27-2 劇レアアイテムの力
書類を手に取ったレイラはそれを速読し、次々に読み込んでいった。しばらくとその様子を窺っていると、ふいにこちらに顔を向けてくるので、びっくりしてクロエと固まった。
目が怖い。笑顔でも目は笑っていなかった。
「とてもいい。素晴らしいわ」
「それは、よかった」
あの日、クリントン教授と別れた後、俺の部屋に突然訪問してきた人物。それが俺達の実姉で、何よりも有名な肩書は「魔塔の主」と呼ばれる彼女だった。
魔塔は魔法式の登録制度を作り、教科書となる魔法書の発行を行っている。いわば、魔法使いのギルドみたいな組織の一つだ。世界に影響力を有する巨大組織の一つであり、そのトップにこの若さで就任した天才的な魔法使い、それが彼女、レイラ・イースレイだ。
そして、何本か頭のねじが飛んでいる、家の問題児でもある。
「これで連中を叩く証拠がそろったわね。ふふふふふ」
レイラによると、もともとあの秘密結社と魔塔とは敵対関係にあって、さらにイースレイ家としても目障りだったらしい。正式に潰すための証拠集めをしていたわけだけれど、そこにきて、俺たちがちょっかいを出そうとしていることに気が付いて――ということで訪問してきたのだった。
「連中は国の要職にも影響力があったってことだっけ」
「そう。潰そうにも証拠がいるのよ。でもこれだけあれば十分ね」
それにしても、と自身の頬を右手でさすった。
「わたくしの大切な、大切な、大切な弟と妹にちょっかいを出すなんて。殺すにしてもずっと苦しめてからじゃないといけないわね。ね、ね?そう思うでしょ?」
「「はい」」
「うふふ、いい子達。それで、ついでに何人かは殺してきたのよね?」
は?
「えっと、その」
「まさか、誰一人やれていないなんてことないわね?」
「「……」」
そう、こういう人なのだ。
俺達にあの危険な屋敷に潜り込ませるためにローブや事前情報を与え、一方で、最低限の援助だけして危険地帯に放り込む。大切なと表現しているのに、そういうことをする。そんな姉なのだ。
「かわいい子達?今度はちゃんと何人か殺しなさいね?いい?いいわね?」
「「……はい」」
いい子。と呟いてから事務机の方に戻っていった。椅子に座ると、立ったままの俺たちに笑顔を向けてくる。もちろん、その瞳にハイライトはない。
「ここから先はわたくしのお仕事だから、あなた達は学校に戻って。ちゃんと勉学に励むのよ?いい?いいわね?」
「「はい」」
「いいお返事」
と、顔に張り付いていた笑顔が消えて、真顔の彼女は何やら書類の作成を始めた。空中に何枚も紙面を浮かべ、何本も万年筆を浮かべてそれら紙面へ同時に書き込んでいた。両手の人差し指で、まるでオーケストラの指揮をとるように動かしながら、それらをコントロールしているようだった。
「いつまでそこにいるの?」
「「さよなら!」」
慌てて部屋を後にした。
一階に下りると、例の受付嬢が哀れみの視線を一瞬送ってきて、それから相変わらずこちらを無視して本を読み始めた。
「……なんだか、あっけない終わりになりそうだね」
あの姉が出てきた時点で秘密結社ルキフェルは「終わり」だろう。無謀、その言葉が頭によぎった。魔塔と敵対することは、この世界の禁忌に近いと思う。
「そうだった。こいつの力が分かったぞ」
「え?どうして?鑑定アイテムがあったわけじゃないんでしょ?」
金の懐中時計を胸元から取り出してクロエに見せていた。
「詳しくは道すがら話すさ」
学校に戻りながら、クロエに経緯を説明するとみるみる顔色が悪くなった。
「ちょっと待って、じゃあ、あたし達って一回死んでいたってこと?」
「そうなる」
学校に戻ったら、さっそく実験で詳しい機能について確認しようということになった。
大体の機能が分かったので、呪いや事故を気にしなくてもよい状況になっていると判断していた。
学校に戻るとすぐに申請をして、実験室を借りた。それから二人、二つの懐中時計をそれぞれ手に取っていた。
同じダンジョンから手に入れていて、見た目がそっくりなこの二つのアイテムは同系統のシリーズ物だと思った。
「よし。まずはこっちの懐中時計から」
ボールを一つ持ってきたので、これを弾ませて検証していくことにした。
金の懐中時計のクラウンを押し込み、それからボールを部屋の片隅に向けて投げた。
「時間を操作できるアイテム?」
「把握できた機能はそれだった。起動中は時間が止まったように感じるんだけど、頭と懐中時計を持つ手と眼球は動かせる」
「それ以外は全部止まっていて、任意の時間まで戻せるってこと?」
「そう。あくまでも始めに起動したタイミングまでだけどな」
しばらく金の懐中時計を観察していると、針が一周した時点で止まってしまった。ボールもころころと壁に当たって止まった。
「……あれ?」
「止まっちゃったね」
もう一度クラウンを押し込むと、再び針が動き出した。時間が停止することはなかった。
「………もしかして、時間制限があるのかな」
「………だいたい三分ぐらいか?」
きちんと測っていたわけではないけれど、針の動く速度は秒速より少し遅かった。60個の文字をなぞるように動く針が一周すると止まってしまった。
動きを止めてしまっていたボールを取り上げ、もう一度弾ませて、クラウンを押し込んだ。
それから今度は一周する前にもう一度押し込んだ。
――カチン!――
弾んでいたボールは空中で停止し、隣に立っているクロエも動かない。息も心臓も停止していたが、相変わらず懐中時計を持っていた左手は動かせるようだった。眼球も動かせるし、思考もできている。
クラウンを回してみると、この前と同じように時間が戻っていった。ボールの動きでそれが分かる。
逆に回すと、今度は時間が進んだ。そうして、クラウンを右や左に回すと、さっき起こっていたことを目の前で何度も繰り返すことができた。
無音の空間で時間を操作していた。
――カチン!――
「どう?」
「ああ。やっぱり針が一周するまでの時間を操るアイテムらしい」
「じゃあ、こっちはどうなのかな」
クロエは銀の懐中時計を取り出して、躊躇なくクラウンを押し込んだ。
――カチン!――
「わ!」
と、クロエが消えて、左に立っていたはずの彼女が右側に瞬間移動した。また、ボールも瞬間移動していた。
「そっか。そういう機能だ」
「なんだ?」
「こっちの懐中時計は時間を止めるみたい」
「……瞬間移動したように見えたけど」
「違うよ。押したらあたし以外の時間が止まって、あたしは自由に動けるの」
でも。と彼女は残念そうな顔になった。
「どうやら時間停止中はいくつか制限があるみたい」
「具体的には?」
「まずごっそり魔力を持っていかれた感覚がある」
金の懐中時計を使ったときには魔力消費を感じなかった。
「正確には時間停止中の中で行動するとすごい疲れる」
「止めること自体は疲れないのか?」
「うん。それから、ボールを手に取って投げようとしたけど、手にして動かせても、手から離れた瞬間動かなくなった。それから時間を戻しても停止中に投げた方向には進まなかったから、時間停止中にあまり他へ影響できないのかも」
「それはもう少し実験して確認してみよう」
「でも、そんなに何度も実験できそうにないぐらい魔力消費が激しいよ」
まだわからないことは多いけれど、このアイテムは、ミソロジーランクに次ぐ、レジェンダリーランク品だろうと思った。
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