3 錬金術の師はダンジョンボス
いったん落ち着こうということになり、グリーンリリーは広間の中心に立つと、そこに蔦を編みこんで椅子を用意してくれた。また、テーブルや茶器もどこからか取り出し、お湯を注いで紅茶を用意してくれた。
ほっとする謎の空間が出来上がり、謎にボスとお茶を共にすることになってしまったみたい。
「……どうやらこのボスエリアだけ転移したようじゃな」
「光苔の洞窟にですか?」
うむと頷くグリーンリリーは紅茶をすする。
「とてつもない力がダンジョンに負荷としてかかったのか。まあ、詳しいことは分からぬが結果はそういうことじゃ」
「ダンジョンが壊れてしまったということですか?」
「言い方を変えればそうじゃな」
紅茶を恐る恐る飲んでみる、と今まで飲んだことがないほどに美味しい。
びっくりしつつ、もてなしてくれるダンジョンのラスボス、グリーンリリーを見ると、うーんうーんと悩んでいた。
「しかし困ったのう。この広間はこれでは誰も入れぬし、誰も出れぬし何もできぬ」
「え?」
「ここはボスエリアじゃから、ボスである我か侵入者であるお主がいなくならない限り閉鎖されるのじゃ。お主、ここを脱出するようなアイテムもなければ、我を葬る手段もなかろう?」
グリーンリリーは目を閉じたまま、彼女の背中側にある奥の扉を親指で指した。
「あそこが出口なのだ。お主が我を倒してくれれば開くがの」
「……えっと、あの、開いてますよ」
「そうじゃろ?だから、って、は?」
グリーンリリーが後ろを振り向く。
位置関係で彼女には見えていなかったのだろうけれど、私にはその扉がゆっくりと開いていくのが、紅茶を飲むタイミングで見えていた。
「ふむ。完全にダンジョンが壊れたようじゃ」
すっくと立ち上がり、二人でその出口の扉に近付いていく。
扉の向こう側は小さな部屋になっていて、ベッドルームのように見える。
奥にキングサイズのベッドがごてごての装飾と、ベッドカーテンまでつけてそこに鎮座し、その隣にはドレッサーが置かれていた。統一感があり、デザインに緑が多く使われていた。
「グリーンリリーさんの部屋ですか?」
「我が寝室じゃ」
ドレッサーのさらに隣に小さな丸テーブルが置かれ、宝石箱が置いてある。
「あれがこのダンジョンの秘宝じゃ」
「あれが……」
「しかし、困ったことには変わりないのう。賢者の秘宝を守る役目が……」
「あの中に、『賢者の妙薬』が入っているのですか?」
「なんだ、知っておったのか」
「有名ですので、私も、その、錬金術を学んでいてそれで」
「はあ、なるほどのう。そうじゃな、賢者の妙薬といえば錬金術の、薬師に知らぬ者はおるまいて」
賢者の妙薬、またの名はエリクサー。
そう言いながら箱に近付くと、その箱を開けて中のポーションを取り出した。それはコルクの蓋をされた透明なビン、少しすぼめるようにした口に、腹の部分はぽてっと膨らみのある形。その中に、虹色に光る液体が入っていた。
賢者の妙薬は「飲めば死人すら立ち上がる」とされる回復薬。かつての大賢者ゴールドがその力で作成した薬。
「すごく綺麗。宝石みたい……」
「……そうじゃな、よく考えてみれば……ダンジョンが壊れたから扉が開いたわけではないのかもしれぬ」
「どういうことでしょう」
「うむ。我の力は先程教えたが、つまり、普通では我を攻略することは叶わない」
「確かに、そうですね……」
モンスターを生涯で可能な限り倒さず、最高難度のダンジョン最深部に至らなければボスが倒せないというのは……それはもはや無理なことね。
「つまり。お主は唯一の攻略法を実践したということになる。となると、お主こそがこの妙薬を得る資格を有していたから宝物エリアの戸が開いたのかもしれぬ」
「え?」
「ふむふむ、であれば、これはお主の物ということで、このダンジョンは役目を終え。そして、我もまた、役目を終えたということになるのじゃ」
「ええ?!」
そう言うと、グリーンリリーはそのポーション、賢者の妙薬を渡してきた。
受け取ると驚くほど軽く手触りが滑らか。
「そういえばお主の名を聞いておらなんだ」
「わ、私はスカーレットといいます」
「うむ。これよりはスカーと呼ぶぞ?良いな」
「愛称……わ、分かりました。でも、これよりというのは?」
「お主は我をリリーと呼ぶがよい…………ん?何をぼけっとしておる?ゆくぞ?」
「行くって、あの、どちらでしょうか」
「お主。外に決まっておろう?せっかく自由になったのじゃ。こんなダンジョンからはおさらばじゃ!」
ということで、どういうわけだか、世界最強のダンジョンボスと共に家路につくことになった。
……洞窟を抜け、夜の森を歩き、家路に。そういえば、紅茶以外何も口にできずに朝になりそう。
お腹がぐるると鳴っている。
「む?どうした?」
「あ、その……お腹がすいてしまって」
