「そうね、だから何?」
黒服の一人が困惑していた。他のメンバーもあからさまにおろおろしている。精鋭ぞろいのはずなのに、レイラのことになるとこうも腑抜けるのか。
気持ちは分からなくもないけれど、私は常にそういう役回りを担ってきた。あなた達も「分かれば」いいのだ。私ばっかりが押し付けられていることなのだから。
「行くわよ!」
「「っ……は!」」
黒服達を従え、その屋敷に突入した。
庭に三人が転がっていた。首と胴がさよならしていて、まあ、たぶん死んでいるでしょう。
また、放心状態の男二人も確認できたので、速やかに保護……ではなく、確保した。ちょっと可哀想ではあった。
……敵対するからこうなる。勇気ではなく蛮勇というのだ。
はー。
死体袋はいくつ用意しないといけないか。申請や各所調整、このあと対応すべき仕事の量にめまいがする。
あの人の仕事速度に合わせないといけない私の気持ちを分かってくれる人は、いない。
はー。
最近、溜め息が増えた気がする。髪の毛も艶が無くなってきているし、今度エステに行こうかな。
「とりあえず、あなたは死体を集めておいて。魔法アイテムは確保して、所定の保管用アイテムボックスにいれて、後で報告書にまとめて併せて提出なさい」
「は!」
他の黒服達を連れて屋敷に入った。
レイラ・イースレイは魔塔の主であるけれど、それ以前に二つ名持ちの一人なのだ。
彼女の二つ名は「赤羽の妖精」。数年前の戦争の時、当時十六歳にして戦局を一人で覆したほどの力を持っていた戦闘特化型の魔法使いであり、独特の戦闘スタイルからその二つ名がつけられた。単に「あかはね」と呼ばれることが多かったらしく、どちらかといえば悪名に近い印象だ。
屋敷はロの字型をしていて、玄関からすぐに左右に廊下が続いている。
その玄関に一人死体が転がっていて、また溜め息が出た。あの人はまったくと言っていいほど躊躇がないらしい。もう私は慣れてしまったが、まあ、慣れるべきことじゃない。
「それも片付けておいて。魔法武器の回収は決して怠らないで」
「は!」
「左右に分かれて、それから、レイラ様を確認したら通信を入れて私に場所を連絡するように」
「敵の発見時は」
「生き残っているとしても戦意喪失しているだろうから、確保しておいて」
もう生き残りなんていないと思うけど。
屋外の二人が生き残れたのは、たぶん、私があらかじめ数人の生存者を残すように依頼したから。でも、きっと彼女の中ではそれで約束を守ったつもりになっているだろうから、次に出会う敵が生存を許される可能性はほぼない、と思う。
秘密結社ルキフェルは、魔法使いを特権階級と考え、魔法をあまり使えない人を差別している組織だ。
活動エリアはこの皇国を中心としていて、皇国内の権力者にも同調している者もいるため、それなりに政治力を有していた。魔塔との間に今までは大きな軋轢はなく、目立った衝突はなかったのだけれど、よりにもよってイースレイ家の子供達に手を出してしまった。
魔塔の主がレイラ・イースレイであることを知っていなかったとは思えないから、もしかしたら、彼女がその事実に気付かないと高を括っていたのか、あるいは、兄弟に手を出した程度でこれほど苛烈な行動に移すと想像できていなかったのか。いずれにしても浅はかと言わざるを得ない。
この前の賢者の機兵事件の首謀者、ジークがこの秘密結社とつながりがあり、その計画においてイースレイ家の双子にちょっかいを出したこと。さらに、そのあと、この双子の拠点侵入を機に彼らへの害意を持ったこと。
それらはすでにイースレイ家に把握されていた。そしてどうやら、レイラだけではなく、他の「子供達」も動いていたらしい。
魔法業界、学界、政界、経済界…全部に天才を輩出している家なのだから真正面からやりあうのはありえない。もしかしたら、彼らなりにじっくり事を構えていたつもりだったのかもしれないけれど。
「……さらに、あの双子も問題なのよね」
自分達がどういう存在なのか、たぶん本人たちがよく分かっていない。
兄や姉がああいう連中で、末っ子の二人のことを溺愛していることを理解していない。だから、自由気ままに動き回って、結果世界をかき回しているのだ。もちろん、彼らの望んだことではないので同情の余地もあるけれど、おとなしく学校で勉学に励むだけにしてほしい。世界平和のために。
「いつかはあの子達もああいう化け物になってしまうのか――」
『――レイラ様を確認しました』
黒服の一人から通信魔法が入った。
『了解。すぐに向かう』
通信魔法で返して、そこに向けて走り出した。
その部屋は書斎のようだった。少し大きめのロッカーの前で、レイラがたたずんでいた。
「レイラ様、どうされたのでしょうか」
「あら、グレース。それがね、ちょっと変わった転移門がここにあるの。ね?」
確かに転移門の気配があった。そして、妙な雰囲気がある。魔塔やギルドが扱っている転移門ではなく、感覚的には砂丘遺跡の入り口の転移門のように、超常的な要素を感じた。常にエネルギーが供給されている不可思議な転移門。その気配だ。
レイラはおもむろにロッカーの取っ手を手にして、両開きに開けた。そうすると、そこには亀裂があって、どこかに繋がっていることが分かった。
何の躊躇もなくレイラは亀裂に足を踏み入れた。慌てて私もそれに続いた。
その先には変わった空間が広がっていた。
「あれは?」
「壁にあるのはゴーレムのようね。それに、あそこに倒れているのは……」
ローブを着た男が倒れていた。意識を失っている。
私がすぐに近づいて確認してみると、頭部に打撃の跡があって、体にもダメージを負っていることが分かった。
「秘密結社のメンバーのようですが、先に何者かに倒されていたようです。息はあります」
「あの子達かしら」
後から入ってきた黒服に指示して男を拘束し、その体を回収させた。
その間、レイラは部屋の中をうろつき、状況を確認しているようだった。
「もしかして」
そう言うと、懐から古びた書類を取り出していた。
「あの子達が持ってきてくれた、秘密結社の所有品の一つだったんだけど」
それを渡された。
「……ルーカス・ゴールド?大賢者の書いたものでしょうか」
「そうね。もしそうだとしたら、例の人形は本物だったのかもしれない。そして、ここがその舞台かも?」
「……どういうことでしょうか」
「ふふふ、今度、もう少し詳しく話を聞きにあの子達のところに行きましょう。おもちゃの件もあるし、それがいいわ」
マテオ達が証拠品を持ってきたときに聞き取りをしておけばよかったのでは?というのは、おそらくあまり意味のない問答だ。
レイラは楽しんでいる。あえて細かなことを確認せず、自分の足で動く口実にしているのだろう。
はー。溜め息がまた漏れてしまっていた。
この前魔塔に提出した転属願いはまた受け入れられなかったのだった。
本当に。もう辞めたい、この仕事――
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