27-1 劇レアアイテムの力
その瞬間、背中の痛みが消えた。
体が動かない?……いや、眼球、それから金の懐中時計を持つ右手だけ動かせると感じた。
男は動いていない。
自分が呼吸をしていないことにも気が付いた。
……世界が止まっている。これが金の懐中時計の効果なのか。
懐中時計の針は止まっていた。手に入れたときも止まっていて、その当時の針は一番上を指していた。しかし、今はだいたい三十秒位の位置を指していた。
クラウンを押し込んでみる。
痛い!
すぐにもう一度押した。
クラウンを押した瞬間、背中の痛みが復活し、周囲の時間も動き出していたように見えた。
一時停止ができるアイテム?それだけだったら何も解決できない……いや。
試しにクラウンを人差し指と親指で摘まんで、少し回してみることにした。
右には回らなかった。次に、左に回してみると針が反時計回りに戻っていく。
え?
俺の体がうつぶせに戻り、男が後ろ歩きに近づいてくる。同時に背中には違和感があった。痛みではなく、抜けていたものが戻っていく感覚だった。
まさか。
クラウンをさらに回していくと、針は十秒ぐらいの位置に戻る。その間に、まるでさっきの出来事の逆再生が目の前で展開されていた。
周りに広がっていた血が俺の体に戻っていった。近づいてきた男が俺の背中に向けて何かをして、その次には体の違和感が消えた。さらに、こちらを向いた状態で後ろ歩きに離れていく男の姿が見えていた。
クラウンを追加で回して、針を最初の位置、上を向くところまで戻した。その間に、俺の体は宙を舞い、奥の壁に当たり、そこで止まった。
さらに回そうとしても動かなかった。
衝撃波の魔法で俺が吹き飛ばされ、壁に激突した瞬間まで戻ったということ。おそらくあの時、衝撃で時計が動かされた。もしかしたら、クラウンが偶然押し込まれたのかもしれない。
この「金の懐中時計」は、起動した時間まで巻き戻すことができるアイテムなのだと分かった。
となると、これを押し込んで針を動かし始めると、また衝撃波のダメージを受けることになる。それでは、さっきと同じことの繰り返しになるだけだ。
……いや。俺は今、時間から切り離されたところで思考できている。それなら、打開策はあるはずだ。
眼球、右手が動かせる。ここだけは時間停止の影響を受けないようになっているらしい。そして、思考できているということは、頭も動いているということ。
魔法の具現化の方法は、詠唱、魔法陣、そしてもう一つある。
それは身体強化の魔法など、特に自分自身へ効果をもたらす時に使われる。魔力を体の中で回路上に回して具現化するやり方だ。
今、魔法の構築を妨害されているわけじゃない。それなら、今時点で動かせている部分で回路を完成させることはできるはずだ。つまり、頭の中で回路を作って魔法として具現化し、作り出した魔法が時間を戻した後に全身へ移行して効果を現すように組み上げればいい。
――カチン!――
クラウンを押した瞬間、全身に衝撃が走った。息ができず、意識が刈り取られそうになる。
しかし、時間停止中に組んでおいた魔法が頭から全身に移行していって、まずその衝撃によるダメージを回復した。さらに、身体強化を施し、全身の筋力を一時的に数段高めていく。
さっきと同じように押し付けられた壁から地面に落ちた。それから、意識を失ったように見せかけるために、目を瞑って動かないようにした。
「……意外と大したことはなかったな。どうやら女神は私の理想を理解していたらしい」
そうつぶやいた男の足音が近づいてくるのが聞こえた。足音からタイミングを計った。
今だ!
全身をばねのようにして飛び出し、男に体当たりする。
「――な!?」
油断していた男の体がさっきの俺のように吹き飛ばされて地面に転がっていった。さらに追いかけて男の右腕を蹴り上げる。
「ぐあ!」
カランカラン!と男の剣が地面を転がっていった。
最後に男のこめかみに拳で打撃を打ち込むと、悲鳴を上げることもなく男は意識を失った。
「……はあ、はあ……や、やばかった」
「……に、いさん?」
後ろを振り返ると、意識を取り戻したクロエがふらつきながら立ち上がろうとしていた。
「大丈夫か?」
近寄って手を貸した。
「大丈夫。昏倒の魔法を不意打ちされただけだから」
「何があったんだ?」
「地下室に入ってから少しして、男に後ろを取られちゃった。たぶん、あのローブ、サーチ系の魔法を無効化できるんだと思う」
動かない男を二人で眺めていた。
「他の仲間が来る前に撤退しよう」
「うん」
転位門の亀裂を抜け、書斎らしき部屋を出た。それから対魔法使い用のサーチで陽動をかけつつ、聞き耳の魔法を併用して敵の位置を慎重に把握しながら逃走した――
――そうして何とか屋敷を抜け出し、路地裏に逃げ込むことに成功したのだった。
「……はー」
「……死ぬところだったわ」
いや、実際のところ二人とも死んでいた。
「さっきのあの転位先って、やっぱり?」
「機歯聖域の最終宝物エリアだった。これをみて、そう判断できたんだと思う」
アイテムボックスから取り出して、大賢者のサインをクロエにみせた。
「……地下室には兵器系のアイテムばっかりだったよ。途中で倒されちゃって、全部は確認できなかったけど」
そう言いながら、クロエのアイテムボックスからいくつかのアイテムを取り出してみせてきた。
「目的は達したから戻ろう」
……ローブに魔力を追加して、気配を消して移動した。
走って逃げ込んだ先は学校の寮ではなく、魔法使いを相手にしている商館の一つだった。そこは五階建ての大きな建物でオレンジの外壁が目につく。
中に入ると、一階は全部がロビーになっていて、いくつかの支柱が等間隔に建物を支え、ぽつんと壁際に受付のテーブルとイスがあった。そこに一人、受付嬢が座っている。
彼女は椅子に座ったまま、手元に開いている本から一瞬こちらを確認するように視線を動かし、すぐに元のように本を読み始めてしまう。
クロエとそこに近寄り、会釈してから奥の階段に向かった。
階段を二つ上って三階、廊下の突き当たりにある部屋に入った。
「――終わったの?」
「……」
彼女は正面の事務机を挟んださらに奥に、こちらを向くように座っていた。
「それで?」
促され、目の前の大きな長テーブルに賢者の注意書や書類、小さな魔法アイテムなど、秘密結社から奪ってきた物を全て並べた。
彼女は椅子から立ち上がってこちらに近付いてくると、それらをさらっと確認してからにっこりと満足そうな笑みを浮かべた。
相変わらずその瞳に光はなく、病んだ視線がそこにあった。同じ血を分けた姉弟であっても正直あまり関わりたくはなかった。でも、今はしょうがない。
「姉さん、これでいい?」
クロエが恐る恐るという感じで問いかけると、レイラはうんうん頷いた。
「ええ。いい子達ね。花丸あげちゃう」
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クロエの発言に間違いがあり、訂正しました。
宝物エリアではなく、地下室の間違いでした。