「ああ、人とは脆弱なのであったのう」
グリーンリリーが突然頭を撫でてきた。すると、不思議なことにお腹がいっぱいになった。
「え?」
「回復魔法にはこういう使い方もできるのじゃ」
「す、すごいのですね」
「とはいえ、成長をするための栄養は取れぬ。胸とか大きくしたいなら美味しいものを食べるのじゃ!」
と、高らかに笑う。
ダンジョンボスって何なのかしら……。
「あのグリーンリリー様」
「リリーとよべ!」
「リリー様、その」
「じゃから!リリーと呼ばぬか!スカー!」
「……リリーはなぜ私についてくるのですか?」
「敬語はいらぬ!面倒くさい奴じゃの!……気にいったから、それだけじゃ。お主、自分で自分の価値がわかっとらん」
「わ、私の価値?」
立ち止まる。そして、足元、それから両手の平を見つめる。
それを少し先を歩いていたグリーンリリーが振り返って見つめていた。
「我はかつて……まあ、我のことは良いか。とにかく、お主に錬金術師の才をみたのじゃ。錬金術を教えてやろうぞ」
「……えっと、その師事していただけるのです――」
「敬語はやめよ!」
「でも師匠なら」
「やめよ!あ、あとな、我を師匠と呼ぶでない」
「なぜでしょう」
にかっと笑ったグリーンリリーは人差し指を立てて言う。
「師匠とはこの世に一人しかおらぬからじゃ。我ではないぞ」
……どういうことだろう?
家、例の小屋に着く。
と、グリーンリリーは月明かりに照らされたその小屋を見て訝しんでいた。
「これがお主の家か?」
「はい」
「ずいぶんと……うむ、まあ、失礼じゃな。この小屋は気に入っているのか?」
「え?」
気にいるって何?
グリーンリリーはポンと手を叩く。
「綺麗な家に住みたくはないのか?」
「綺麗な?」
「ぽかんとするな。全く。ああ、何となくじゃがお主のことが分かってきたぞ。お主の家族は?」
いると、すぐに答えられなかった。彼らはそう思っていない。
「……ふーむ。そうか、そうか。あいわかった。ちょいとこっちに来るのじゃ」
そういって小屋の裏、山の入口の脇の林を前に立った。そして、それから魔法陣を展開した。
青白い光が辺りを照らす。
「な、なに?!」
眩しさに一瞬視線を奪われてから目を開き直すと、そこには立派なログハウスが建っていた。
「安心せい。お主にしかこの家は見えぬ」
「え?」
「今日よりこの家で寝るのじゃ。我と、な」
家の中に入ると、家具は備え付けられ、木の良い匂いが漂ってくる。
新築の家の香り。暖炉にテーブル、食器棚には綺麗な陶器が並び、床には草を編んだ敷物が敷かれていた。
「すてき……」
「気にいったようじゃ。そう、それが気に入るということじゃよ。ベッドも用意してある。とりあえず、今日はもう寝るぞ」
これ、ベッド?
触って、それからそこに腰かけると、ゆったりと沈み込んだ。心地よい感触が腰から上に上がってきて、気が付いたら目を瞑っていた――。
……翌日。
どんどんどん!
小屋の方から音が聞こえた。それは戸を叩く音。それに起こされた。
「――スカーレット!寝てんのか、くそが!」
……小屋の鍵!あ、まずい!ポーションの納品!
慌ててログハウスを出ると、小屋の前にジョシュアがいた。
「あ?!何でそこにいる?!」
ジョシュアが走りよって来て、胸ぐらをつかんできた。
「ポーションはどうした?!」
「小屋の、中に……」
「さっさと荷車にのせろ!たく!」
言われた通り、納品物のポーションを荷車に乗せた。
それを確認するとジョシュアは荷車と共に街の方に走っていく。
「……はあ。次のポーションを早く作らないと」
「あれは誰じゃ?」
「わあ!……リリー、お、おはようございます」
「おはよう!……で?さっきの騒がしい男はお主のなんじゃ?」
「ジョシュアさんは、私の、その、保護者です」
「ふーむ、む。ははあ、お主……大変じゃのう」
ポンポンと頭を軽く叩いて、グリーンリリーはにこっと笑ってみせる。
「道は分かりにくいものじゃ」
「え?」
「人の歩む道は、誰かが整えてくれたものとは限らぬ。ゆえに見定め、おのが行く道を進めるかどうかは努力だけでは足りぬことが多い。運とか出会い、そういうものが必要じゃな」
グリーンリリーはログハウスを見る。
「錬金術を極めればあんな家何軒でも簡単にこしらえられる。そうなったとき、お主はあんな男に引っ張られるような軽い存在ではなくなるわけじゃ」
「錬金術……」
「お主は、運を掴み、道を示してくれる我と出会えた。それは間違いないのじゃから、あとは信じて前に進むだけじゃ。お主の道を整えてやろう」
彼女が見つめてくる。
「とはいえ、繰り返すが、『歩く』のはお主。それは忘れぬように」
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