26-2 御菓子の家へ
表に向き直して中を開いてみた。
『本書は万が一にもヘンゼルとグレーテルが私の手元から失われた場合に備え、これらの拾得者に向けた注意書きとして付帯させるものである』
……大賢者の書いたものなのか?でも、この字……。
オーナーズブックを取り出して開いて、エマと大賢者の文字を比べた。
「……?」
文字の癖が似ている……。いや、今はそれよりも中身を読むことが先か。
『人はその想いから目的実現に向けて行動し、それによって世界を変革してきた。この二体のゴーレムは、想いを具現化するための物理的身体として機能し、人の可能性を追求することを目標として試験開発したものである』
「つまり、ヘンゼルとグレーテルっていうのが『賢者の機兵』のことか」
ジークは鑑定アイテムではなく、これを読んであの二体の人形が「賢者の機兵」だと認識できたということかもしれない。
『人は年齢に応じてその想いを変化させ、また、実現に向けたプロセスが異なる。そこで、大人型と子供型とし、それぞれその形状を最大限生かせるようプロトコルをくみ上げ搭載した』
それで大人と子供の姿にしていたのか。
『設計通り、これらゴーレムは想いの強さに比例して影響力を増した。一方で、強すぎる想いは周囲に破滅的な結果をもたらすこともある。その負の側面を考慮することを失念した結果、暴走による破滅をもたらす場合があることが判明した』
「悪い人間が起動すると大変なことになる?」
『暴走事故の発生によって多数の人命が失われたため、私はこれの機能を停止し、将来にわたって起動することはない。しかしながら、破壊することはできず、よってこれを手にした者に対して本書を通じて警告するものである』
注意書きはそれで終わり、詳しい機能の説明はなくて復活の方法も書かれていなかった。
「……あの復活方法はジークや秘密結社が独自に結論付けた考えだったってことか」
もう一度、オーナーズブックと見比べた。
「大賢者の文字とそっくりだったことは、エマ本人に聞かないとどうしようもないか」
この注意書きと、それから他にもいくつかめぼしい書類をアイテムボックスに突っ込んだ。
腰に下げたポーチがダンジョン産出品のアイテムボックス、見た目より沢山の荷物を入れることができる。
「さて、クロエと合流を――」
「人生そううまくはいかないものだ」
ビックリして振り返ると、そこには見知らぬ男が一人立っていた。その右腕には項垂れたクロエが乱雑に抱えられていた。
「クロエ?!」
床に放られ、クロエは転がった。意識を失っているようで、うつ伏せのまま動かない。
走って近づこうとした俺はすぐに足を止めざるを得なかった。クロエの首筋に、男の持つ剣の切っ先が当てられたからだ。
「……ジークの仲間か」
男の姿も俺達同様にすっぽりと頭まで赤茶けたローブで覆われていた。
そのローブは付呪がかけられているように見え、魔力の残しが感じられる。そして、剣がそのローブから延びてクロエの首もとに、それ以外はすべてローブで隠されていて男の顔は口元だけ見えていた。
「仲間ではない、同調しただけだ。同じ想いを共有はしていたが」
「どっちでも同じだ。秘密結社ルキフェルだろ」
クロエを注視していると、僅かに肩が動いていて生きていると分かった。
「ほう?そこまで調べられているとは恐れいった。ただの学生にできることではない。イースレイ家に力を借りたか」
無言でいると男は左手をこちらに向けてきた。
ガシャン!!
男の左手から放たれた魔法は衝撃波だった。
身構えたが、成す術がない展開速度で。気が付くと吹き飛ばされ、奥の壁に叩きつけられていた。うつ伏せに倒れ、頭だけ上げて男を見上げるしかなかった。
「ぐ……く、そ」
「意識があるのか。さすがだ」
カツンカツンと、クロエを離れ、俺のほうに歩み寄ってくる。
「……これほどであれば……『賢者の機兵』は失われたが、代わりの兵器として十分期待ができる」
近付いてくる男の口元に笑みが浮かんでいるのが見えた。
「双子とは魂を分けた存在であるにも関わらず、それぞれの大きさは他の魂と変わらない。その同一性の高い双子の魂を融合させることで、摂理を越えた存在へ変え、同時に魂を縛って兵器とする禁術。すなわち、『双魂融合の儀』だ」
男は左手に独特な形をしたナイフを取り出していた。螺旋状に捻れた三つの刃を持っていて、切るより刺すことを目的としているように見えた。
「……ぐ!」
激痛が背中に走った。ナイフが突き刺された感覚が、感電のような衝撃と共に俺の体を駆け巡った。
「急所は外しているが、このナイフで刺されると出血は止まらず、緩やかに確実な死をもたらすのだ。肉体から魂ははがれやすくなり、融合させやすい状態となる」
ナイフが引き抜かれた感触があった。熱い。背中が濡れていく。血だ。俺の。
……きーんと、次第に耳鳴りが大きくなっていく。
男は俺のそばを離れ、次にクロエに歩み寄っていく。その足運びだけ見えていた。地面に擦り付けた頬をあげる力は、背中の激痛で無くなっていた。
……寒い。
どんどんと何かが俺の中から失われていくのを感じた。
失敗したのか、俺は……。
クロエ……。
エマ……。
――カチ、カチ、カチ――
時計の音が耳につく。
男の足がクロエのすぐそばまで来て、それからナイフが振り下ろされる。
やめろ……。
クロエの体にナイフが突き刺さって、引き抜かれると沢山の血が見えた。クロエの叫び声が遠くに聞こえた。彼女もまた悶えている。
………くそ、くそ!
――カチ、カチ、カチ――
うるさい………胸元から聞こえる?時計の秒針の音?
思い出した。金の懐中時計が胸元にある。でも、あれは動いていなかったはずだ。
動き出したのか?なぜ………吹き飛ばされた衝撃で動き出したのだろうか。それとも……。
胸元に手を必死に差し込んで、それを取り出した。仰向けになり、懐中時計を顔のそばまで持ってきて蓋を開ける。
針が、動いていた。
めまいがする。闇が広がっていく。そんな中、俺はクラウンを押し込んでいた。
――カチン!――
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